Yahoo!ニュース

今や、カネ持ちは「寿命」と「教育」まで手に入れた

木村正人在英国際ジャーナリスト

8日、英紙フィナンシャル・タイムズ(電子版)に掲載された米国の元財務長官で元国家経済会議(NEC)委員長のローレンス・サマーズ米ハーバード大学教授の寄稿「金持ちにはカネで買えないメリットまである」は素晴らしかった。

サマーズ氏といえば、これまで「途上国に有害廃棄物を捨てた方が、コストが低下する」という世界銀行チーフエコノミスト時代のメモ流出や、ハーバード大学長時代の女性差別ととられても仕方のない発言などで再三にわたって物議をかもしてきた。

米連邦準備理事会(FRB)次期議長の最有力候補だったが、1990年代の金融規制緩和が世界金融危機の土壌をつくったと批判され、イエレン現議長を推す女性団体の強烈な向かい風もあって断念。傲岸不遜なイメージが仇となった。

そのサマーズ氏が今、論議を呼び起こしているフランス左派の経済学者トマ・ピケティ氏の『21世紀の資本論』を例に引き、社会格差の是正について論じているので意外な感じがした。

「この30年でトップ1%の人たちの個人所得は10%も増えたのに対して、ボトム90%の人たちの個人所得は同じ程度減少した」という。グローバリゼーションを熱烈に推進したサマーズ氏でさえ、格差拡大、固定化の弊害を是正する必要性を明確に認識している。

サマーズ氏によると、トップ1%の人たちよりも所得を増やしたのはトップ0.1%やトップ0.01%のスーパー・リッチだけだ。富が富を生み、貧しさが貧しさを拡大する。

ひと昔前まで金持ちと庶民の違いは「カネのあるなしだけさ」と開き直ることができた。しかし、現代社会では、金持ちは庶民以上の「健康」と「教育」を手に入れる。「貧富の格差」が露骨に「人生の格差」を生み落としている。

米シンクタンク、ブルッキングス研究所のBarry Bosworth氏らは米国人2万6千人を対象に、1920年生まれと40年生まれで55歳時点の平均余命がどれほど変化したか調べた。金持ちの平均余命は約6年延びていたのに対し、中産層は約4年、低所得者層は2年だった。

米紙ウォールストリート・ジャーナル(電子版)のブログを見れば、低所得者層は富裕層よりも長生きできないことが一目瞭然になっている。

日本人の平均寿命は2012年で女性が86.41歳、男性が79.94歳だから、「貧富の格差」による「平均余命の差」を気に留める人はそれほどいないかもしれない。

しかし、次のデータには愕然とさせられる。

「貧富の格差」がもたらす「教育の格差」である。この60年間に、単科大学に入学するボトム25%の低所得者層の子どもたちの割合が6%から8%にしか改善していないのに、トップ25%の富裕層の子どもたちの割合は40%から70%に向上した。

米国のNPO(民間非営利団体)ExpandEDShoolsの調査では、義務教育の6年目の時点ですでに、中産層の子どもたちは貧困層の子どもたちより6千時間も多く学習しているのだ。

【内訳】

両親による読み聞かせ 220時間

幼稚園や保育園 1395時間

課外活動 3060時間

サマーキャンプなど夏季学習 1080時間

校外見学 245時間

「貧富の格差」は教育の階層化につながらないというのは理想であって現実ではない。金持ちか貧乏かというだけで、「生きる格差」まで決められてはかなわない。

サマーズ氏でさえ、左派のピケティ氏を見習って、「健康」と「教育」の格差を生まないよう政府は行動を起こすべきだと説く。

成長力を損なわず、市場原理主義のほころびをどう修復していくのか。右(Right)と左(Left)のイデオロギー対立は何も生み出さない。正しいのか(Right)、間違っているのか(Wrong)の政策論争が必要だ。

日本でも私立中学に進学できる家庭の子どもとそうでない子ども、海外に留学できる家庭の子どもとそうでない子どもの格差、階層化が固定している。

志と資質さえあれば、それに相応しい教育が受けられる環境づくりは「愛国心」教育よりはるかに重要だ。株価対策にしか聞こえない近視眼的な経済・財政政策より、21世紀の日本を担う未来への人材投資を真剣に考えなければならない。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事