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シンゾーとウラジーミルのツーショット 戦争の真実と和解(20)

木村正人在英国際ジャーナリスト

映画『The Railway Man(邦題:レイルウェイ 運命の旅路)』を紹介しようと書き始めたシリーズがいつの間にか20回になった。その間に、日本の歴史認識をめぐるニュースが激しく世界中を駆け巡っている。

年末の安倍晋三首相の靖国神社参拝に始まり、NHKの籾井勝人会長の従軍慰安婦発言、経営委員でベストセラー作家、百田尚樹氏の「南京大虐殺はなかった」発言、同じく経営委員の長谷川三千子・埼玉大名誉教授の野村秋介氏への追悼文などの記事が英メディアに載らない日はなくなった。

ついに英紙インディペンデント(電子版、2月9日)には「いかに日本のBBC(NHKのこと)が第二次大戦における日本の行いを書き換えているか(How Japan’s ‘BBC’ is rewriting its role in the Second World War)」という見出しの記事が掲載された。

NHKにまで「レビジョニスト(歴史修正主義者)」の烙印が押されてしまった格好だ。記事のコメント欄では壮絶な歴史論争が繰り広げられている。寝た子を起こすというのはこういうことを言うのだろう。

伊藤博文元首相を暗殺した韓国の独立運動家、安重根の記念館が中国東北部のハルビン駅に開設されたことをめぐって日韓関係が一段と悪化していることも米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版、2月8日)に掲載された。

第二次大戦で日本はドイツやイタリアと同盟を組み、世界の多くの国々を敵に回して戦った。先の大戦を正当化しようとすればするほど日本は泥沼にハマり込んで動けなくなり、孤立してしまう。

国際世論の中で日本を悪者に仕立て上げるのが中国の戦略であることは、先に紹介した劉暁明・駐英中国大使の講演を見ても明らかだ。

安倍首相の靖国参拝に続く、百田氏原作の映画「永遠の0」の鑑賞は個人の心情・信条に基づくものとはいえ、同盟国・米国もさすがに閉口したのではないかと筆者は思う。

真珠湾攻撃も、特攻も、零戦も米国にとっては思い出したくもない悪夢だ。在日米国大使館は靖国参拝に「失望」を表明したのに、その5日後、安倍首相は映画「永遠の0」を見て「感動しました」という。

靖国参拝も「永遠の0」鑑賞も中国の圧力が強まる尖閣諸島をめぐって米国がコミットメントを強めないなら日本は独自路線を行くしかないという痛烈なメッセージだったのか。

それとも、「731」の番号がついた自衛隊練習機に試乗したのと同じで、「たまたまで、他意はありません」ということなのだろうか。

在外公館は安倍首相の靖国参拝について、各国政府への参拝理由と「恒久平和の誓い」の説明に追われている。

それでなくても資金と人手で中国大使館に圧倒されているのに、東シナ海や南シナ海での中国の横暴、軍備増強、人権問題を強調できる時間を靖国参拝の説明にあてなければならない。

さらに言えば、首相の靖国参拝についていくら時間を割いても、賛意を示す国を探しだすのは難しいだろう。「そんなことより、日韓関係と日中関係を改善して東アジア地域の緊張を少しでも改善してほしい」という苦情が返ってくるのが関の山だ。

安倍首相は8日、ソチ市内の大統領公邸でロシアのプーチン大統領と昼食を交えて会談。プーチン大統領は日本側がプレゼントした秋田犬を連れて出迎え、互いに「シンゾー」「ウラジーミル」と親密に呼び合ったそうだ。

その様子が英大衆紙デーリー・メールに大きく掲載された。

オバマ米大統領、ドイツのガウク大統領、フランスのオランド大統領はソチ五輪の開会式を欠席した。ロシアの同性愛宣伝禁止法など人権問題への抗議とみられるが、安倍首相は中国の習近平国家主席と同様、出席した。

強権的な政治手法で批判を浴びるプーチン大統領と、先の大戦を美化する「歴史修正主義者」のレッテルをはられてしまった安倍首相のにこやかなツーショットに筆者はかなり複雑な気持ちになった。

冷酷な外交巧者・プーチン大統領は日本と中国を両天秤にかけ、ロシアの国益の最大化に努めている。中国の軍備増強で、東アジアの外交はきれい事ではなく、地政学に基づいて回転し始めていることを実感せざるを得なかった。

(つづく)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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