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参院選 安倍首相の課題は民主主義への信頼回復だ

木村正人在英国際ジャーナリスト

与党の過半数は確実

21日投開票の第23回参院選。自民、公明両党が非改選議席と合わせて過半数を確保し、衆参の「ねじれ」を解消できるのかが最大の焦点だが、Yahoo! Japan ビッグデータレポートの分析(19日時点)では自民67議席、公明9議席を獲得、非改選議席を合わせると過半数を超える計134議席に達する勢いになっている。

実際に世論調査を行わなくても、ネットユーザーが検索したキーワード(ビックデータ)を手がかりに世間の関心がどう変化したのかを調べることで、かなり正確に投票者の行動を予測できる。各紙の世論調査でも自民、公明両党での過半数は確実と予想している。

バーナンキ米連邦準備制度理事会(FRB)議長の「出口戦略」発言、黒田日銀の異次元緩和で為替・債券・株式市場は大混乱した。しかし、米国経済が堅調に回復する中、安倍晋三首相の経済政策「アベノミクス」には円安の追い風が吹いている。

今回の参院選でも昨年の衆院選に続いて民主党は大幅な議席減が予想され、日本に定着しつつあった二大政党の土台は完全に崩れつつある。

民主主義への不信感

世界的な視点でみると、今回の参院選は単に衆参の「ねじれ」解消という内政問題にとどまらず、欧米諸国に先駆けて日本が民主主義に対する信頼を取り戻すことができるのかという大きな問題をはらんでいる。

世界金融危機で先進国と新興国の経済力格差が一気に縮まり、米国や欧州諸国が新興国の代表選手である中国に国債を買ってもらおうと列をなすという現象が顕著になってきた。

1989年のベルリンの壁崩壊まで、民主主義は社会格差を縮める魔法の杖だった。グローバル経済、IT(情報通信技術)の急速な進歩が新興国の成長を後押しした反面、先進国の成長スピードを急激に減速させてしまった。

成長の限界は先進国における民主主義の信頼を大きく後退させた。有権者が富の再配分ではなく、「応分の我慢」を負担することが避けられなくなってきたことが背景にはある。

米国では民主党と共和党が財政、銃規制、移民問題で対立を続け、オバマ大統領は2月の一般教書演説で「51年前、ケネディ大統領は『米国議会は対立ではなく、進歩のために協力する仲間の集まりだ』と述べた」として共和党に協力を呼びかけた。

中間層が減少し、富裕層と貧困層、白人と非白人の二極化が進むにつれ、米国の政治は非妥協的になり、「決められない政治」が民主主義への不信感を増幅させた。

一方、欧州ではギリシャの債務危機を発端に、単一通貨ユーロの構造的欠陥に市場の焦点が当たった。ユーロの安定を図るため、加盟国レベルの民主主義は犠牲にされ、ギリシャやイタリアでは欧州連合(EU)の意向をくんだテクノクラート(実務官僚)が一時、首相を務めた。

若者の失業率はギリシャやスペインで50%を超えているにもかかわらず、両国政府は財政と経常収支の健全化にひた走る。国内経済は雇用対策を必要としているのに経済を引き締めれば、失業者は膨らむばかりだ。ギリシャでは極右政党「黄金の夜明け」が台頭し、暴力を伴った移民排斥をエスカレートさせている。

ユーロが破綻を免れるために、ユーロ圏の民主主義は大赤字を抱え、破綻寸前の危機に瀕している。

白票の意味

ソフィアにある「リベラル戦略センター」の理事長、Ivan Krastev氏が欧州のシンクタンク「欧州外交問題評議会(ECFR)」で講演した際、「民主主義への不信感が広がっている」と警鐘を鳴らした。

Krastev氏は「その日は選挙の投票日だった。午後4時まで雨が降っていたので誰も投票には行かなかった。雨が上がると有権者は投票所に向かったが、開票すると4分の3が白票だった。もう一度投票をやり直したら白票が87%にものぼった」というエピソードをよく講演で使っている。

ポルトガル出身のノーベル文学賞受賞作家ジョゼ・サラマーゴ氏の小説『Seeing』に出てくる一節だ。

昨年の衆院選は、自民、公明両党が議席の3分の2以上を獲得する大勝利を収めたが、投票率は史上最低の59.32%、無効票は逆に史上最多の204万票に達した。Krastev氏の引用は極めて示唆的である。日本の政治が信頼を取り戻したのか、今回の参院選で投票率と無効票がどうなるのか気になるところだ。

信頼バロメーター

国際パブリック・リレーションズ会社Edelmanが25カ国を対象に継続調査しているトラスト(信頼)・バロメーターによると、政府への信頼は全体で2011年の52%から12年には43%に下がっていた。

日本では政府への信頼は51%から25%にダウン。中でも政府の広報担当者に対する信頼は63%から8%に急落していた。東日本大震災と福島第1原子力発電所事故の対応で、有権者は政治不信に陥った。メディアへの信頼も48%から36%に、NGO(非政府組織)への信頼も51%から30%に減少していた。

ビジネス、メディア、NGO、政府を合わせた信頼では中国が73%から76%に上昇していたのに対し、日本は51%から34%に下がっていた。

Karstve氏は過去50年間に(1)規律への不服従と個人性(2)市場主義(3)ベルリンの壁崩壊(4)インターネット(5)神経科学という5つの革命が起きたと分析する。

市場主義が格差を拡大し、インターネットがもたらした透明性が政治家を逆に非妥協的にしているとKarstve氏は説く。インターネットでその政治家がこれまでの政治信条を変えたかどうか一目瞭然になるからだ。

さらに、神経科学の発展によって感情が人間の意思決定を支配していることが明らかになってきたという。

「妥協こそが民主主義の要諦」

財政の余裕がなくなり、政権を選ぶことができたとしても政策は代わり映えしないことが、民主主義への意欲を減退させている。民主主義には英国のような多数決型とスイスのような合意形成型があるが、Karstve氏は「妥協こそが民主主義の要諦だ」と主張する。

そうした意味で、安倍首相はデフレ脱却のため「アベノミクス」を実行、民主党政権ではできなかった選択肢を示した。環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への交渉参加、戦後50年の村山談話、従軍慰安婦をめぐる河野談話の踏襲など、大胆に妥協している。

「鉄の女」の異名で呼ばれたサッチャー元英首相について、最後に袂をわかった側近のハウ元外相は筆者に「サッチャーは非妥協的な政治家といわれるが、臨機応変に妥協してきた。最後に欧州問題で非妥協的になったとき、政権の座から追い落とされた」と打ち明けた。

政治的妥協とはふらふらすることを意味するのではなく、双方が歩み寄る一瞬を見逃さず、大胆に決断することだ。衆参で過半数を確保した後、安倍首相にはアベノミクスで日本経済再生の道筋を示し、欧米諸国に先駆けて民主主義の信頼回復を成し遂げる重責が待ち構えている。それはそう簡単なことではない。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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