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21世紀に「日英同盟」が必要なワケ

木村正人在英国際ジャーナリスト

日本を「重要な同盟国」と呼んだ英外相

英国のヘイグ外相と日本の林景一駐英大使が4日、防衛装備を共同研究・開発・生産する枠組み文書と秘密情報の共有を定める情報保護協定に調印した。防衛装備の共同開発は化学・生物化学・放射能・核防護の分野から始まり、防衛産業を含むプロジェクトに発展させていく方針だ。

日本は武器輸出三原則で米国以外の第三国への軍事技術の輸出を長らく禁じてきた。2011年、民主党の野田政権は三原則を緩和、国際共同開発・生産に道を開き、自民党の安倍政権がそれを推進している。

調印を受けて、英国のヘイグ外相は「日本は英国の重要な同盟国だ」と明言し、「日英両国は国際的な多くの外交・安全保障政策で緊密に協力していく」と述べた。また、防衛装備の共同開発・生産は「日英防衛産業の関係緊密化を促進し、世界の平和と安定を強めるための日英安保・防衛協力に資する」と評価した。

英国防省の広報官は筆者の問い合わせに、「同盟国」(ヘイグ外相)とは「軍事同盟」というより外交・安保政策で協力するという一般的な意味だと解説した。しかし、防衛装備の共同開発・生産には「準軍事同盟」のニュアンスが込められている。

中央アジアでロシアの南下を警戒する英国と、ロシアの満州・朝鮮進出を押さえようとする日本が日英同盟を結んだのは1902年。それから約110年の歳月を経て、日英両国は再び防衛協力強化の道を進んでいる。

新たなグレイトゲーム

グレイトゲームはかつて中央アジアを舞台に英国とロシアの間で繰り広げられた。21世紀のグレイトゲームの舞台はアジア太平洋、主役は米国と中国である。

デービッド・リチャーズ英国防参謀長は英国の国防政策について(1)これからの安全保障は経済主導になる(2)米国のアジア太平洋へのリバランス(再配置)政策に対応する必要があると指摘している。

つまり、日英防衛協力を強化することで英国もアジア太平洋にコミットして米英の「特別関係」に結びつけるとともに、これまで米国の独占状態だった日本の防衛市場に参入する足がかりを得る狙いもある。

日本の次期主力戦闘機の選定をめぐって、英国の防衛産業大手BAEシステムズがユーロファイターの売り込みに失敗。日英両国はまず相互理解を深める必要があるとして防衛協力を進めることで一致した。

アジア太平洋の事情に疎い欧州では中国を単に経済的な側面からとらえる傾向が強い中、1997年まで香港を租借してきた英国は戦略的観点から中国に注目。英国防省は2040年に中国が世界でどんな地位を占めているかを想定する戦略研究に着手している。

英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)のマイケル・クラーク所長は昨年10月、日本記者クラブでの会見で、「1962年のインド、79年のベトナムのように、近年の中国は戦争を起こして相手を罰しようとする。尖閣諸島をめぐる紛争も、そんな事態になってしまったら封じ込めることはできなくなってしまう」との懸念を示した。

第二次大戦後、ソフトパワーとして台頭した日本について「環境の変化によって、否応なしにますますハードパワーを選択する世界に引きずり込まれているように我々の目には映る」と指摘した。

中国が経済成長に伴って軍事力を増強する中、日米欧がとれる選択肢は3つある。(1)関与(2)封じ込め(3)ヘッジ(保険をかける)政策だ。先の米中首脳会談で明らかになったのは、両国とも冷戦(コールド・ウォー)も本当の戦争(ホット・ウォー)も望んでいないということだ。

旧ソ連は自由主義陣営に対して共産主義というパラレルな世界を構築しようとしたため、西側諸国は封じ込め政策をとり、冷戦構造が定着した。しかし、旧ソ連を反面教師にする中国は共産主義を放棄し、国際市場に参入。封じ込め政策は意味をなさない。

このため、オバマ米政権は中国が近隣諸国へのいじめに走っても対応できるようにアジア太平洋に軸足を移し、日米同盟を強化。関与とヘッジを組み合わせたコンゲイジメント政策をとっている。

危機はエスカレートする

クラーク所長は同会見で尖閣諸島の問題について「危機というのはエスカレートするものだ。最終的に紛争や戦争につながってしまう場合もある」と指摘した上で、「日本は十分に持久戦に耐え得る能力がある。日本は長期的な視野を持って臨む余裕があり、紛争に巻き込まれることなくこの問題を管理できる」とエールを送った。

中国が厄介なのは、軍備増強以上にその戦略的意図、外交・安保政策の意思決定プロセスが明確にはわからないということだ。

クラーク所長によると、同じ島国の日本と英国には戦略的に重要な共通項がある。(1)強力な米国の同盟国で、米国の安保政策の進化に適応しなければならない(2)海洋国家(3)貿易国(4)ユーラシア大陸の両端に位置する。

英保守党のキャメロン首相は戦略的利害が共通する日本との連携を深め、ハードパワーをしっかり固めた上で、ソフトパワーを十分に発揮できる環境を整えていく構想を描いている。

盤石ではない日英関係

しかし、労働党のブラウン前政権は日本にはまったく関心を示さず、労働党の重鎮、マンデルソン前ビジネス・イノベーション・技能相にいたっては「対中武器禁輸は欧州連合(EU)と中国の関係を強化する上での障害」という考えの持ち主だ。

労働党出身のアシュトンEU外交安全保障上級代表も対中武器禁輸解禁の議論を呼びかけたことがある。21世紀の「日英同盟」も英国で政権が交代すれば決して盤石ではない。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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