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ブレードランナー保釈 第1ラウンドは弁護団圧勝(続報その5)

木村正人在英国際ジャーナリスト

両足義足で2012年のロンドン五輪に出場した南アフリカのオスカー・ピストリウス被告(26)が恋人のリーバ・スティンカンプさん(30)を射殺したとして起訴された事件で、南アフリカのプレトリア治安裁判所は22日、同被告の保釈を認めた。保釈金は100万ランド(約1050万円)で、このうち10万ランドは即金で納付した。同被告のコーチは25日からトレーニングを再開したいと話している。

それにしても治安判事が読み上げた保釈決定理由は長かった。22日午後2時半(日本時間同午後9時半)から2時間近くかけて、19日から4日間に及んだ審理を振り返った。この後、保釈決定を下すと、傍聴席の家族や弁護団から「イエス!」という歓声が上がった。

保釈審理初日の19日は検察・警察ペースで立証が進んだ。しかし、20日から腕利きのピストリウス被告弁護団が巻き返し、21日には7件の殺人未遂事件の被告になっていたことが暴露されたヒルトン・ボタ主任捜査官(ボーサと表記していたのをボタに改めます)を解任に追い込んで形勢逆転。22日に保釈を勝ち取った。

事実上、被告席に座らされたのはピストリウス被告ではなく、ボタ主任捜査官という本末転倒の展開となった。

ボタ主任捜査官はお粗末だった。

法廷に提出した証拠の中で、ピストリウス被告の有罪立証のカギを握るとみられる近所の人の証言について、同被告宅からの距離を600メートルから300メートルに訂正したり、当初、空薬莢の発見場所を浴室で3個、ベッドルームから浴室に通じる通路で1個としていたが、発見場所が違っていたりしていたことが次々と明らかになった。

驚くべきことに、捜査の基本である現場保存がまったく行われていなかったのだ。

治安判事は、ボタ主任捜査官の証言には数々の誤りと訂正があったと指摘した上で、「検察側はピストリウス被告の暴力的傾向を立証できなかった」と結論づけた。さらに「同被告がイタリア国内に保有していると警察が指摘した住宅は本人のものではなかった。同被告に逃亡の恐れはない」として保釈を認めた。

保釈を認める条件として、(1)保釈金の納付(2)すべての旅券を当局に提出(3)犯行現場の自宅に戻らない(4)保護観察官と携帯電話でいつでも連絡がつくようにしておく(5)ドラッグ、アルコールの禁止(6)短銃など銃火器の所有禁止――が課せられた。

無言のピストリウス被告は午後5時45分、法廷を後にした。無表情だった。親類が「スティンカンプさんの冥福を祈ります。保釈が認められたことを喜んでいる」との声明を読み上げた。

次回、ピストリウス被告が出廷するのは6月4日。本件の公判が高等法院で始まるのは1年以上先になりそうだ。治安判事は今回の保釈決定で計画的殺人の疑いが完全に退けられたわけではないと断ったものの、第1ラウンドで完敗を喫した検察・警察側が態勢を立て直すのは難しいだろう。

ピストリウス被告は宣誓供述書で「私は何も悪いことはしていない」と無実を表明していたが、弁護側は「計画的殺人」から「過失殺人」への軽減を狙う戦術とみられている。釈然としない思いを残したまま、世間の関心は25日、同被告がトレーニングを再開するか否かに移っている。

真実はピストリウス被告だけが知っている。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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