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堕ちたブレードランナーの弁明 説得力欠く(続報その3)

木村正人在英国際ジャーナリスト

両足義足で2012年のロンドン五輪に出場した南アフリカのオスカー・ピストリウス被告(26)が恋人を計画的に射殺したとして起訴された事件で、南アフリカ・プレトリアの治安裁判所は19日、ピストリウス被告の保釈を認めるか否かを決める審理を開いた。

検察側によると、ピストリウス被告が義足を履いてベッドから7メートル離れた浴室のドア越しに短銃4発を発射、このうち3発が恋人のリーバ・スティンカンプさん(30)に命中し、スティンカンプさんは死亡した。検察側は、犯行は錯誤によるものではなく、計画的だったと主張している。

これに対し、ピストリウス被告や弁護人が読み上げた宣誓供述書によると、スティンカンプさんは13日夕にピストリウス被告宅を訪れ、「14日に開けてね」と言って、バレンタインデーのプレゼントをピストリウス被告に手渡した。

同日午後10時ごろ、2人はベッドで就寝したが、14日未明に目を覚ましたピストリウス被告は浴室の方から「真っ暗だ」という声がするのを聞いた。義足をつけておらず、不安定だったので、スティンカンプさんと自分を守るため、短銃を取り出して浴室のドア越しに4発発射したという。

スティンカンプさんに「警察を呼んで」と言っても起きてこないので、まさかと思い浴室のドアをクリケットのバットで叩き壊すと、浴室の床にスティンカンプさんが倒れていた。まだ息をしていたので助けようと人工呼吸をしたが、間もなく息を引き取った。

ピストリウス被告は「殺人の脅しを受けており、恐怖心で疑心暗鬼になっていた。スティンカンプさんを殺害するつもりはまったくなかった」と弁明した。同被告は法廷で涙を流し、体を震わせた。

検察側は義足をつけて7メートル歩き、浴室のドア越しに短銃を発射するという行為だけで計画性の立証は十分だとしている。

日本ではその昔、勘違い騎士道事件というのがあった。男性になだめられていた泥酔状態の女性が冗談で助けを求めた。通りがかった空手有段者の英国人が、男性が女性に絡んでいるものと勘違いし、割って入った。男性が身構えたため、英国人が防衛のため回し蹴りを加えると、男性は頭蓋骨骨折で死亡した。

「誤想防衛」か「誤想過剰防衛」かが争点になったが、最高裁は誤想過剰防衛と認定して傷害致死罪を軽減した。誤想したとしても正当防衛の手段としてはやりすぎという判断だった。

ピストリウス被告は腕利きの弁護団をそろえ、保釈を勝ち取る構えだ。しかし、いくらなんでも浴室から声がすれば、スティンカンプさんが入っていると考えるのが自然で、「誤想」はあり得ない。ピストリウス被告の弁明は説得力を欠くのではないか。

今後の法廷劇は検察有利で進むと思うのだが、「誤想」が認定され、犯罪多発の南アでは射殺は「正当防衛」なので無罪というどんでん返しはありなのだろうか。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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