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アルジェリア人質事件 平和構築と冥福を祈るためマリの音楽を聴こう

木村正人在英国際ジャーナリスト

日本人10人が犠牲になったアルジェリアの人質事件は、「アラブの春」と呼ばれる中東民主化運動、リビアのカダフィ体制崩壊、イスラム過激派台頭、フランスによる西アフリカ・マリ軍事介入の延長線上に起きました。砂漠の天然ガス施設をターゲットにした壮絶なテロは、日本から遠く離れた中東・アフリカでの出来事も決して他人事では済まされない現実を私たちに見せつけました。

国際通貨基金(IMF)は28日、マリに対して1840万ドル(約16億5600万円)の緊急資金支援を実施することを決定しました。日本の岸田文雄外相も29日、政府のテロ対策強化の一環として、マリや周辺国の治安維持、人道支援のため1億2千万ドル(約108億円)を拠出する方針を表明しました。

私たち一人ひとりが、犠牲になった日本人10人を追悼するため、マリの平和のために、すぐにでもできることはあるでしょうか。

それは、マリの音楽を聴くことだと思います。

音楽の宝庫マリが生んだサリフ・ケイタをご存知でしょうか。アフリカの伝統音楽と現代のサウンドを融合させたサリフ・ケイタは日本でも人気があります。マリの人々は音楽や踊りが大好きで、「グリオ」と呼ばれる世襲のミュージシャンたちが伝統楽器を奏でたり歌ったりします。文字がなかった時代、グリオは西アフリカの部族の記録を音楽や詩、物語の形で言い伝える語り部でした。

しかし、フランスの植民地時代、マリの伝統音楽は否定されてしまいます。1960年の独立後、現代的な楽器によって演奏され、のびやかな声と軽快なリズムが融合した独特なマリの音楽は世界中の人気を集めました。

マリの音楽については、在日本マリ大使館のホームページで詳しく紹介されています。

しかし、「アラブの春」がもたらしたリビア・カダフィ体制の崩壊がマリの音楽シーンを一変させてしまいます。リビア内戦が勃発した際、サハラの遊牧民トゥアレグ人勢力がカダフィ大佐を支持、国際テロ組織アルカイダ系武装勢力「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)」などは反カダフィ勢力を支援するためそれぞれマリからリビアに越境介入しました。そして、内戦終了後、放置されたままになった大量の武器を手に入れ、マリに戻りました。

トゥアレグ人勢力がこの武器でマリ政府軍と交戦し始めましたが、「装備が不十分だ」として不満を爆発させた軍の一部が2012年3月、クーデターを起こします。それが混乱を拡大させます。トゥアレグ人勢力とAQIMなどの武装グループがそのスキに乗じてマリ北部を掌握し、ついにはマリの首都バマコに迫り始めました。

イスラム武装勢力は厳格なイスラム法を課しました。音楽のコンサートは禁止され、クラブは閉鎖、楽器は壊されて焼かれました。ミュージシャンたちは迫害され、まだイスラム武装勢力の手が及んでいないバマコ、隣国のニジェール、ブルキナファソなどに逃れました。音楽もテレビ放送もなくなり、電話も使えなくなりました。

イスラム武装勢力が支配するマリ北部では民主主義も廃止されました。

西欧列強が勝手に国境を定めたことによるアラブとアフリカ世界の対立に加え、最近では誘拐や麻薬収入の分前が引き起こす内紛がマリ北部の治安状況を悪化させています。AQIMなどに対する抑制装置だったリビア・カダフィ体制の崩壊と武器流入がさらに事態を混乱させてしまいました。

バマコではマリのミュージシャンが40人以上集まり、「マリのための歌声を一つにしよう」とマリの平和回復を願うレコーディングを行いました。マリの国民は政治に希望を失っていますが、音楽はマリの希望を呼び起こすという願いが込められています。

マリのミュージシャンたちはロンドンでもコンサートを開き、平和回復の祈りを捧げました。

ミュージシャンたちが安心してマリ全土で楽器を奏で歌声を上げてコンサートを開けるようになれば、それはマリに平和が訪れたことを意味します。

しかし、マリの国内事情は私たち日本人が想像しているほど、単純なものではありません。現代と過去、寛容と残虐、統一と分裂が複雑に交錯しています。

トゥアレグ人の音楽グループは「マリは一つの国だったことはない。私たちは統一のために歌うのではない。ただ、平和のためだけに歌うのだ」というメッセージを欧米のメディアに発しています。

イスラム武装勢力を掃討するためマリに軍事介入したフランス軍は28日、北部の世界遺産の都市トンブクトゥを奪還しました。トンブクトゥは昨年4月以降、イスラム武装勢力「アンサル・ディーン」やAQIMが支配し、偶像崇拝だとして歴史的なイスラム霊廟(れいびょう)群や像などを破壊してきました。非常に貴重な史料数万点を収蔵する施設に火が放たれ、史料が焼失した恐れもあるそうです。

米国防総省は情報提供、空輸、空中給油などのフランス軍支援を実施しています。輸送機でフランス軍の装備を運送、偵察機により情報を提供していた英国も欧州連合(EU)の枠組みを通じて200人の部隊を派遣、マリの治安部隊養成に協力する方針です。米国が軸となる北大西洋条約機構(NATO)ではなくEUがマリ支援の中心となることで、リビア軍事介入と同様、「後方支援」に徹するオバマ米大統領の外交方針がより鮮明になっています。

オランド仏大統領を、アフガニスタン、イラクと武力行使をためらわなかったブッシュ前米大統領になぞらえて、「ミニ・ブッシュ」と呼ぶ声もあります。

こうした現実の国際政治力学とは別に、「マリの音楽が世界中に響き渡れば、マリ国内で紛争より平和を求める声が少しでも増えるのでは」と願うことも資金援助と同等に意味のあることではないでしょうか。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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