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日本がおかしくなったらIMFも救えない 英巨大ファンド日本人創業者が読む世界羅針盤 第5回 

木村正人在英国際ジャーナリスト
浅井将雄さん

国際的な資産運用会社「キャプラ・インベストメント・マネジメント」の共同創業者、浅井将雄さんに5回目は「日本売り」の可能性について尋ねた。キャプラは運用総額140億ドル(約1兆1700億円)、債券系ヘッジファンドではロンドン最大級、総預かり資産でもヘッジファンドとしてはロンドンのトップ5に肩を並べる。

・日本売りは始まるか

問い 世界中で最も成功しているファンドの一つとして有名な英オードリー・キャピタルに1年前、「日本売りファンド」ができたが

「自民党の安倍晋三総裁の発言で起きていることは決して日本売りではなくて、円安が進み、株価が少し高くなった。日本買いだ。日本にとってメリットのある政策だ。債券も株も為替も売られるトリプル安が日本売り。今、目指している政策は日本売りの政策ではなくて、インフレ目標を設定することによって長期金利は若干上がるかもしれないが、為替は円安になるかもしれない。株も上がるかもしれない。本当に実現したら、これは日本売りではなくて、日本にとって良いことだ。われわれは円安に行くんではないかと思っているし、それが日本売りにベットしているとはまったく思わない」

問い 日本国債の市場は様子見か

「市場は補正予算を待っているということだと思う。総選挙の直後に日銀の政策委員会・金融政策決定会合があって、年明けの通常国会で5兆~15兆円の補正予算が出されると思っているので、今から仕掛ける人はかなり気の早い人だ。だれも短期金利が売られることにベットはしていない。本当の日本売りというのは短期金利すら日銀が制御できなくなるときだ。リーマン・ショックや欧州債務危機のようにファンディングに影響を及ぼすようなときだ。今、日本の金融機関にファンディングの心配はまったくないので、日本売りというのはなかなかないと思う」

問い 起こり得るシナリオは

「われわれが注目しなければならないのは2003年に日本で起きたようなVaR(バリュー・アット・リスク、市場リスクを統計的手法により測定した数値のこと)ショックだ。VaRショックでは、長期金利が史上最低の0・43%まで下げた後、2%近くまで急上昇した。短期間に長期金利が上昇して、金融機関が今持っている債券をいったん手仕舞わなければならないような状況が来る可能性の方が日本売りよりもずっと早い」

「それほど遠くない将来に長期金利が上昇する可能性はある。ただ、安倍さんが積極財政になってくるかどうかは、今回の選挙公約の中ではあまり見えない。国土強靭化計画という言葉はあるが、実際にどれぐらい予算に反映させてくるかということは、総選挙で自民党が勝って内閣の陣容を見て、どういう政策をしてくるのかというのを見極めてからの話だと思う。安倍さんは積極財政派というまでは転換できないと私は思っている。」

問い 日本から外国金融機関の撤退が相次いでいるが

「これは日本だけの問題ではない。米国の新たな金融規制ドッド・フランク法や新たな自己資本規制バーゼル3など各国で規制が進み、以前のようにグローバルにすべてのビジネスを展開していくことがかなり厳しくなってきた。投資銀行、不採算事業に対して縮小の動きが強まっている。アジアは成長地域なので収益を目指そうとする人がいる一方で、成熟マーケットの日本では採算が苦しい部門については縮小を余儀なくさせられている」

・不可欠なイノベーション

問い 日本の成長戦略は

「1人当たりの国内総生産(GDP)で見ると、日本は屈指の大国で、中国が日本に追いつくには何十年もかかる。中国のGDPが日本の倍になっても1人当たりのGDPは日本にとても追いつけない。一方、日本は1人当たりのGDPが高い豊かな国なので、根本的な問題としてそれを増やしていくのは極めて難しい。1人当たりのGDPを維持しても人口が減っていくとGDP全体が減り、税収も減少する。しかし、高齢者は増えて社会保障費は膨張するのでGDP対比の債務はどんどん増える。どこまで持続可能なのかわからない。何とかGDPをキープしていくのが重要なキーだが、今の環境で、革新的な技術が出てこなければなかなか急成長はしない。日本の技術の中から世界に通じる技術が出て、日本で生産される画期的な製品が出てくれば、構造改革に成功して、成長戦略に乗ったということになる。ミニ産業革命があってGDPを飛躍的に増やすようなものが10年のうちに一つ作れればいい。日本にはグローバルなトップレベルで戦える力がある」

問い リフレ政策だけで十分なのか

「リフレだけでなく、規制緩和、構造改革、それプラスGDPを押し上げるイノベーションがないと日本はかなり厳しい状況になる。自動車、電気、医療は日本にとって苦しいとは言っても期待しなければいけないセクターだと思う。それとエネルギー。もし日本がメタンハイドレートの実用化に成功して、エネルギーを輸入しなくてもいい国になればかなりの構造変化になる。日本がおかしくなった時には誰も救えないから怖いんだと思う。だから、そんなことは起こしてはいけない。日本の公的債務は1千兆円ですから、国際通貨基金(IMF)にも救済する資金がない」

問い 最悪の場合のシナリオは

「日本の場合、公的債務の1千兆円は日本が持っているから徳政令に近いことが行われてしまう。インフレによる実質債務の軽減が行われる。100円が1万円になって、通貨の価値が100分の1になる。そういう危険なリスクが日本の場合はある。しかし、450兆円のGDPがある国ですから、日本売りのときが来ても、そんなに簡単に倒れることはない。年金を3分の1にカットし、医療費を5割負担にすれば社会保障費が50兆円削れる。財政収支を好転させるため国民に負担を求める政策が行われる可能性はある」

(おわり、次回の「世界羅針盤」は1カ月後を目途にお届けします)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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