Yahoo!ニュース

究極のクリーンエネルギー、水素社会はどこまで来ている?

木村麻紀フリージャーナリスト(SDGs、サステナビリティ)
水素エネルギーについて学べる「東京スイソミル」の館内展示(以下すべて筆者撮影)

水素と酸素を反応させて生じる電気や熱を利用する水素エネルギー。使用時に二酸化炭素(CO2)を排出せず、燃料電池車(FCV)など水素で走る車両は排出ガスを一切出さないため、“究極のクリーンエネルギー”とも呼ばれる。今、水素社会は日本でどこまで実現しているのか。

2019年3月時点で、東京都営バスで5台の燃料電池バスが既に導入済み。これまでの車両に比べて「運転時の音が静かで、アクセルも軽く、坂道もスムーズに運転できると思う」と好評だ
2019年3月時点で、東京都営バスで5台の燃料電池バスが既に導入済み。これまでの車両に比べて「運転時の音が静かで、アクセルも軽く、坂道もスムーズに運転できると思う」と好評だ

着実に広がるエネルギーも、認知度は今ひとつ

水素エネルギーと言えば、電気とお湯をつくれる家庭用燃料電池(エネファーム)が私たちの暮らしに最も身近だろう。世界に先駆けて市販されたエネファームは、約10年間で27万台が普及。300万円余だった価格も94万円まで下がり、戸建てを中心にさらに広がっていきそうだ。水素で走る乗用車やバス、トラックも、すでに街を走り始めている。

エネファームは2020年東京五輪の選手村跡地「HARUMI FLAG」でも全面的に導入される予定だ
エネファームは2020年東京五輪の選手村跡地「HARUMI FLAG」でも全面的に導入される予定だ

しかし、国民の間での水素エネルギーの認知度は28%、水素エネルギーは安全だと考える人も30%にとどまり、水素エネルギーをめぐる現状が正しく知られているとは言いがたいのが現状だ(「水素に対する国民の意識調査結果」新エネルギー・産業技術総合開発機構 平成29年レポート)。

エネルギーを相変わらず輸入に頼る日本にとって、水素エネルギーは自前のエネルギーを調達できる点でエネルギー安全保障上有効であるだけでなく、CO2の大幅削減を目指す「パリ協定」実現への環境面での貢献、さらには世界のトップランナーとしての産業競争力の維持という3つの観点から、国としてはぜひとも普及させるべきエネルギーと位置づけられている。そのため、水素社会の未来の実現に向けて、様々な手を打ち始めている。

その一つが、CO2フリーの輸送システムの未来の実現だ。

近未来のモビリティ、カギは水素エネルギー

水素はエネルギー密度が高いため、大量のエネルギーを必要とする交通・輸送分野に適したエネルギーとして期待されている。カギを握るのが燃料電池車(FCV)の普及だ。日本の普及台数は米国に次ぐ世界第2位(約2900台)。経済産業省は、現在は700万円以上かかるFCVとハイブリッド車との価格差を、燃料電池のコスト低減を通じて300万円から70万円まで縮める目標を決めた。これにより、2030年までにFCVの普及台数を80万台まで増やそうとしている。

約3分間で5キロの水素充填した場合の走行距離は、約650キロとガソリン車とほぼ同じだ
約3分間で5キロの水素充填した場合の走行距離は、約650キロとガソリン車とほぼ同じだ
外部給電すれば、災害時に3日間避難生活が送れるだけの電力供給もできる
外部給電すれば、災害時に3日間避難生活が送れるだけの電力供給もできる

バスやトラックなど大型車でも、燃料電池車の導入が着々と進んでいる。都バスのほか、京浜急行バスも3月から燃料電池バスの運行を始めており、東京五輪・パラリンピックが開かれる2020年までには都バスを中心に100台以上の燃料電池バスの導入を目指している。また、トヨタとセブンイレブンはコンビニへの物流やコンビニ店舗の省エネ・低CO2排出化に向けて燃料電池トラックを活用する共同プロジェクトも始まっていて、今秋をめどに車両の導入などが始まる予定だ。

さらに、政府の海洋エネルギー実証フィールドである長崎県五島列島では、国内初となる浮体式洋上風力発電からのエネルギーでつくられた水素で走る燃料電池船の運行にも成功している。ドイツでは、世界初となる燃料電池列車の運行も始まっている。交通・輸送分野の近未来は、ガソリンから水素エネルギーへと移行していく姿が見えてきている。

東京都内で開かれた「水素・燃料電池展2019」では、清流パワーエネジー(岐阜市)がフランスで市販されている燃料電池自転車を紹介。同社は、日本国内向けに改良して国内での販売開始を目指している
東京都内で開かれた「水素・燃料電池展2019」では、清流パワーエネジー(岐阜市)がフランスで市販されている燃料電池自転車を紹介。同社は、日本国内向けに改良して国内での販売開始を目指している

そんな近未来のモビリティの実現に不可欠な、ガソリンスタンドに代わるインフラである水素ステーション。日本では、世界最多となる100カ所で運用が始まっている(2019年1月現在)。2020年までに水素ステーション機器のコスト半減を目指しているほか、水素ステーションの無人運用を可能にする規制緩和についても検討を進め、更に拡大させていく。

FCVだけでなく、FCバスへの水素充填にも対応した国内初の水素ステーション「イワタニ水素ステーション 東京有明」。1時間でFCバス4台分、80キロの水素充填が可能な水素ステーションだ
FCVだけでなく、FCバスへの水素充填にも対応した国内初の水素ステーション「イワタニ水素ステーション 東京有明」。1時間でFCバス4台分、80キロの水素充填が可能な水素ステーションだ

さらにその先では、海外からの水素エネルギー調達や国内での再エネ由来の水素発電所の設置など、現在のエネルギー供給インフラに代わる新たなエネルギーインフラ革命とも言える動きも着々と進んでいる。 

福島発水素エネルギーを東京オリパラで活用

このうち海外から水素を日本に輸送するサプライチェーン構築の動きとしては、プラントエンジニアリング大手の千代田化工建設が、ブルネイで製造した水素を常温・常圧下で液体状態で日本へタンカー輸送し、川崎市臨海部で気体の水素に戻して発電燃料として供給する実証事業を2020年から行う予定だ。また、豊富な埋蔵量がありCO2排出量が少ないとされるオーストラリアの褐炭から水素をつくって日本に運ぶサプライチェーン構築を目指す実証事業(岩谷産業と川崎重工が参加)も動き始めている。

国内では、東日本大震災時の原発事故で被害を受けた福島県浪江町で、太陽光発電による電気を用いた水素発電所が建設された。約150世帯の1ヶ月分の電力を製造でき、本格的な運用の始まる2020年には、東京五輪・パラリンピックで活用することを目指している。

近未来のエネルギーは未来を生きる子どもたちのために

そんな近未来のエネルギーである水素エネルギーは、未来世代の子どもたちにこそぜひ知ってほしい。そこにうってつけなのが、東京都環境局が運営する水素情報館「東京スイソミル」だ。

東京スイソミルの外観
東京スイソミルの外観

水素エネルギーとは?に始まり、水素エネルギーの最新動向まで子どもから大人まで分かりやすく理解できる展示になっている。夏休みなど長期休みには多くのワークショップも開催され、子どもたちの自由研究にも大いに活かせそうだ。

スイソミル1階の展示コーナー
スイソミル1階の展示コーナー
展示スペースには、水素エネルギーに関わる最新情報を月1回のペースで「水素ニュース」としてまとめて公開している
展示スペースには、水素エネルギーに関わる最新情報を月1回のペースで「水素ニュース」としてまとめて公開している
展示コーナーやワークショップで学んだことをこちらのワークシートに書き入れれば、日ごろの調べ学習や夏休みの自由研究などに大いに役立ちそうだ
展示コーナーやワークショップで学んだことをこちらのワークシートに書き入れれば、日ごろの調べ学習や夏休みの自由研究などに大いに役立ちそうだ

今の子どもたちが大人になる頃、水素エネルギーが「普通のエネルギー」になる日が来るのか。これからの水素エネルギーの広がりに注目したい。

<水素エネルギーの最新動向が分かる参考サイト>

資源エネルギー庁「ようこそ水素社会へ~水素・燃料電池政策について」

フリージャーナリスト(SDGs、サステナビリティ)

環境と健康を重視したライフスタイルを指すLOHAS(ロハス)について、ジャーナリストとしては初めて日本の媒体で本格的に取り上げて以来、地球環境の持続可能性を重視したビジネスやライフスタイルを分野横断的に取材し続けている。時事通信社記者、自然エネルギー事業者育成講座「まちエネ大学」事務局長などを経て、現在は国連持続可能な開発目標(SDGs)の普及啓発映像メディアSDGs.tvの編集ディレクター、サーキュラーエコノミー情報プラットフォームCircular Economy Hub編集パートナーなど、サステナビリティに関わる取材・編集、学びの場づくりを行っている。

木村麻紀の最近の記事