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東京五輪のエコ対策、このままで大丈夫?

木村麻紀フリージャーナリスト(SDGs、サステナビリティ)
9月半ばに東京都内で開かれた、東京五輪の環境対策についての公開ブリーフィング

2020年の東京五輪・パラリンピック開催まで、あと1000日となった。競技開催自治体の費用負担割合が最終的に決まっていないなど、諸々の遅れが指摘される中、環境をはじめとする持続可能性に配慮した運営計画の後進性に対しても、懸念の声が高まっている。「史上最高の持続可能な大会」との評価を得た2012年ロンドン五輪・パラリンピックから8年後の東京大会は、ロンドンを超えるサステナブルな(持続可能な)大会となるのかー。先ごろ東京都の小池百合子知事や組織委員会関係者らを交えて都内で行われた公開ブリーフィングでは、このままではそれが危うい現状が浮き彫りになった。

9月半ばに東京都内で開かれた、東京五輪の環境対策についての公開ブリーフィング
9月半ばに東京都内で開かれた、東京五輪の環境対策についての公開ブリーフィング

目玉企画はボランティア!? 海外NGOも呆れる木材調達

9月半ばに都内で開かれた「2020東京五輪『持続可能性運営計画第2版』に向けた企業との情報共有」と題した公開ブリーフィングには、200人を超える企業関係者やメディアなどが参加した。

冒頭、公開ブリーフィングを企画した環境関連の女性経営者・オピニオンリーダーのネットワークで、小池知事への政策助言などをしているサスティナブル・ビジネス・ウィメン事務局長の鈴木敦子氏(環境ビジネスエージェンシー代表取締役)が、「東京大会の持続可能性施策が危うい。農産物のサステナブルな調達は大丈夫なのか?建築物に使われる木材の調達は大丈夫なのか?カーボンユートラルをどのように実現するのか?スポンサー以外の企業・個人が、サステナビリティ実現のために参画できる余地はあるのか?といったあたりを懸念している。オリンピック・パラリンピック(以下オリ・パラ)はスポーツ・文化・環境の3つが柱であるにも関わらず、組織委員会の予算も人手も足りていないようだ。先進国での開催、具体的には先日決定した2024年パリ大会、2028年ロサンゼルス大会のロールモデルとなれるような東京大会にするにはどうすればいいのか議論したい」と呼びかけた。

東京大会をどのような形で持続可能性に配慮するかをめぐる計画については、2017年1月に持続可能性計画第1版として公表された。第1版は方向性や目標であるとうたわれているものの、あまりにも新味や具体性に欠けるとして、海外のNGO団体から批判を受けた。より具体的な数値目標や役割分担などが明記される予定の同計画第2版は2018年3月公表予定で、今年末までに素案が作成され、年明けにパブリック・コメントに付されるとみられる。第2版に盛り込まれる内容以上の施策は事実上行われないため、サステナビリティに関わる専門家や関係者の間では、第2版にできるだけの施策を盛り込むべく、これまでに複数回にわたって公開ブリーフィングを開催して世論喚起に努めている。

そんな中にあって、東京大会で出される約5000個の金・銀・銅メダルを、全国各地から集めたリサイクル金属で作る国民参画型プロジェクト「都市鉱山から作る!みんなのメダルプロジェクト」は、持続可能性への配慮と国民参画を実現するプロジェクトとして評価されている。ところが、せっかくの目玉プロジェクトにもケチがつきかねない状況が明るみに出た。

同プロジェクトでは、廃棄物処理大手のスズトクホールディングス(東京都千代田区)を含む3社の幹事会社を通じて、大会組織委員会にリサイクル金属が提供される。幹事会社は通常の入札を通じて見積もりも含めて企画提案して決定、採用されたものの、後になって「リサイクルは国民運動だからリサイクルに必要なコストは事業者が負担せよ」と通告されたのだという。そのコストは、総額数億円にのぼるとされる。同社代表取締役会長CEO鈴木孝雄氏は「再生資源からのメダルづくりのコンセプトは非常にいい」と評価しながらも、「スポンサー以外は商圏を犯すから一切情報公開してはならないとは何事かと。オリンピック委員会には愛想を尽かしている」と怒り心頭だ。

日本の林業再生に向けた象徴的なプロジェクトとして期待の高い競技会場などでの持続可能な木材利用についても、国内外のNGOから調達をめぐるリスクが叫ばれている。今年4月には、違法伐採地として知られるマレーシア・サラワク州の企業の型枠合板が新国立競技場の建材として使われていたことが判明。しかし、組織委は策定済みの木材調達コードに適合しており問題ないとして、詳しい調査などを行わなかった。

これに対して、国内外47のNGO団体は、使用木材の情報公開と熱帯材の使用中止、さらには調達コードの改訂を組織委に要求、国際オリンピック委員会(IOC)に公開書簡を送った。日本のNGOネットワーク「持続可能なスポーツイベントを実現するNGO/NPOネットワーク(通称SUSPON)」事務局長の坂本有希さんは「東京大会を機に、持続可能性を追求した責任ある原材料調達を日本企業のスタンダードにすべき。(組織委は)NGOからの情報提供を受け止め、できることだけでなく、できないことについてもきちんと情報公開してほしい」と訴える。

「持続可能性基金」でサステナビリティを前進させよ

オリンピックでは、大会スポンサー企業にロゴマークなどを使用してのマーケティング活動やPR活動を行う上で大きなメリットがある一方、大会スポンサー以外の企業はそうした活動が事実上一切できない。いくら持続可能性に寄与する良いプロジェクトであったとしても、だ。

公開ブリーフィングでも話題提供したホテルチェーン大手のスーパーホテル。宿泊に伴って生じるCO2を相殺するカーボンオフセット付きの宿泊サービス「エコ泊」など、さまざまな環境負荷低減活動への取り組みによって、環境省「エコファースト企業」に旅館・ホテル業として唯一認定されている。同社は、東京大会期間中の都内店舗での約2万4000室の宿泊に伴って生じるとみられる約132トンのCO2のオフセットを計画している。同社経営品質部の星山英子さんは「ぜひ福島由来の再生可能エネルギーによるクレジットを東京都のリーダーシップで創出していただき、東京大会に伴って発生するCO2に関連する企業が、スポンサーに限らず1社でも多くそれらのクレジットを活用してオフセットを行えるようにしてほしい」と提案した。

ただ、現状では同社のようなスポンサー以外の企業は、東京大会の持続可能性施策に関与できる余地がない。スポンサー以外の企業は、前述の金属リサイクルによるメダルづくりプロジェクトしかり、東京大会に物品を提供するサプライヤー(有償、無償)になったとしても、オリ・パラのブランド保護のため、サステナビリティに資するポジティブな取り組みであったとしても、一切の情報開示ができない。公開ブリーフィングを主催するサスティナブル・ビジネス・ウィメンメンバーで環境コンサルティングのValue Frontier取締役・梅原由美子氏は「世界的にはESG投資(環境、社会、ガバナンスに配慮した企業に積極的に投資する投資形態)が広がり、企業には非財務情報の開示が求められる中、スポンサー企業以外のサプライヤーが情報開示できないのは問題。サプライヤーが上場企業の場合、説明がつかないはず」と問題提起。その上で、スポンサー企業だけでなく多くのステークホルダーの知恵や資金を結集して東京大会の持続可能性施策をさらに高めるためにも、組織委とは切り離し、オリ・パラの名称を使わずに東京都、または国、あるいは共同で「2020年持続可能性基金」(仮称)を創設し、資金やCO2排出クレジットなどを寄付したことを対外的に公表できる形で企業や個人から集め、それらを東京大会のサステナビリティ関連プロジェクトに投じられるようにしてはどうか――と提案した。

これに対して、2020東京五輪・パラリンピック 街づくり・持続可能性委員会委員長の小宮山宏氏(三菱総合研究所理事長)は「ルールがある以上、例外もあっていいはず。東京大会では、持続可能性に関わる中心的な企画については例外を設けるべき」として、例えばこの持続可能性基金などを通じて、より多くの国民が参画できるあり方を構築することが好ましいとの見解を示した。小宮山氏は、都市鉱山からのリサイクルメダルや、持続可能性に配慮した木材を使用した競技場づくりに加えて、東北・福島の再生可能エネルギーによる大会運営や、公害を克服してアユが戻った東京の川のショーアップなど、持続可能性を目指したモデルプロジェクトをきちんと行うとともに、スポンサー以外も参加できる国民参加型の運営にするべきだと提言。「国連の持続可能な開発目標(SDGs)やパリ協定に応えた“持続社会”をレガシーとして残そう」と訴えた。

2020東京五輪・パラリンピック 街づくり・持続可能性委員会委員長の小宮山宏氏
2020東京五輪・パラリンピック 街づくり・持続可能性委員会委員長の小宮山宏氏

これに呼応して、小池都知事もロンドン大会で実施されたのをきっかけに英国内で加速したとされるテレワークを引き合いに出し、「ロンドン大会では、テレワークの普及がソフトレガシーだったと言われるほど。東京大会も、前回大会のように高速道路や新幹線といったハードレガシーではなく、今回はこのテレワークやバリアフリーといったソフトレガシーをいかに残せるかがカギだ」と指摘。その上で、ソフトレガシーの一例として、選手村地区に設置する水素エネルギーステーションを通じて都営バスの燃料電池車にエネルギーを供給して走行させる計画などを紹介した。

東京都の小池百合子知事
東京都の小池百合子知事

日本は長らく、省エネで世界のトップランナーを走ってきた環境先進国だった。しかし最近では、欧米各国がCO2排出量を減らしながらGDPを高めている一方で、日本はCO2排出量を増やしながら経済成長を実現するという古い成長モデルから脱却できずにいる。世界で急速に拡大する再生可能エネルギーの導入でも、日本の遅れがいよいよ鮮明になってきた。このままでは、東京五輪がエコ分野でのトップランナーから陥落しつつある日本の姿を、名実ともに世界に示してしまう機会になりかねない。

持続可能性に配慮したオリンピックの典型とされた2012年ロンドン大会の成功の秘訣は、計画の初期段階から多くの民間ステークホルダーを巻き込めたことにあるともされる。持続可能性を真剣に追及すべき時代には、オリンピック自体のサステナビリティが問われている。金メダルの数を競うだけでなく、持続可能性を真剣に追及すべき21世紀のオリ・パラのあるべき姿を示すことが求められているのが東京大会である、ということも忘れてはならないだろう。

フリージャーナリスト(SDGs、サステナビリティ)

環境と健康を重視したライフスタイルを指すLOHAS(ロハス)について、ジャーナリストとしては初めて日本の媒体で本格的に取り上げて以来、地球環境の持続可能性を重視したビジネスやライフスタイルを分野横断的に取材し続けている。時事通信社記者、自然エネルギー事業者育成講座「まちエネ大学」事務局長などを経て、現在は国連持続可能な開発目標(SDGs)の普及啓発映像メディアSDGs.tvの編集ディレクター、サーキュラーエコノミー情報プラットフォームCircular Economy Hub編集パートナーなど、サステナビリティに関わる取材・編集、学びの場づくりを行っている。

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