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『侍ジャパン・稲葉監督の覚悟と功罪』~「信頼の野球」はどのような影響を与えるか~

木村公一スポーツライター・作家
写真:Penta Press/アフロ

 6月16日、東京五輪に出場内定の選手24名が発表された。

「熟慮の末に決めたメンバーです」

 稲葉篤紀代表監督は、ロースター発表後、自らに言い聞かせるよう、そう述べた。

 特徴としては、投手陣を見ると形として実績あるベテランと若手のミックスが為されている。森下、栗林(広島)らは新顔で、それぞれ先発と試合の後半を任される役割。一方、田中(楽天)、菅野(巨人)ら実績あるベテランには「投手陣をまとめていくことも期待している」(稲葉監督)とも。ただ率直に言って現状での調子は、決して良いとは言い切れない状態にある。大野(中日)、山崎康(DeNA)も同様だ。

 五輪担当の記者からも「残り1ヶ月の間に、田中、菅野がどれだけ調子を上げてこられるのか。新顔も見た目はフレッシュでも、実際にどれだけ戦力になるかは不明。つまり未知数の要素が多い投手陣なんです。同じ新顔なら宮城(オリックス)、柳(中日)、又吉(中日)、早川、松井(ともに楽天)といった顔ぶれからの選抜の方が、まだ納得できたんですが」という声が聞こえてくる。

 野手は村上(ヤクルト)の加入が大きいが、基本は1年半前の『プレミア12』を戦ったメンバーだ。こちらも源田(西武)、鈴木誠(広島)らはコロナ感染で体調を崩した。坂本(巨人)も右手親指の骨折で約1ヶ月のリタイヤを余儀なくされ、ようやく戻ってきた状態。

 まだ1ヶ月ある、と言えばそれまでだ。しかし指揮官にとって選手の直近の好不調をいかに判断するかは、一発勝負の国際大会を戦い抜く上で極めて重要なことだ。ましてや今年のように新型コロナウイルスによる影響を直接、間接的に被っていれば、選手も例年以上にコンディションの維持が難しい。

 だがそれは稲葉監督も当然のこと、折り込んだ人選のはずだ。では巷間伝わるように、「『プレミア12』で優勝を掴んだメンバーで戦いたい」という個人的な想いが優先されたのだろうか。稲葉ジャパンは殊更、結束という言葉を重んじているが、そこにも技術とは別の、いわば互いへの信頼感といった温度を感じる。いわば「信頼の野球」だ。

 それを否定する気持ちはない。1年半経っているとはいえ、戦った仲間なら稲葉監督の考えは理解している。五輪はプレミア12の28名より少ない24名しか登録されない。監督、コーチから指示が出る前に、自分の役割を認識しプレーに反映できる。その点では、互いにやりやすくメリットも少なくないだろう。

 だが信頼感は、ときとして脆く崩れ去る。思い出すのは13年前、北京で岩瀬、川上(ともに中日)にこだわり、言い換えれば彼らしか遠慮せずに頼ることが出来ず、銅メダルも獲れずに敗れ去った星野仙一監督の姿だ。そしてその姿を、他ならぬ現役時代の稲葉監督は選手として間近に見ていたはずだ。

 野球の国際大会に正論は、ない。選手選考の段階でいかに不評を買おうとも、優勝すれば賞賛に変わる。逆に誰も文句のつけようのない人選だとしても、金メダルが獲れなければ容赦なく叩かれる。だからこそ、監督は自らの信念で選手の人選に当たる。当たらねばならない。

 国際大会に正論はないと記した。しかし鉄則はある。ひとつはいかに試合を、大会を読み切れるかだ。国内のリーグ戦でも容易なことではないが、ひとつのミスも許されない国際大会では、戦前にどれだけのシミュレーションが出来るかは大きなポイントとなってくる。

 たとえば投手陣。同じ右投手でも、球種、球速など球の質が異なることで、相手に向き不向きが生じることがある。代打を送る場面でも、相手が左投手だからといって考えなしに右打者が適当とは限らない。アメリカに通用する選手、通用しにくい選手、メキシコ、韓国に合う選手、合わない選手……。

 とくに国際大会は国内のリーグ戦のプレーだけで判断できるものではない。国内でいくら活躍していても、海外の投手、打者相手では実力を発揮できないタイプも実在する。それも見極めていく大事な要因だ。

 そうした組み合わせをひとりひとり、他の参加国の選手データと照らし合わせながら精査していく。

 より厳密に言えば初戦からの相手国の打線、投手陣を想定し、それに応じられる打者、投手のタイプを吟味し、実際の選手選考に当てはめていく。その上で、選ぶ選手、漏れる選手が決まっていく。大袈裟に聞こえるかも知れないが、国際大会の選手の映像データは、国際業者からかなりの量が売り買いされている。それで足りなければ視察でチェックする。去年、今年はコロナ禍のため、アメリカ大陸予選や世界最終予選など、五輪出場の残り枠を決める大会を見るために海外に出ることは難しかったが、韓国の代表監督は早々にワクチンを打ち、アメリカ大陸予選を視察するためフロリダに渡った。試合数はわずかでも(場合によっては対戦しないかも知れない相手でも)、その中から選手個々の特徴を掴み取り、勝つためのデータに転化していく。その意味では、もう東京五輪の野球はすでに始まっているといっていい。

 そうした背景の中で、稲葉監督も24名を選んだ。信頼する24名か。あとは1ヶ月間で選手らがベストの状態に持って行けるか。それを監督ら首脳陣がサポートしていけるか。

 選手選考の内容について、その是非は、あるいは大会が始まっても続くかも知れない。金メダルを獲れば霧散するが、敗れれば最大の敗因と叩かれるだろうか。それでもこれが、稲葉監督が腹を括って決めたメンバーなのだ。

 勝つか負けるかしかない、戦い。その過程を見守りたい。 

スポーツライター・作家

獨協大学卒業後、フリーのスポーツライターに。以後、新聞、雑誌に野球企画を中心に寄稿する一方、漫画原作などもてがける。韓国、台湾などのプロ野球もフォローし、WBCなどの国際大会ではスポーツ専門チャンネルでコメンテイターも。でもここでは国内野球はもちろん、他ジャンルのスポーツも記していければと思っています。

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