ドラフトに詳しくない人へのドラフトガイド

昨日、プロ野球ドラフト会議が開催され、高校生35人、大学生33人、社会人16名ほか、合計87名がプロ野球の門を叩くことになりました。

その中でも最も話題となったのは、今季最大注目株である田中正義投手(たなかせいぎ・創価大)に何球団の指名が来るのかでした。即戦力本格右腕の田中投手は表向き、特定の球団希望を口にしていなかったので、全球団が関心を持っていました。結果は5球団。開催前は「7球団くらい来るのでは?」(球界関係者)との声もあったので、1、2球団が回避したともいう見方も出来ます。ではなぜ回避する球団があったのか?

競合が増えれば、当たりくじを引く確率も下がる。当然のことです。そこで外れるのを恐れ、別の選手に行った。それなら確率的にも単独指名できる可能性が高くなります。そのため例年、9月くらいまでは「競合も辞さず」と公言していた球団が、直前になり一転して回避することも少なくありません。ただ田中投手については、それだけが理由ではありませんでしたが、それはのちほど。

トップクラスの田中競合から降りて、別の選手に方向を変える。

ここで各球団のスカウティングに対する方針が見え隠れします。

スカウトの“ふたつの流儀”

概して、スカウティングにはふたつの“流儀”があるといいます。ひとつは「ポジションにかかわらず、その年の一番評価されている選手を獲りに行く」という考え方。かつてヤクルトなどそうでした。少々、ポジションのバラツキやダブりが生じても、「まず新人として誰が見ても高い能力のある選手を獲る」という考えです。雄平選手も本来は投手でしたが、プロ入り時から「打者の方が将来性がある」と見られ、後の打者転向も含み、獲得しました。「投手として身体能力の高い選手なら、プロに入って芽が出なくても、内野、外野にまわって育つ可能性に期待が持てる」。そう考えているスカウトは少なくありません。

またその年最高の選手は、話題性も一番です。そこで正直いって能力的には獲得対象ではないが、興行的な側面から指名に行くという場合。これもよくあることですが、球団レベルでの判断ではなく親会社からの指示が出るのも、人気選手が登場した年のある傾向です。

もうひとつは、その時期の自軍の戦力バランスをしっかり把握し、適材適所で補強ポイントを埋めていくスカウト方針です。これはポジションのみならず、年齢構成も含まれます。たとえば投手が高齢化しているが、なかなか若手の伸びが期待出来ない場合など。日本ハムはこうした編成面での“自己チェック”は群を抜いているという評判です。最近は他球団も取り入れていますが、支配下登録全選手の年齢、プロ入り年数と成績をデータ化し、3年後、5年後のチーム構成をシミュレートしているのです。そこで「今はいいが、5年後、野手が一気に高齢化する」と想定されれば、高校卒業の野手重点のドラフト指名にしていくなど、システマチックに補強ポイントを洗い出す球団もあります。詳細なデータにせずとも、そうして文字通り「補強ポイント」を最優先に、話題の選手に目を奪われることなく指名する方法もあります。今年の阪神は、田中か佐々木千隼(ささきちはや・桜美林大)と見られていたのに、最後に大山悠輔(白鴎大)に変えたのは、金本監督の「投手に比べ、野手の手薄さを補いたかった」という意向だったと伝えられています。

いずれにしてもメリットとデメリットはあります。チームのその年の順位に影響を受けることもあるでしょう(翌年、なにがなんでも優勝争いに加われと親会社から命じられれば、即戦力優先など)。

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さて田中投手に戻ります。

5球団と当初の予想より少なくなった背景には、「彼の肩の故障がどれだけ完治しているか」がありました。多くのスカウトは彼のベストピッチは3年生だった昨季を挙げます。今年は肩の故障があったためです。それがどれだけ治っているか。これは大きな問題です。無論、プロ球団側は指名する可能性のある選手に対して「調査書」なるものを出すよう依頼します。内々に診断書の提出を求めるケースや、ときには球団の嘱託医師の診断を求めることもまれですがあります。ただ野球選手の肩は、診断書でははかり知れません。大金を投じても、肩痛で1年を棒に振ったとなれば重大事です。実際、その不安がぬぐいきれずに競合から降りた球団があったようです。そのリスクを避け、競合を避け、いわゆる一本釣りで交渉権を獲得したチーム。それもスカウティングの方針と言えば方針になるでしょう。

日本ハムを恐れた他球団

今回、興味深かったのは日本ハムの存在でした。

日本ハムのスカウティング部には、創価大野球部とかなり太いパイプがある人物がいるといわれています。つまり日本ハムが指名入札すれば田中投手の肩は問題がない。逆に降りれば、やはり肩の不安が残っている……そう判断することも出来たのです。

プロ球団のスカウトは、網の目のような情報網を持っています。さらには毎年、1年のうち3分の2以上を高校、大学、社会人の試合や練習を見に行くため靴底を減らします。なので技術、性格面、家庭の事情等、ほぼ把握し、指名するかどうかのデータにしていきます。ただ故障(ケガ)ばかりは本人しかわからない(ときには内々に、ケガをしている選手をプロが世話になっている病院に紹介するといった“ケア”までしていますが)。だから今回も、他球団は疑心暗鬼になり、田中で行っていいかどうか迷っていたといいます。その目安に、日本ハムという“よその球団”の動向が気がかりだったという……。それを知っていたからでしょう。栗山英樹監督は最後まで1位指名選手を明かさず会議に臨みました。

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他にも順位によって指名する選手のポイントが変わっていくことがあります。1位で本命の即戦力が獲れたから、2位、3位では高校生を獲って数年後に期待するとか。そこでもスカウトの眼力と情報収集力がものをいいます。3位の評価レベルの選手でも、他球団が絶対に指名はしてこないという感触があれば、あえて3位は他の選手で行き、4位で指名する。そんな“裏技”もあるのです。しかし情報に誤りがあって、あえて4位で行こうとしたら、他球団が3位で獲ってしまった……そんな泣くに泣けない逸話も少なくありません。

いわばドラフト会議は、選手の技量と他球団との駆け引きを天秤にかけつつ、いかにして希望か、それに近い選手を指名していけるか。まるでギャンブルの舞台でもあるのです。そうそう、そこにクジという偶発的な要素も加わるわけですし。

それゆえ、選手の数だけ、ドラフトのエピソードは生まれる。野球ファンにとってドラフトが常に関心を持たれるのは、そうした要素が詰まっているからではないでしょうか。