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「韓国ラグビーは日本に追いつける」“李承信の恩師”で韓国代表コーチ・呉英吉が描く27年W杯出場

金明昱スポーツライター
元大阪朝鮮高ラグビー部監督の呉英吉氏(写真・筆者撮影)

 9月8日からフランスで開幕したラグビーW杯。2大会連続でベスト8を目指す日本代表注目が集まるが、隣国の韓国でも実は少しずつラグビー強化が進んでいる。

 韓国ラグビー界が白羽の矢を立てたのは、在日コリアンの呉英吉(オ・ヨンギル)氏。元大阪朝鮮高ラグビー部監督として全国高校ラグビー(花園)4強を2度経験(大阪代表としては6年連続で花園出場)。

 日本代表の10番・李承信(コベルコ神戸スティーラーズ)の恩師でもあり、教え子の17人がリーグワンでプレーする。旧トップリーグのNTTドコモの育成コーチ兼リクルーターを務め、2021年からは大韓ラグビー協会理事、韓国代表のコーチも務める。さらに今年から韓国スーパーリーグで戦う「OKファイナンシャルグループラグビー部」の初代監督にも就任し、ラグビー漬けの日々を送っている。

 日韓両国のラグビーを熟知する呉氏の新たな挑戦、さらに韓国ラグビーの現状や韓国代表のW杯出場の可能性などについて聞いた。

「工夫しながら作り上げる楽しみ」

 ラグビーW杯開催で盛り上がる日本のラグビー熱を尻目に長らく気になっていたのが、韓国ラグビー事情だ。世界ランキングだけ見ると13位の日本に対し、韓国は30位とその差は大きく開いている。アジアに限れば、香港が24位に位置しており、韓国はアジアでは3番手。とはいえ、日本に追いつく可能性がまったくないわけではない。

 韓国には「コリアスーパーラグビーリーグ」がある。社会人(実業団)4チームと大学1部リーグの3チーム参加の下で行われているが、今年から新たに創設された「OKファイナンシャルグループラグビー部」の監督に就任したのが呉氏というわけだ。

 同リーグは今年からラグビー競技レベルアップのために、ボールインプレータイムを増やすなどの施策を講じているが、大きな変化はいくつかあり、一つは外人選手登録数5名を認可したことで、同リーグ初めて外国人選手が出場していることだろう。リーグワン所属選手のレンタル移籍(在日コリアン選手、日本人選手)もあり、さらに日本ラグビー協会の協力の下、リーグワンのレフリーが主審を務めている。

今年5月のコリアスーパーラグビーリーグ。OKファイナンシャルグループラグビー団vs高麗大学
今年5月のコリアスーパーラグビーリーグ。OKファイナンシャルグループラグビー団vs高麗大学

 ちなみに韓国の社会人チームは、韓国電力、現代グロービス、ポスコ建設、OKファイナンシャルグループの4つと軍隊チームの尚武(サンム、国軍体育部隊)が1つ。大学1部リーグには、高麗大学、延世大学、慶熈大学、檀国大学。同2部リーグには釜山大学、世光大学、ソウル大学が属してる。

 前述の通り、呉氏は大韓ラグビー協会理事と社会人チームの監督、さらには韓国代表コーチも務めている。重責の背景には信頼と期待が見え隠れする。

「韓国代表の指導もやりがいがありますが、チームの監督なら自分が一からチームをコーチングできることにも魅力を感じました。選手たちは社員として仕事をしながら、時間を作ってラグビーをしていることにもすごく共感したんです。私も朝鮮高校ラグビー部の監督もしながら、人間性も育む指導もしてきたので、そのノウハウもあります。旧トップリーグのNTTドコモのリクルーター時代の人脈や経験も生かせる。とにかく1つのチームを任せてもらえるというのは嬉しかったですね」

 2021年に就任した協会理事の仕事や代表チームの指導も充実していたが、やはり一つのチームを率いることに大きな魅力を感じていた。

大阪朝鮮高の花園4強の成功体験

 ただやはり、日本のリーグワンとは勝手が違う。韓国は実業団が4つしかなく、ラグビーの環境はそれほど恵まれていない。

「クラブハウスがないので毎回、練習するグラウンドもジムも借りなければなりませんし、芝も人工芝です。我々のチームは『OKスポーツ団』のマネジメントチームがラグビーグラウンドやジムの確保、合宿や遠征、施設整備と管理などを担っているのですが、チーム側が最大限に努力した結果、理解を示してくれる施設がすごく増えました。日本は天然芝でクラブハウスがあって食堂もありますが、恵まれた環境でなくても、色々と工夫しながらチーム強化を図る楽しさはあります」

 選手たちのルーティーンは基本的に朝の8時から10時までがフィールドトレーニング。午前中が練習で、午後からが会社の仕事だ。韓国ラグビー界全体に日本のような環境を求めるのはまだ先の話だ。

韓国ラグビー実業団「OKファイナンシャルグループラグビー団」の創設式(写真・同ラグビー団提供)
韓国ラグビー実業団「OKファイナンシャルグループラグビー団」の創設式(写真・同ラグビー団提供)

 いばらの道とも言える新たな挑戦には「苦にも感じたことがない」と話す。それは「大好きなラグビーの仕事を続けられる」ことに他ならない。根底には大阪朝鮮高ラグビー部監督時代に成し遂げた花園での2年連続ベスト4の成功体験がある。大阪朝鮮高ラグビー部は他の強豪校に比べて圧倒的に部員数が少ない。そんなハンデを乗り越えた経験と手腕を、ここ韓国でも発揮したいと思っている。

「何もない中でどのように工夫し、どのように時間を使ってマネジメントしていくのか。十分でない用具もそろえたり、薄い選手層をどのように厚くしてくのか。今ではリーグワンの選手も韓国でプレーするようになってきたので、これからもっと韓国リーグもチームも成長していくと思います」

日本協会やリーグワンチームとの太いパイプ

 自分が持つチームの強化はイコール、代表チームの強化にもつながる。しかし、実際のところ、韓国ラグビーのレベルはどうなのか。

「私がこう言ってはなんですが、韓国のラグビーはまだゲームレベル、ゲームスキルなど見ていて面白くないでしょう。ただ、今年は本当に外国人選手が登録されてフレッシュな選手が入ったり、日本人審判が円滑なレフェリングをすることで試合が面白くなったりもします。観客もラグビーって面白いんだなと思ってくれる方が増えてきています。ようやく始まったという感触はあります」

 一番学べることが多いの、はやはり近年急成長を遂げている日本のラグビー。そこに異論はない。

「いま日本のラグビーは強くなっていますが、まだまだ韓国にも追いつく可能性があります。そのためにも一番身近な日本から様々なことを吸収して、レベルアップしていかないといけない。遅れても少しずつ選手たちの意識を改革してレベルアップにつなげていかないといけない」

日本よりも分母が少ないマイナースポーツだが…

 呉氏が“意識改革”を強調するのは、韓国のラグビー選手たちが「何のためにラグビーをするのか」という意味を見い出せていないからだ。それは育成年代からの問題と指摘する。

「中・高・大学、社会人もそうですが、指導者はみな“職業”として取り組んでいる人が多い。それが悪いわけではないですが、大枠の中でのたった一人が指導するので細かい内容までは突き詰められない。選手たちもラグビーをやりたくてやっているわけでなくて、ラグビーで韓国トップに行けば、『飯が食える』とか、そういう目標の中で回ると強くはならないですよね。韓国は兵役もあって、なかなか裾野が広がらない問題もあり、そもそも分母が少ないので、そう簡単に代表は強くならない」

 ちなみに大韓ラグビー協会に登録されているチーム数は、中学が22、高校が17、大学が10、社会人が4チーム。日本の高校ラグビー部の数が約900もあると考えると、“分母”の差は歴然だが、やはり韓国でラグビーはまだまだマイナースポーツであり、国民の関心もそこまで高くないことがよく分かる。

「切磋琢磨してレベルアップしたくても、環境のせいにして諦めたり、“ぬるま湯”に浸かったままでは発展は難しい。だからこそ、ラグビー人口が少なくても選手たちの意識を変えていかないといけないんです」

 そのためチームだけでなく、協会理事としての役割も重要な仕事。日本ラグビー協会や各チームとの太いパイプを使い様々な話し合いも積極的に行っているという。「例えばリーグワンの選手を韓国にレンタルできるのかとか、レベルの高いレフェリーを呼べるのかなど人的交流をすることで強化を図っていきたいと考えています」。

昨年の7人制ラグビーのW杯南アフリカ大会にも出場した韓国代表(写真提供・呉英吉氏)
昨年の7人制ラグビーのW杯南アフリカ大会にも出場した韓国代表(写真提供・呉英吉氏)

「求められることはありがたい」

韓国ラグビーが日本に追いつける日は来る――。そう信じて仕事を続けるからには、やはり大きな目標が必要だ。

「2027年にオーストラリアで開催されるラグビーW杯に韓国を出場させること」。日本代表が世界の強豪を相手にしても台頭に渡り合う姿を何度も見てきたが、指をくわえて見ているわけにはいかない。

 実際、韓国ラグビーに携わる機会を与えてくれた人物は、OKファイナンシャルグループ会長で、大韓ラグビー協会会長を務める在日3世の崔潤(チェ・ユン)氏。東京五輪では韓国選手団の副団長を務めた。崔氏もまた高校、大学時代にラグビーを経験し、韓国ラグビー再建への道を模索していたところ、日本で実績のある呉氏に打診し、意志を同じくした。

「挑戦という言葉はとても聞こえはいい。でも決してそうではなくて、自分にとっては『好きこそものの上手なれ』です。指導させてくれる場を与えてくれたこと、それがまた自分の故郷である韓国というのが、また新しいことでした。全員に認められることはなくて、いろんな批判があって当たり前です。ラグビーが好きで、現場が好きでたどり着いてみたらここにいた。生活もあるし、単身で大阪を離れたのもありますが、それに勝るくらい年齢でまだ指導できること、求められることがありがたいしうれしい。『あいつはラグビーが好きやねんな』って思ってくれたら本望です」

教え子の李承信にも「負けられない」

 2021年から始まった単身での韓国生活も今では慣れたもの。日本にいる妻とリーグワンでプレーする2人の息子も応援する立場だ。

「妻も子どもたちからは『やっりアッパ(お父さん)はアッパやな』って言われました(笑)。日本代表の(李)承信をバックスコーチとして3年間、指導しましたけれど、彼は朝鮮高卒業後の5年後に日本代表入りして、2027年W杯に出場するだろうと思っていました。まさか高卒後、3年で“ジャパン”入りするとは思わなかったです。だから彼にも負けないようにしないといけない(笑)。4年後にはライバルとなる日本に追いつき、2027年W杯出場を狙います。20~25歳の選手を3年しっかりと鍛えて、もしダメでもその先の2031年W杯を目指しますよ」

OKファイナンシャルグループラグビー団監督を務めながら、韓国代表コーチも兼任する呉英吉氏(写真・同ラグビー団提供)
OKファイナンシャルグループラグビー団監督を務めながら、韓国代表コーチも兼任する呉英吉氏(写真・同ラグビー団提供)

 2021年11月の7人制W杯南アフリカ大会アジア予選で、韓国は準決勝で日本を21-14で破り本大会出場を果たしている。呉氏も代表コーチとして帯同し、2022年9月のW杯本大会も戦った。結果は2勝3敗で24チーム中、21位。さらに22年7月のラグビーW杯2023フランス大会の予選を兼ねたアジアラグビーチャンピオンシップの決勝戦で15人制ラグビー韓国代表は、香港を相手に21-23と敗れたものの、互角に渡り合える力を備えたことにスタッフや選手たちも手ごたえを感じていた。だからこそ日本に追いつく可能性もあると信じている。

「韓国選手にも高いポテンシャルを持っている選手は多い。体格やパワー、キック力、両足で蹴れたりとチーム内に2~3人は飛びぬけた選手がいます。ただ、日本のようにラグビーが緻密ではないので、少しずつできることをやって、改革していく。アイデアはたくさんありますから」

 韓国代表が日本と互角に渡り合い、勝利してW杯出場を手にすることを夢見る――55歳、呉氏の挑戦は始まったばかりだ。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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