Yahoo!ニュース

「もう妊娠しましたか?」有村智恵が妊活公表後に感じた“女性が働くことの難しさ”と世間との温度差

金明昱スポーツライター
妊活公表後の状況や活動について詳細に話してくれた有村智恵(写真・筆者撮影)

「世の中の女性たちはすごく大変な思いをしている人が多いというのを今まさに実感しています」

 昨年11月末、女子プロゴルファーの有村智恵はシードを喪失し、来季出場権をかけたファイナルQT(予選会)に出場せず、自身のインスタグラムで「妊活に専念する」と綴った。2021年12月に一般男性と結婚し、ゴルフは続けつつも、子どもを授かることへの想いも片隅にあった。

 “妊活”を公表せず、休養することもできただろうが、有村はあえて“妊活”を公表した。改めてその背景と理由、今後の活動計画や実際に妊活をしながら仕事を続ける現実に直面し、何を感じたのかについて独占インタビューした。

「何もやらなくなると精神的にも不安に」

――昨年の“妊活”を発表されたあともお仕事を続けているようですが、改めて感じたことはありますか?

 今はラウンドをしたり、ゴルフ番組の収録や昨年から始めた「LADY GO CUP」(30歳以上の女子プロ参加のツアー外競技)開催のための活動のほか、今季は推薦で「KKT杯バンテリンレディス」にも出場させていただきました。“妊活”で体を休めつつも、そのスケジュールに合わせて仕事をこなしていますが、それがすごく難しいことだったと実感しています。

――具体的にはどういうことでしょうか?

 妊活すると公表してからは、自分と同じような境遇の人たちと話す機会が増えたのですが、普通のお仕事をしてる人たちは本当に大変だということです。私はオファーをいただいて、受けるか、お断りするかのスタンスなのでまだいいですが、会社勤めの女性の場合は、妊活のために不妊治療をするという話をしてない人もたくさんいるわけです。そんな中で休まなきゃいけないとか、何かあったら本当にしばらく会社に行けないとかが必ずあると思うのですが、すごく大変な思いをしている人たちが多い。実際に私もその立場になってみないと分からないことでした。体は元気なのに治療のスケジュールと合わせるとこんなにも仕事ができないものなんだと…。

――休養している今も仕事のオファーがあれば引き受けるというスタンスなのでしょうか?

 幸い私自身はやるべきことはたくさんありますし、動く理由があるので、救われている部分もあります。ただ、一時期は何もない状態になったときは、何して過ごそうかと悩みました。今年1月に休養に入ってからすぐに治療の関係で安静にしなくてはならない時期もあったのですが、何もしなくていいという状況が初めてなので、精神的に不安になったりもしました。

――ジッとしていられないタイプなのですね。

 何もないと家にいてスマホを見る時間が長くなりますし、今はツアーで優勝するという目標などもないので、追い込まれないと立ち上がれないタイプです(笑)。かなり意外と言われるのですが、毎日こつこつ何かをやれるタイプじゃないんです。

「BSJapanext」でゴルフトーク番組「有村の智彗」(毎週木曜日、よる9時~10時)がスタート。様々なゲストを招いて進行を務めるのも新たな挑戦だ
「BSJapanext」でゴルフトーク番組「有村の智彗」(毎週木曜日、よる9時~10時)がスタート。様々なゲストを招いて進行を務めるのも新たな挑戦だ

「もう妊娠しました?」とギャラリーに聞かれ

――現状は妊活と仕事の狭間でかなり悩むことも多いということでしょうか。

 冒頭でも言ったように“難しさ”は感じています。今は仕事も1カ月先ぐらいまでは何となく目安がありますが、1カ月以上先は本当に仕事やゴルフができるかも分かりません。急に仕事をキャンセルしなくてはならないこともありました。反対に「今週は仕事できます!」という週もあるのですが、それで女子ツアーの「KKT杯バンテリンレディス」には出られたんです。

――妊活公表後のツアー出場はそういう背景があったのですね。

 それこそ妊活を発表したあと、ナイーブな話でもあるので、試合会場などで会う人たちからは基本的に何も聞かれないことがほとんどです。ただ、3月の女子ツアー開幕戦の「ダイキンオーキッドレディス」に行った時はギャラリーの方から「もう妊娠しました?」と5~6人くらいに聞かれました。私は公表した側なので嫌な思いはしなかったですが、そうした事情を知らない人も多いんだなと実感しました。

――世間一般的には“妊活”という単語は知っていても、具体的に何をするのかは知らない人がほとんどだと思います。

 例えば、仕事をせず、実家へ帰ったり、気分転換で旅行に行けば?と言われることもあります。でも、それも積極的にはできない状況なんです。治療や体調面を考慮しながら行動しなくてはならず、自由に動けないという期間や家にいるしかないこともあります。病院に行くと「また明後日には来てください」とかいうこともあって、自分の体の状態で過ごし方が変わるので、長期間、遠くにいくのは難しいのが現状です。

――そういう意味では働く女性が増えている日本において、同じ悩みを抱えている人がいるという“伝える側”になったわけですが、周囲の反応はどうでしたか?

 現代はそういうことで悩んでいる女性もすごく多いはずで、働く女性が増えている中で、会社では多くの方が傷付いちゃうだろうなと思う部分もありました。私が初めて会った人に「妊娠しましたか?」と言われるということは、自分たちも顔見知りの人には何かしら言ってしまっている可能性もあるのではと思いました。ただ、私の場合は逆に妊活を発表して、近しい人たちから、「実は私たちも苦労した」という話を聞くことが増えました。それに救われたというか、そのような言葉をいただけるのはありがたいです。

今年開催された「KURE LADY GO CUP」の出場者たち(写真提供・ZONE)
今年開催された「KURE LADY GO CUP」の出場者たち(写真提供・ZONE)

「私たちってそんなに需要ないのかな?」

――昨年から開催に尽力された30歳以上のプロゴルファーのワンデートーナメント「KURE LADY GO CUP」ですが、今年2回目の開催が「BS Japanext」でも無料放送されました。反響はどうでしたか?

 たくさんの反響をいただきました。30代を迎えて子どもを産んだあと努力して復帰する選手もいれば、シード権を持たなくても試合に出たいという選手もいます。「レジェンズツアー」(45歳以上の女子プロゴルファーが対象)がありますが、結婚や出産などを機に第一線から退く30代の選手が出られる試合がないんです。日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)のQT(予選会)を受けるほどでもなくて、私のように悩みながらも色々な仕事をしてる人たちが出られる試合があってもいいのかなって思うんです。

――有村さんのような悩みを抱える選手たちが試合を楽しめる場を提供したいという思いがあるわけですね。

 そもそも「私たちってそんなに需要ないのかな?」って思いました(笑)。それで多くの企業の方や関係者と話をするなかで、「自分たちがこういうふうな試合をやっていくとしたらどう思いますか」と聞いたら、「すごくいいね」と言っていただく声が多かったんです。

――子育てしながらもゴルフを続けたいなどの思いを抱えている選手が多いというのは、企業などの会社で働く女性とも共通する部分でもありますね。

 シードを失ったプロゴルファーや休養宣言や子育てしながらも、ゴルフを続けたいという選手は本当に多い。でも、そんな思いは世間に知られていないのが現状です。悩みを抱えていたり、復帰する難しさがあるということは、「LADY GO CUP」を通して発信していきたい部分でもあるんです。私自身も大会開催に関わりながら、昨年からは“妊活”のことも考えていて、他の選手たちとも色んな話をしました。「みんなは子どもの事をどう考えてる?」と聞くと、会場に託児所ができる試合がありがたいという話になったり、それでも幼稚園に入れるまでの3歳くらいまで、とか現実的な話をしながら、考え方について色々と聞いています。

――子育てしながら仕事をするには周囲の環境や支えも必要ですね。

 そうなんです。私も実家が熊本なのですが、地方から関東に出てきている選手が多い。そうなると親に子どもを預けられないなど、難しい環境の方がほとんどです。例えば夫の家族であったり、夫が子どもを育てるなどの環境が整わない限りは難しいですよね。

――そうなるとやむなく引退したり、ゴルフから離れる選手も出てきますね。

 支えてもらえる環境がないために「やめる」という選択をする選手は少なくない。それなら1~2日なら時間が作れる試合があればいいなと思っていました。最初は誰かがやってくれるんじゃないかみたいな期待はすごくありましたが、これはもう自分たちで動くしかないと。

「KURE LADY GO CUP」には引退したキム・ハヌル、今季で日本ツアー引退のイ・ボミ、妊娠中の佐藤のぞみも出場した(写真提供・ZONE)
「KURE LADY GO CUP」には引退したキム・ハヌル、今季で日本ツアー引退のイ・ボミ、妊娠中の佐藤のぞみも出場した(写真提供・ZONE)

「女性の働き方」を多くの会社が注視している

――今後、「LADY GO CUP」をどのような形にしていきたいでしょうか?

 理想ですが本当はしっかりした真剣勝負の場にはしたい。現在はペアマッチの1日だけの大会ですが、今後はストロークプレーにしたり、もっとたくさんの方々に見てもらいたいという思いがあります。課題も多く、まだ多くの選手に出てもらえていません。自分たちが声を掛けられる選手だと偏ってしまうので、今後は試合に出ていない選手にも出場してもらいたいと思っています。年間を通して、できるだけ色んな場所で開催していきたいです。

――大会規模を大きくしていくためにも、スポンサーとなっていく企業や関係者の“女性の働き方”についての理解も必要ですね。

「SDGs(エス・ディー・ジー・ズ)」という取り組みも世の中に浸透してきていて、「女性の働き方」についても多くの会社が注視している部分があると思います。それを一緒に考えさせてもらえる企業がすごく多いのを実感しています。これは10年前だと実現できなかったかもしれませんし、社会的な取り組みがまだなかった時代にこういう提案をしても、需要や理解が少なかったと思います。

若手には「消費しすぎないでほしい」

――現在の女子ツアーは強い若手がどんどん出てきていますが、何か伝えたいことはありますか?

 今の女子ツアーは若くして活躍しなきゃいけないという概念を持った選手がすごく多いのではと感じます。私もそうでしたからそこに必死になるのは当然のこと。ただ、長い目でゴルフを見てもらいたいし、「自分を消費しすぎないでもらいたい」という思いがあります。スター選手がどんどん出てきている中で、いい成績を残しながらも、先の長い人生をいい形にしながら歩むのがイコールになってほしいと思います。そういう土壌を少しずつ作っていけたらいいなとは思います。

――有村さん自身がこの先にやりたいこと、目指しているものはありますか?

 20代の時はゴルフだけをやっておけばいいと思っていたのですが、今は私たちの世代がゴルフを通じて社会貢献していく必要性を感じます。何もしないというのは考えられないです。あとは、子どもができれば、自分がゴルフしている姿を、試合で戦っている姿を見せるというのも一つの夢ですね。こればかりはどうなるか分かりません。とにかく生涯現役とはいかないまでも、プロゴルファーとしての何かの活動はずっと続けていきたいです。

女性の働き方やゴルフを通じての社会貢献についても考えている有村智恵(写真・筆者撮影)
女性の働き方やゴルフを通じての社会貢献についても考えている有村智恵(写真・筆者撮影)

■有村智恵(ありむら・ちえ)

1987年11月22日生まれ。熊本県出身。10歳からゴルフを始め、ゴルフの名門・東北高校ゴルフ部を経て2006年のプロテストに合格。08年「プロミスレディス」でツアー初優勝。09年は5勝で賞金ランキング3位。12年「日本女子プロゴルフ選手権コニカミノルタ杯」で国内メジャー初制覇。13年から米ツアーに挑戦。16年から日本ツアー復帰を決意し、18年「サマンサタバサガールズコレクション」で6年ぶりの優勝を果たす。ツアー通算14勝。21年12月に結婚を発表。22年シーズンを最後に妊活で休養を宣言した。今年7月6日から無料BS放送局「BSJapanext」で「有村の智彗」(毎週木曜日、よる9時~10時)がスタート。レギュラー番組のMCにも挑戦する。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

金明昱の最近の記事