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“大人になった”女子プロゴルファー藤田光里の告白「引退がすべてじゃないと思えた」理由

金明昱スポーツライター
プロ11年目を迎えた藤田光里。レギュラーツアー復帰を目指す(写真提供・藤田光里)

「丸くなったというか、私も大人になりました(笑)」――。女子プロゴルファーの藤田光里はそう言って笑っていた。今年9月で29歳。20代最後の年となる2023年シーズン、彼女は国内下部のステップ・アップ・ツアーの開幕戦「大王海運レディース」に出場していた。

 結果は予選落ちと振るわなかったが、決して暗い表情をするわけでもない。声をかけると快く対応してくれる彼女には、逆にこちらがありがたかった。

今季の目標について聞くと、こう語っていた。

「自分の力で(レギュラーツアー開幕戦の)『ダイキンオーキッドレディス』に出たいんです。推薦もらったりして出ることもできると思うのですが、QT(予選会)で上位に入ったり、ステップ・アップ・ツアーの賞金ランク1、2位で出場権を得るとか、方法はあるのですが、とにかく自分の力で(レギュラーツアーの)開幕戦に出たいなという思いがあります」

 レギュラーツアー復帰に向けての意欲は今も衰えていないようだが、言葉から焦りは感じられなかった。むしろその雰囲気はかなり落ち着いていた。

 個人的には思い入れのある選手だった。というのも、筆者が女子のトーナメント現場に足を踏み入れた頃と時を同じくして、プロデビューを果たしていたからでもある。

 当時の記憶では、そのデビューも華々しかった。北海道女子アマチュアゴルフ選手権で5連覇を達成。2013年のプロテストに合格し、新人戦でも優勝。さらに同年のQT(予選会)をトップ通過で一気に注目を浴びた。それでいて容姿端麗とメディアの注目度も高い選手で、取材する機会も多かった。実妹(藤田美里)もゴルフ経験があり、姉のキャディーをすることもあって、美人姉妹と話題になっていたのも記憶に新しい。

プロ11年目で20代は今年で最後

 藤田がスポットライトを浴びたのは、ツアー本格参戦から2年目の2015年。「フジサンケイレディスクラシック」でツアー初優勝を果たした時だ。この時、弱冠20歳。まだ右も左もまだ分からない中、脚光を浴びることで称賛されることも多かっただろうが、キャディーとの小さなトラブルが原因となり、叩かれたこともあった。

 ただ、そうして取り上げられるのは結果を残していたからこそのことで、2017年に賞金シードを落としてからは“藤田光里”の名を聞くことは、ほとんどなくなった。2勝目は遠のくままこのまま終わるのだろうか、と思っていたが、2019年には下部ツアー(ユピテル・静岡新聞SBSレディース)で優勝もした。レギュラーツアー復活への期待もあったが、やはりそう簡単なことではない。今も藤田は下部ツアーを主戦場にしつつ、レギュラーツアーには推薦やマンデートーナメントからの出場を目指している。

 そんな彼女に話を聞くことができた。聞くと「今年でもうプロ11年目なんですよ。20代は今年が最後ですし、来年はもう30歳です。まさかこんなにゴルフをしているなんて思っていなかったです」と笑顔を見せる。

 ちゃんと話したのはいつか思い出せないほど。どこか大人びた落ち着いた表情に彼女の心境の変化を感じずにはいられなかった。昨季は開幕直後に左足付け根の肉離れに苦しみ、今年2月には「昔から目が開けにくい感じがあった」として眼瞼下垂(がんけんかすい)の手術にも踏み切った。若い頃とは違い、体のコンディションにも気を付けなければいけない年齢にも差し掛かっているが、それでも藤田はなぜゴルフを続けるのかが気になっていた。

今もゴルフを続ける2つの理由

「理由は2つあります」。そう前置きして藤田が続ける。

「学生の頃から手術したときに、ゴルフでケガとか手術するくらいだから、やめようと思っていたんです。いざ、自分が(2018年に左ヒジの)手術して、『こんなに痛くなくゴルフができるんだ』と思ったときに、もうちょっとやってみたいなって思ったんです。そのタイミングで今のコーチ(三觜喜一氏)に出会うことができて、考え方が変わったのが一つです。父以外の人に習うのが初めてだったので、人の意見をいただいたり、こういう風に自分は見えているんだなとか、自分の持ち味について聞くのもそうです。相談する相手ができたのは、すごくいいタイミングだったと感じています」

 手術後に痛みがなくなり、まだクラブを振れると思ったらゴルフをしたくなり、人から意見してもらうことも新鮮だったという。

 また、藤田はシードを落とした最初の年は、下部ツアーにほとんど足を運べなかった。レギュラーツアーでやってきたプライドもあれば、優勝経験もある。だからこそ、推薦やウェイティングからレギュラーツアーへの出場にこだわったが、「やっぱり試合勘は待っているだけだと養えないと思って、下部ツアーでもしっかり出て行こうと思った」という。実際に来てみると、自分の知らない世界がそこに広がっていた。

先輩たちから学んだゴルフとの向き合い方

藤田がゴルフを続けるもう一つの理由はこうだ。

「若かった頃、辞めようと思っていた年齢に差し掛かった時にシードを落として、ステップ・アップ・ツアーに来てみたら、年下の選手も多いけれど、年上の選手がたくさんいることに少し驚きました。そこでいろんな先輩たちと出会い、人生の話とか、ゴルフに対する考えや姿勢を学ぶことができた。引退とか辞めることがすべてじゃないんだって思えるようになったんです。区切りをつける人もいるけれど、『何歳までもできるんだから』っていう人も多くて、そう考えると今すぐに『辞めます』と決めなくていいのかなって」

 藤田は母として子育てしながら今もプロゴルファーを続ける福嶋浩子や佐藤靖子など、多くの先輩たちと練習やラウンドする機会も増え、「もし自分がこの年齢だったら、またゴルフ人生をどうするかを考える頃なんじゃないかなとか、本当にいろんなことを考えるようになりましたし、勉強させてもらっています」と語る。

 言葉の一つひとつから滲みでていたのは、人としての成長。そこにプロデビューしたばかりの頃、若気の至りもあった“やんちゃな”面影はなく、それ以上に人生経験豊かな先輩たちと付き合うなかで、新たにゴルフとの向き合い方を考え始める“大人になった”藤田光里の姿があった。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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