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母の交通事故死、両肘と手首の手術…34歳の申ジエはなぜ今も勝ち続けられるのか?

金明昱スポーツライター
今季国内女子ツアー開幕戦で優勝した申ジエ(写真・KLPGA)

 一体、どれだけ勝ち続けるのだろうか。

 今季の国内女子ゴルフツアー開幕戦「ダイキンオーキッドレディス」で韓国の申ジエが優勝した。それも2位に3打差をつける圧巻の内容で、元世界ランキング1位の肩書きは伊達じゃない。大勢のギャラリーに拍手を浴びるなか、彼女はこんな言葉を口にした。

「(日本ツアーの)永久シードまで残り3勝。歴史に名を残したい」。日本女子ツアーの永久シードの資格は「30勝」が必要だ。

 実は今回の優勝で正確には日本ツアーで「通算29勝」。しかし、JLPGAメンバーの登録前の初優勝(2008年ヨコハマタイヤPRGRレディス)と米女子ツアーメンバーの資格で出場した10年「ミズノクラシック」の優勝は通算勝利数に含まれないことから、「通算27勝」と数えられている。

 とはいえ、これについても「そもそも30勝以上したいと思っていますし、数が少なくなることで『頑張りたい』という原動力にはなっています」と話していた。とにかく言い訳は無用。実力で勝ち取ればいいとの自信がその表情から読み取れた。

同い年のキム・ハヌルが21年に引退、イ・ボミも今季限りで日本ツアーから引退すると発表する中、今もなおゴルフに対してのエネルギーが満ち溢れている。その原動力となっているものは一体何なのだろうか。

悲願は日本ツアーのタイトル

 2年前に申ジエにインタビューする機会があった。そこで日本ツアーの現在のレベルや若手の米ツアー進出などについて、様々な話を聞いたのだが、彼女が2014年から主戦場を日本ツアーに移してからは明確な目標があった。

「今は日本ツアーでの賞金女王を取るという目標があります。それを達成するために集中しています。なので、先の将来のことはまだ考えられていません。賞金女王を達成してから、その先のことを考えていきたい」

 韓国ツアーでは08年から3年連続で賞金女王となり、米女子ツアーも09年に賞金女王、10年には世界ランキング1位に到達した。悲願は日本ツアーのタイトルである。そのためにもまだ辞められないという強い決心が、彼女を突き動かしている。

 その原動力と感じるのが、母親の死だ。申ジエが中学3年生の時(2003年)、練習場まで車で送ってくれた母が、帰り道に車でトラックと正面衝突して帰らぬ人となった。この時、妹と弟も同乗していたが、幸い無事だったが入院。「当時はあまりいい記憶はありません」と語っていた表情を今も忘れない。

 一方、父はボウリング競技では国体選手だったほどスポーツ万能。そんな父からゴルフを勧められ、徐々に才能を見出されたが、母の死によってゴルフどころではなく、家庭環境も決して裕福ではなかった。

「保険金をすべてゴルフに」

 こんなエピソードがある。母が亡くなり、少ないながら父が保険金を受け取ることとなった。父は抱えてきた借金をそこから返済すると、1700万ウォン(約170万円)が手元に残ったという。父が娘に伝えた言葉が「母が命と引き換えに残してくれたお金だ。このお金で一生懸命ゴルフをさせるから、一緒にがんばろう」。

ここから申ジエはゴルフへの取り組み方が180度変わったという。

「ミスも経験。次にがんばればいい、という考えをやめた。1回のミスで一生後悔する。後回しにせず、目の前のことをしっかりすると決めた」。そんな悲壮な覚悟が、今もプレーに現れていると感じる。

 しかしながら年々、体は慢性的な痛みを抱える場所も増え、両肘と両手首にメスを入れてまでもツアーで戦いを続けている。「不安はあるけれど、それに合わせたトレーニングもしているので大丈夫」と言うが、現役生活をそう長く続けられないことは彼女自身が一番よく分かっているはずだ。

 だからこそ、今季開幕戦で優勝できたのは大きく、年間女王と賞金女王、そして永久シードの獲得も決して夢物語ではない。

 18番ホールのグリーンに上がってくると、必ずギャラリーに向かって、キャップを脱いで丁寧なお辞儀をする姿は、ゴルフファンの間ではよく知られている。そうしたプロフェッショナルな姿や言動も若手女子ゴルファーからも一目置かれ、アドバイスを求められることも増えたという。

 これからも日本選手たちのお手本として、背中で語るゴルファーであり続けてもらいたいものだ。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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