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渋野日向子の登場前はイ・ボミが女子ゴルフ人気を牽引?衝撃のシード喪失と日本で築いた功績

金明昱スポーツライター
9シーズン連続で保持したシードを喪失したイ・ボミ(写真・筆者撮影)

 プロスポーツは、お金を払って会場に足を運ぶ人たちがいる興行なので“人気商売”とも言われる。

 選手たちは日々、自身のパフォーマンスを最大限に発揮するため、練習で腕を磨き、結果を出すために全力を尽くす。

 選手のひたむきな姿に感動が得られることに価値を見出す人がたくさんいる。一方でプロのアスリートは、競技だけに打ち込むだけでいいのかと言えば、決してそうではない。

 ファンイベントを開催したり、練習後にファンにサインや写真撮影に応じたりと“ファンサービス”も大事な仕事の一つでもある。

 ファンに対する向き合い方や価値観には、選手それぞれに温度差はあるが、常に「ファンやスポンサーさんのために」と周囲への気配りを大事にしてきた女子プロゴルファーを知っている。

 韓国女子プロゴルファーのイ・ボミのことだ。

「今年は出られる試合は出る」

 先週開催されたヤマハレディースオープン葛城で予選落ちし、イ・ボミは9シーズン連続で維持してきたシードを失った。

 コロナ禍で昨季(2020-21)は、日本への入国制限措置などで出場28試合となり、賞金ランキングは82位とシード圏外。ただ、今季は「入国制限保障制度」で今季開幕から5試合の出場権が与えられ、昨季55位以上の賞金額を獲得できればシードを獲得できた。

 だが、ショットの精度を欠いたまま、成績は上向くことはなかった。5試合中、4試合が予選落ち。

「正直に言えば、成績が出ない自分の姿をファンの前で見せることにはすごく抵抗がある」と語っていたことがある。

 それでも今は自分のことを受け入れ、本来のスイングを取り戻すため、試合中に何度もトライし続けた。「最後まで諦めずにトライしていたので、それはよかったと自分に言ってあげたいです」。

 ヤマハレディース2日目の予選落ちが決まったあとの会見に挑んだイ・ボミに「引退の考え」について改めて聞くと、こう答えが返ってきた。

「今日のような成績だったら早く引退したいと思うけれど、まだ応援してくれている人が多いので、今年は出られる試合に出て、そのあとに考えてもいいかなと思っています」

 ここで引退することについては、完全に否定した。

 実際、今季はまだ日本の試合に推薦で最大8試合、歴代優勝者の資格を持つ日本女子プロゴルフ選手権にも出られる。今後は5月に韓国ツアー2試合、6月に国内の宮里藍サントリーレディスからの出場を目指しているという。

最後は「また会いましょう~!」と手を振り、会見場をあとにした。肩の荷が下りたこと、まだ“お別れ”ではないことに多少の安堵感があったのかもしれない。

スポーツ紙の一面飾った韓国選手は異例

 実際、韓国ツアーの永久シードを持っているため“引退”とはならないのだが、33歳のイ・ボミが少しずつ坂を下っているのも事実。

 これは自然な流れとはいえ、来日当初から取材してきた立場としては、寂しさがある。

 2010年に韓国女子ツアーで賞金女王になった翌11年から日本ツアーに参戦した。1年目からシードを獲得し、15、16年には2年連続で賞金女王になった。

 スター性を持った選手の登場は、プロスポーツ人気においては必要不可欠だ。

 ゴルフ強国と言われる韓国女子ゴルフだが、日本ツアーでは長らく韓国選手の優勝が目立つ時期があった。

「日本ツアーだから、日本選手に勝ってほしい」と思うファンの心理は当然のことで、日本のメディアに大きく取り上げられるのも日本選手であるのがセオリーだ。

 だが、イ・ボミはそんな常識を180度覆した。

 スポーツ紙の一面を飾った韓国人選手でもあり、ゴルフ雑誌の表紙に何度も登場した。写真集までも発売し、正月のスポーツバラエティー「とんねるずのスポーツ王は俺だ‼」にも出演して認知度が高まった。

 ゴルフの実力もそうだが、多くのファンやメディア、スポンサーまでも彼女の人間性にほれ込んだ結果だ。

 現場で会った人たちがそれを感じていることだろう。何も包み隠さず、正直な気持ちで話す姿に好感が持ててしまうし、さらに応援したくなるものを彼女は持っていると思う。

 様々な要素が絡み合い、いつしか女子ツアーを牽引する立場になった。ただ、長らくそうした状況が続かないことも分かっていたが、そのタイミングで渋野日向子ら“黄金世代”が登場した。

 世代交代はさざ波から大波となり、ベテラン韓国勢はその波に飲まれるかのように今や20代前半の選手たちがツアー上位を席巻するようになった。

シード喪失後の会見でも正直な言葉

 少し想像してみる――。9季連続で保持したシードを喪失したあと、会見場に呼ばれる選手の気持ちはどんなものだろうか。

 辛い状況を話したくない選手もいるだろうし、もしかすると会見を拒否する選手もいるかもしれない。

 昨年はプロテニスプレーヤーの大坂なおみ選手の会見拒否もあったが、イ・ボミはどんな時でも、その場に応じて、言葉を選びながらそつなく対応していた。

 良いことも、悪いこともうまく受け入れ、時にはさらりと受け流し、会見するからにはその言葉には嘘はないように話していたと思う。だからこそ今もたくさんの支持を得られるのだろう。

「優勝は難しいかもしれませんが、私が納得できるプレーが1試合でもできれば。みんなのために頑張りたい。それだけです」

 ヤマハレディースでは成績が悪くても多くのギャラリーが彼女のプレーを追った。連続バーディーが来ればプレスルームの記者たちからは「ボミちゃん、がんばれ!」との声も聞こえた。

 彼女の背中を押す人は今でも多い。2022年シーズンをこのまま終わらせるのはもったいない。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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