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なぜ邦本宜裕の韓国成功は日本で受け入れられないのか “過ちを許さない”風潮と求められる“寛容さ”

金明昱スポーツライター
邦本宜裕は全北現代のリーグ5連覇に大きく貢献した(写真提供・全北現代)

「邦本(宜裕)がエースになり、全北(現代)のすべてが変わった」

 韓国のサッカー専門サイト「フットボリスト」は、Kリーグの全北現代に所属する邦本宜裕の今季の終盤戦での活躍ぶりにこう見出しをつけた。

 韓国Kリーグの全北現代は今季、史上初のリーグ5連覇、最多の通算9勝を達成した強豪クラブ。韓国における日本の“川崎フロンターレ”と言えばわかりやすいだろうか。

 川崎同様に“絶対王者”と呼ばれる韓国の全北現代に、日本人MFの邦本宜裕は所属している。彼は今やチームに欠かせない中心選手となった。

 2018年から韓国行きを選択した邦本は、当時1部に昇格した慶南FCからキャリアをスタートさせ、20年に全北現代へ移籍した。昨年リーグ制覇こそ経験したものの、25試合出場で2ゴール、1アシストと完全に馴染んだとは言えなかった。

 今年も序盤はコンディションが上がらなかったが、「10月からチームのエースになった」(韓国サッカー専門サイト「フットボリスト」)と評価するほど、大事な試合で決定機を演出している。

 同サイトは今季、終盤での邦本のプレーをこう評している。

「最後の6試合で邦本は、全北のプレーを組み立てる“アルファとオメガ”になった。優勝するための勝負の一手として準備した4-3-3フォーメーションで邦本は、左の中盤を任せられた。単純に攻撃に加担するだけではない。蔚山現代、水原三星、済州ユナイテッドのサイドからの相手の攻撃を遮断し、ビルドアップを始める役割を果たしていた。その6試合で邦本はすべて先発出場を果たし、5試合はフル出場。残り1試合も後半45分での交代だったため、フルタイムと変わりなかった。優勝の最も重要な一戦となった首位争いする蔚山現代との試合でも、邦本が事実上の主人公だった。チームが記録した3ゴールはすべて間接的、直接的に貢献した」

 年間表彰式のKリーグアウォーズで、ベストイレブンは逃したが、MF部門のベストイレブン候補にも選出されるほど、優勝への貢献度が高かった。

日本で認められてもいい邦本の実力

 そもそも日本で“海外サッカー”といえば、ほとんどが欧州組のことばかりで、韓国でプレーしている日本人のことはニュースになることはほぼない。

 それゆえに誰が韓国のクラブに所属しているのかもほとんどのサッカーファンは知らないだろう。

 どちらかと言えば、日本にとって韓国は“下”で、あえて“知る必要のない情報”と捉えているのではないか、と個人的に感じるところはある。

 だが、近年のアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)を見ても、JリーグとKリーグは常にしのぎをけずる相手であり、レベルも拮抗している。欧州クラブでプレー選手だけでなく、J1王者の川崎フロンターレから日本代表選手が輩出されるように、韓国でもKリーグの全北現代から韓国代表クラスの選手が輩出されている。

 つまり、邦本は韓国代表クラスの選手たちと日々、ポジション争いをし、主力としてプレーしているところ、その力をそろそろ日本でも認められていいのではないかと感じている。

韓国では「なぜ邦本を日本代表を選ばない?」という声もあるほど(写真提供・全北現代)
韓国では「なぜ邦本を日本代表を選ばない?」という声もあるほど(写真提供・全北現代)

「自分がしっかりしていれば必ず恩返しはできる」

 しかし、“あえて”邦本のことを日本メディアがあまり触れないのは、過去の素行が今でも独り歩きしているからに他ならない。

 邦本は2013年に浦和レッズユースに加入し、高校生(16歳)でトップチームの練習にも参加。同年10月の天皇杯3回戦・モンテディオ山形戦で途中出場ながらゴールを決めている。“東京五輪世代”のエースとも言われていたほどだ。

 ただ、浦和ユース時代は未成年での喫煙でチームを離れ、その後、アビスパ福岡でも「クラブの秩序風紀を著しく乱した」として契約解除になっている。

 “若気の至り”という言葉がある。才能を持てあまし、何のためにサッカーをしているのか分からなかったり、家庭環境や友達の影響なども自身の人生観に影響を及ぼすこともある。邦本もそんな若者だったと思う。

 全北のリーグ優勝が決まる前、邦本に『Number Web』の取材でリモートインタビューする機会があった。そこで語っていた次の言葉がとても印象的だった。

「過ちは消えるものじゃないですが、そこから自分がどうしていくかで、周りの目も変わります。自分が過ちを犯した時、助けてくれた人たちがたくさんいました。家族やチームを探してくれたエージェントさん、アビスパ福岡時代の同僚も『何でも言ってくれ』と連絡をくれていたんです。その時、励ましの言葉をかけられていなかったら、挫折してサッカーをやめていたかもしれません。今もすごく感謝しています。だから、その人たちのためにプレーと結果で恩返しをしなくちゃいけない。サッカーだけじゃなくて、普段の生活面の部分でもしっかりしないといけないと思いました。今も毎日、自分がしっかりしていれば必ず恩返しはできるという気持ちでやっています」

「将来はドイツのブンデスリーガでプレーしたい」

 たった一度の画面越しのインタビューで、彼の人間性を判断するのは難しい。

 ただ、彼が取材を受けるにあたって、過去の話を聞かれることは百も承知だったはずで、嫌なら断ることもできたはずだ。それを拒否しなかったのは、彼が真摯にサッカーと向き合う日々を過ごしているからだろうと思った。

 落ち着いた表情で、今の気持ちを正直に話してくれたことに、彼の心意気を見た。

 プロである以上、結果で証明し、どのようにサッカーに取り組んでいるのかを判断してもらおうという意気込みも随所に感じられた。

 彼は来季も全北現代に欠かせない選手として、チームのリーグ6連覇に向けた戦いに挑むことだろう。将来的には欧州行き、なかでも「ドイツのブンデスリーガでプレーしたい」という。そこはぜひとも実現してほしい。

 今の日本社会全体に蔓延していると感じるのは、一度失敗した者への容赦なき批判。ネット記事のコメントやツイッターなどSNSの発達もそれに拍車をかけている。

 邦本はまだ24歳。これから未来ある若者だ。彼は過去の過ちをことあるごとに聞かれて謝罪し、サッカーに打ち込んでいる。

 そうした姿を見守り、更生を受け止め、未来を切り開いていける“寛容さ”が、彼を知る“大人たち”に求められているのではないだろうか。

自身のプレーで監督とチームの信頼を勝ち取った邦本(写真提供・全北現代)
自身のプレーで監督とチームの信頼を勝ち取った邦本(写真提供・全北現代)

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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