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「日本の風潮に違和感があります」女子ゴルフ元世界1位・申ジエ独占インタビュー

金明昱スポーツライター
米ツアー賞金女王と世界1位を経験している申ジエ(写真・毎日新聞社/アフロ)

 正確無比なアイアンショットは、いまだ衰えを知らない。

 最近は爆発的なスコアこそないが、ボギーを打たないゴルフと的確なコースマネジメントで、今も最終日のスコアボードの上位にその名が現れる。上がり3ホールでの勝負強さは今も健在だ。

 韓国人プロゴルファーの申ジエのことである。

 韓米両ツアーで賞金女王を手にし、2010年には世界ランキング1位にも君臨。2014年から日本ツアーを主戦場としているが、2020年と2021年シーズンが統合された今季は4勝し、賞金ランキングは5位。悲願は日本の賞金女王のタイトルだ。

 33歳になった今も日本ツアーで勝ち続けられる強さは健在で、プロフェッショナルな姿や言動は若手女子ゴルファーからも一目置かれている。近年はアドバイスを求められることも増えたという。

 日本の選手たちが米ツアーで結果を残すにはどうすべきなのか。世界の厳しさを知る申ジエが日本の女子選手たちに伝えたいことについて聞いた。

「自分の長所を知る選手が増えた」

――2014年から日本ツアーを主戦場にしていますが、女子ゴルフ界は何が大きく変わったと感じますか?

 選手のプレースタイルに多様性ができたと感じています。一方で、少し見方を変えれば、トーナメントの開催コースが基本的には同じなので、目の肥えたファンには面白みに欠けると感じる方もいるのではないかなと思います。ただ、次々と若い選手の成長と活躍が今の日本ツアーを盛り上げているので、すごくいい雰囲気なのは確かです。

――申選手の言う通り、最近では“黄金世代”などの若手の活躍が目立ちますが、どのように受け止めていますか?

 最近では笹生優花選手や原英莉花選手のように飛距離のある選手も増えてきていますし、西村優菜選手も身長は低く、飛距離は出なくても、正確なショットを武器に優勝しています。個性のある選手がたくさん出てきましたよね。つまり、それぞれ自分の長所が何なのかをしっかりと知る選手が増えたということです。強みを知り、それを伸ばすことができるプレーヤーが多くなり、自然とツアーのレベルも高くなってきたと感じます。

――確かに日本女子ツアーは華やかですが、まだ米女子ツアーで活躍する選手は少ないです。現状をどのように見ていますか?

 世界ランキングの上位選手だけで見ると、日本の選手の中では畑岡奈紗選手が、一人で米ツアーでがんばっているような状況です。もちろん他にも日本選手(野村敏京、上原彩子、山口すず夏)はいますが、数人の選手がすべてを背負っているような状況に見えるのです。畑岡選手がリードしてはいますが、一人だけではかなり重荷です。畑岡選手と一緒に世界で戦う選手がもっと出てくればいいなと思っています。

――渋野日向子選手の全英女子オープン優勝や笹生優花選手の全米オープン優勝など少しずつですが、米ツアーで結果を残している選手も出てきています。

 海外でプレーしたいと考える選手が確かに増えていて、みんなが本当にがんばっています。この流れに乗る選手たちが今よりももっと増えれば、日本の選手たちは確実に強くなります。もう少しでいい流れがくるはずなのに、どこかもどかしい。それは選手たちが日々、感じていることでしょう。これは“いい意味”としての言葉ですが、若い選手たちには“気負い”があるように見えます。

「完成された選手と見る風潮に違和感」

――具体的にはどういう意味でしょうか?

 選手たちを“完成形”のように周囲が見ていることに違和感があります。日本国内や海外で1度でもいい結果を残すと、すでに“完成された選手”かのように見ていたり、メディアがそう報じていたりします。例えば、渋野日向子選手が全英女子オープンで勝ったあと、新たな挑戦というときで、今からもっとがんばらないといけないときにもかかわらず、結果を残して当たり前という見方をしている人たちが多いと思います。私にも「あの選手は上手いですよね?これからどうなると思いますか?」と意見を求められることもありますが、日本の若い選手たちが米ツアーで安定して結果を残し続けるのは、これから先の話です。挑戦する姿を見守ることも必要です。

――ゴルフで毎週、結果を残すのは確かに難しいです。

 私はもう15年もプロゴルファーをしていますが、毎年、試合で結果を残す難しさを感じています。どうしても世間は結果を求めるのですが、そうした風潮は選手への“期待感”ではなく、“負担感”になっている部分があると思います。

日本ツアーの賞金女王を目指す申ジエ(写真・KPS提供)
日本ツアーの賞金女王を目指す申ジエ(写真・KPS提供)

「韓国はもう“お腹がいっぱい”かも」

――申ジエ選手が米ツアーでプレーしていた頃も似たような状況でしたか?

 アメリカに行ったからにはすぐに結果を出したいと思っていましたし、たくさん努力もしました。韓国では結果を求められて、心身ともにすごく疲れましたよ(笑)。今では笑い話ですが、クラブに砂が一つついていても気になっていましたから。それがミスにつながるのではないかというプレッシャーですよね。周囲から結果を求められると完璧でいなければならないという強迫観念に襲われます。それで私は周囲からの雑念が入ってこないようにしていましたね…。今では懐かしい記憶です。

――結果がすべてという状況は、選手をつぶしかねないということでしょうか?

 プロなので結果を残さないと評価されないのは当然なのですが、まだ20歳そこそこの選手に対して、厳しい見方があると思います。そもそも、米ツアーでプレーする150人の中に入るだけでも、すごいことだという感覚をどこかで忘れがちです。ここに入れるのは、プロゴルファーのなかでもほんの一握りです。日本のプロテストも毎年、合格者が20人しかいませんが、それもものすごい倍率です。東大に合格するよりも狭き門と言いますよね。米ツアーでプレーする資格を得るのは、むしろハーバード大学に合格するくらいの価値があると言ってもいいでしょう。

――それでも韓国ツアーの選手たちは、結果を残すのが難しい米ツアーに積極的に出ていきますよね?

 今までは多かったですが、韓国もこれからは少なくなると思います。というのも、選手たちも周囲も、もうお腹がいっぱいなんだと思います。

――「お腹がいっぱい」とはどういう意味ですか?

 韓国女子ツアーも最近は試合数が増え、賞金額も日本ツアーに匹敵するくらいになりました。そうなると選手たちは、国内だけで満足してしまうのだと思います。そもそも海外ツアーに挑戦するのは、ものすごく大変なことですから。

日韓の違いは米ツアーに対する“恐れ”

――つまり、韓国の若い選手たちも現状に満足しているということですか?

 そうなりつつあると感じます。そもそも、何事も挑戦しなければ、目の前にある壁がどの程度の高さなのかも分からないものですが、成長が止まっている状態とも言えます。2020年に新型コロナウイルスの影響がありながらも、韓国ツアーの試合数も増え、スポンサーもたくさん支援してくれるので賞金額も増えました。海外メジャーが開催されれば、毎年10人くらいは韓国の選手たちが出場していたのが、今では1~2人くらいのときもあります。日本ツアーも似たような部分がありますが、韓国と少し違う点は「恐れ」です。最初から米ツアーを「高い壁」と感じている傾向があります。

――それは海外メジャーチャンプが多い韓国と日本の差から来るのでしょうか。

 日本では宮里藍さんが、その壁を壊し、世界1位にまで上り詰めました。そこからどんどんいい流れが続いていけば、怖いものもなくなったと思います。今は畑岡選手ががんばっているので、先ほども言いましたが、あともう一息で流れが続くと思います。年齢が若く、ゴルフに飢えている選手が多いのも感じますから、これから成長していくことでしょう。どんな壁も力を合わせれば壊せるし、越えていけます。

――日本選手たちに具体的にアドバイスするならどんな言葉を贈りたいですか?

 仮に私が選手たちにアドバイスをするとして、その前に一番重要なことを聞かなければなりません。その選手がこれからゴルフをするにおいて何を求め、何をしたいのか、です。まず自分がやりたいこと、成し遂げたいことが何なのか。それを聞いたあと、私なりの助言ができると思います。若い選手からは、いろんな話を聞いてみたいです。

――ただ、海外挑戦はそう簡単なことではありません。米ツアーで結果を残すための秘訣はありますか?

 練習や努力をするのは当然のことですが、ゴルフばかりの人生でなく、プライベートを充実させるのはすごく大事です。私は自分が好きな人と会うことで、リラックスする時間を設けています。自分の胸のうちを正直に話せる人と会うのがいいです。私は家族と過ごす時間が大好きなので、妹と弟と一緒にいる時間をとても大切にしています。会うたびに力をもらい、心を穏やかにしています。ゴルフ場での自分と、外での自分を分ける作業は大事なことだと思います。ゴルフから離れて、人間らしい自分になれる場所ですね。近くにいる人を大切にしてほしいと思います。

――これからの目標や人生設計はありますか?

 今は日本ツアーでの賞金女王を取るという目標があります。それを達成するために集中しています。なので、先の将来のことはまだ考えられていません。賞金女王を達成してから、その先のことを考えていきたいです。

オフに愛犬と戯れる申ジエ(写真・KPS提供)
オフに愛犬と戯れる申ジエ(写真・KPS提供)

■申ジエ

1988年4月28日生まれ、韓国出身。父の勧めで11歳からゴルフを始める。2006年から韓国女子ツアー(KLPGA)に参戦、同年3勝して賞金女王。07年の年間9勝はKLPGAツアー史上最多。08年まで3年連続賞金女王となる。09年から米ツアーに主戦場を移し、3勝で賞金女王となり、10年には世界ランキング1位に到達。14年から主戦場を日本に移す。19年にはツアー史上初となる平均ストローク60台を成し遂げた。韓国ツアー22勝(05 年のアマチュア優勝含む)、米ツアー11勝、日本ツアー26勝(08年「ヨコハマタイヤPRGRレディス」と「ミズノクラシック」は日本ツアーの公式記録としてカウントされていない)。スリーボンド所属。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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