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元賞金女王イ・ボミが今だから語る「お菓子騒動、韓国で批判を浴びた発言、ゴルフへの思い」

金明昱スポーツライター
日本ツアーが終了したあとインタビューに応じてくれたイ・ボミ(写真・島田幸治)

「このまま終わりたくない」

 2015年、16年賞金女王のイ・ボミは、そう強く感じた1年だったという。“スマイル・キャンディ”の愛称がつくほどの笑顔と抜群のファンサービスで人気を誇ったが、2017年以来優勝から遠ざかっているのだ。

 最近の日本女子ゴルフ界は、渋野日向子らの“黄金世代”が話題になることが多く、その中でも渋野は“スマイルシンデレラ”と呼ばれ、メディアからの注目を一身に集めている。そうした現象を「私にもそんな時期がありましたね(笑)」と懐かしそうにイ・ボミは振り返る。

 人気選手として常にメディアに追われる立場だった当時、彼女はどのように報道陣と向き合ってきたのだろうか。そして、プロゴルファーとしての今後のキャリアについても話を聞いた。

 こんなに饒舌なイ・ボミは初めてかもしれない――。

渋野日向子の「お菓子騒動」に懸念

「今、美容室に行ってきたばかりなんです。どうですか?」

 オシャレな私服とバッチリメイクで、待ち合わせ場所に現れたイ・ボミ。日本でのシーズンを無事に終えられ、翌日には夫が待つ韓国へ帰国できることがよほどうれしかったのだろう。彼女はとても上機嫌だった。

コロナ禍で日本ツアーは3試合の出場に留まり「ファンがいないことが残念でした」という(写真・島田幸治)
コロナ禍で日本ツアーは3試合の出場に留まり「ファンがいないことが残念でした」という(写真・島田幸治)

 インタビューはプレー中の渋野日向子に中継を担当したテレビカメラマンがお菓子を手渡し、日本女子プロゴルフ協会から厳重注意を受けた話題から始まった。

「渋野選手がカメラマンさんからお菓子を受け取ったことは確かに不注意だったでしょう。ただ、それまで良好な関係を築いていたと思います。お菓子が好きな渋野選手に、良い意味で渡したのですから、受け取る側も悪い気持ちではなかったはずです」

 ルール上、してはいけないこととは理解しつつ、イ・ボミは選手とメディアの関係性とそこまでに至る両者の背景が報道内容から抜け落ちていることを懸念していた。

「私が仮にチョコレートが好きだったとして、顔見知りの記者さんがそれを買ってきてくれたなら、私は受け取ります。その気持ちがありがたいですし、悪く思わないです。報じる側はそうした両者の関係性をも超えて、批判の矛先をメディアと選手に向けるのはすごく怖いなと思いました。一度、そういう報道が出てしまうと、人と会うのがすごく怖くなってしまいます。私はそうなりたくありません。人と人は顔を見て、意思疎通をして生きていかなければいけないと思うからです」

 イ・ボミは自身の経験を踏まえ、今回の騒動にそう釘を刺したかったのかもしれない。

「当時のメディアの方たちとの付き合い方を思うと、私はものすごくラッキーだったのかなと感じます。今でも試合に行くと、たくさん声をかけてくれますし、韓国の選手であるにもかかわらず、いい記事を書いてくれました。それにはすごく感謝しています」

日本で引退発言をして韓国で批判された過去

 成績が良ければ持ち上げられ、結果が出なければ叩かれることも彼女はよく知っている。2年連続賞金女王を獲得したときは称賛の嵐だったが、一方で真実とは程遠い記事も飛び交った。

賞金女王となり人気絶頂だった2015年と2016年当時の出来事や思いを語ってくれた(写真・島田幸治)
賞金女王となり人気絶頂だった2015年と2016年当時の出来事や思いを語ってくれた(写真・島田幸治)

 当時、イ・ボミが苦心したニュースが2つある。

 竹島(韓国名=独島)の領土問題で日韓関係がこじれていた2015年7月。日本のゴルフ専門サイトに「引退も日本でしたい」という記事が掲載された。すると「イ・ボミが日本で引退すると宣言した」と韓国のネットニュースで騒がれ、批判の対象となったのだ。

「このときの発言に関しては、とても軽率だったと今は思います。韓国のファンが寂しくなる気持ちを考えないで話してしまったがために、そういう風に受け止められることもあるんだなと……。でも、今は韓国ツアーの永久シードがあるので、『引退』という言葉が出ることはありません(笑)。私の発言の一つ一つが韓国でも記事になることも学びましたし、言葉にはすごく気をつけるようになりました」

 もう一つは、「イ・ボミが所属先の御曹司と結婚する」という憶測報道だった。昨年12月に俳優のイ・ワン氏と結婚したが、「当時はどこに行ってもそのことを聞かれたので、精神的にしんどかったです」と振り返る。

ファンから愛される秘訣は「正直でいること」

 そうした経験が続けば、選手はメディアとの距離感に神経を使う。自ら遠ざけることはいくらでもできたはずだったが、「メディアの前では正直にいよう」と心掛けたという。

「いいプレーができたときは、言葉があふれ出ますが、成績が悪いときにどう表現すべきか、余計に考えてしまうので話すのが嫌になった……。それを察した記者さんは、私に気を使ってくれました。それでも自分の気持ちを正直に語れば、メディアとも心を通わせることができると信じていました。あとは、ファンの立場になってみるんです。自分の言葉で表現すれば、ファンの心に響きます。例えば、優勝インタビューで『今は頭が真っ白で…』という言葉でも、それは正直な気持ち。素直に話すことがファンから愛される秘訣なのかなと思います」

韓国人選手ながら優勝インタビューはいつも日本語だった。「ファンに気持ちが伝わるように」と日本語の勉強も熱心だった(写真:日刊スポーツ/アフロ)
韓国人選手ながら優勝インタビューはいつも日本語だった。「ファンに気持ちが伝わるように」と日本語の勉強も熱心だった(写真:日刊スポーツ/アフロ)

 イ・ボミがいかにメディアとの関係を大切にしてきたのか、次の言葉からもよく分かる。

「選手はメディアの助けがないと“スーパースター”になれません。露出が少なければファンにも応援してもらえない。選手とメディアは共存する立場だと思います。だからこそ、選手はもっとメディア対応をうまくやれればいいですよね」

 そう考えると彼女は、メディアをうまく“利用した”選手の一人だろう。それこそ、人と人とのつながりを大事にしてきたイ・ボミが、常に世間の目にさらされている人気選手に伝えたいことなのかもしれない。

「このまま終わりたくない」と感じた1年

 現在のイ・ボミのゴルフは、絶頂期の勢いはないが、少しずつ復調している。

「2018年からのスランプが今も続いている状態です。完璧にプレーできることは多くありません。でも明るい未来が見えています」

 今年は5月から一時帰国していた韓国でツアーに参戦。日本ツアーは3試合の出場にとどまったが、すべて予選通過(TOTOジャパンクラシックは予選落ちなし)。11月の伊藤園レディスでは、久しぶりに優勝争いも演じ、3位タイに食い込んだ。

「終わってみればとても早い1年でした。ただ、ファンの方と会えなかったことはとても残念です」

今は調子を取り戻しつつあり、今季は伊藤園レディスで3位タイに入った(写真:アフロ)
今は調子を取り戻しつつあり、今季は伊藤園レディスで3位タイに入った(写真:アフロ)

 2011年の来日から10年間で、日本ツアー通算21勝。輝かしい実績にはいつもファンの声援があった。それに加えて「右も左も分からない自分を支えてくれた所属先(延田グループ)の存在も大きい」という。

 8月に亡くなった延田久弐生氏(享年76)は「日本の父」というほど、試合に集中できる環境を整えてくれた恩人。

「韓国にいるときに訃報の知らせを聞いて、本当に驚きました。私のいいときも、悪いときも見ていた人なので、最後は所属先の試合(NOBUTA GROUP マスターズGCレディース)で優勝した姿を見せたかったです」

妊娠中の横峯さくらを見て「ハッと気づいた」

 イ・ボミは優勝から遠ざかっていることを悔やんでいる。今も“スランプ”の状態と感じているのは、思うような結果が出ないからだ。それでも「このまま終わりたくない」と強く感じた1年だったという。

「結婚もして今は32歳。もうピークは過ぎたと思っています。30代になった上田桃子さんや有村智恵さん、40代の大山志保さんもゴルフをとても楽しんでいます。選手としてのプライドを持って戦う姿がすごくカッコよく見えたんです」

 そして、横峯さくらが妊娠しながらプレーする姿を見て「ハッと気づいた」ことがあったようだ。

「横峯さんを見たとき、自分にも子どもが欲しいという感情になるかなと思ったのですが、しっくりこなかった。自分はまだやれる、もう一回努力しなければいけないと思ったんです。第2の人生を考えるにはまだ早い。その感情には少し自分でも驚きました」

強さや優勝を求めるよりも、「記憶に残るゴルファーになりたい」と語るイ・ボミ(写真・島田幸治)
強さや優勝を求めるよりも、「記憶に残るゴルファーになりたい」と語るイ・ボミ(写真・島田幸治)

「かわいいだけの選手になりたくない」

 公私ともに順調で、今も多くのスポンサーが付くイ・ボミは、ハングリーな気持ちを失いつつあると思っていたが、「まだやり残したことがある」と言い切った。

「このままでは後悔が残ります。今の自分にはそこまでの期待はしていませんが、選手としてもう一度がんばらないといけない。来年は33歳としてのゴルフをしっかりやり遂げたいです」

 そして「自分が言うのも……」と前置きして、こう続けた。

「かわいいとか、よく笑うとか、そうしたイメージだけの選手にはなりたくないんです。イ・ボミは『こんなすごいプレーをする選手だった』と、記憶に残るプロゴルファーになりたい。それがカッコよくないですか?」

 最後にそう言って笑った。

(画像制作:Yahoo!ニュース)
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【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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