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千葉・尹晶煥監督の「3部練習」は本当に“鬼”なのか。鳥栖時代の通訳が語る韓国人指揮官の“人間性”とは

金明昱スポーツライター
サガン鳥栖時代に約5年半、尹晶煥監督の通訳を務めた金正訓氏(写真提供・金氏)

 ジェフユナイテッド市原・千葉は昨年、J2でチーム最低成績の17位でシーズンを終えた。

 今季はチームの立て直しを図るため、指揮官に韓国人の尹晶煥(ユン・ジョンファン)監督を迎え、すでに練習をスタートさせている。

 新シーズンが始まる前に尹監督の指導法で必ず話題になるのが「3部練習」という単語だ。

 尹監督はかつてセレッソ大阪時代やサガン鳥栖時代にも、選手の意識改革のため、厳しい練習を課していたことも有名だが、確かに強いチームへと変貌を遂げた。

 6日の新体制発表会見でも尹監督は、自身のビジョンを明確に語っていた。

「ジェフでも、まずは生活のリズムを変えたい。サッカー選手であれば、プロの選手であれば、自分の生活リズムを考えなければならない。それは1週間や2週間で変わるわけではないですが、やり続けることで意識は変わってきます。3部練習も実施することにしましたが、サッカーのことだけを考えるという目的を持って取り組みます。選手のプロ意識を変えることによって、生活リズムをしっかり作ることになる。私は、鳥栖でもセレッソでも選手の変わる姿を見てきました」

 セレッソ大阪やサガン鳥栖時代にやってきたことを実戦すれば、千葉も必ず強くなるという確信が尹監督にはある。

 尹監督はなぜチームを戦う集団へと変えることができるのか。その人物像や人間性、「3部練習」の中身についてよく知る人物に話を聞くことができた。

「アメとムチの使い分けがうまい」

 サガン鳥栖で通算11年を過ごした在日コリアンの金正訓(キム・チョンフン)氏はコーチ、通訳、強化部を務め昨季限りでチームを離れた。

 金氏は尹監督が鳥栖に在籍していた2010年から14年までの約5年半、通訳を務めた。

「3~4年経つ頃には監督が何を言わんとしているのかは、もうだいたいわかるようになっていました」というくらい濃密な時間を過ごした。もちろん、尹監督も金氏を右腕として信頼していたという。

 まず聞いたのは尹監督の人物像だ。

「ものすごく規律を重んじる人です。それでいて、アメとムチの使い方がとてもうまいと思います。とにかくサッカーに対してはとても厳しい人なので、もちろん一年を戦う中で、選手やスタッフは不満を持つこともあります。ただ、気持ちの中では『この人のためにもっと頑張らないといけない』と思うんですよ。どうにかサポートしてあげたいと思わせる能力があるというか(笑)。一言で“人間力”です。それがアメとムチの使い分けでもあると思います」

「いつでも周りをよく見ろ」

 さらに金氏は尹氏から言われたある言葉が忘れられないという。

「尹監督は現役時代からとても視野が広い選手(元韓国代表MF)でした。周囲をよく見ているわけです。私が鳥栖の選手時代、尹さんも同じチームにいて、遠征に行ったときの話です。朝、散歩しているときに下を向きながらずっと歩いていたんです。そしたら尹さんは『いつもどんなときでも顔を上げて、散歩するときでも周りを見なさい』って言うんです。どこで何が起こっているのか、そういうクセを普段からつけておかないといけないし、それがサッカーにつながるんだって。それは今でも忘れないですね」

サガン鳥栖時代に尹晶煥監督の通訳を務めた金正訓氏(筆者撮影)
サガン鳥栖時代に尹晶煥監督の通訳を務めた金正訓氏(筆者撮影)

 それこそ尹監督が選手一人一人をよく見ていることがよくわかるエピソードだ。

「周囲をよく見るとか観察するとかって、サッカーだけでなくても、どんな仕事をしていてもそうだなと感じます」

一度すべてをひっくり返す

 そんな人間観察をよくしているという尹監督だが、セレッソ大阪もサガン鳥栖を強いチームへと押し上げることができたのは、やはり“日本人”選手の特性をよく知っているからなのではないだろうか。

 金氏も「間違いなく日本人選手の特性をよく知っています」と断言する。

「尹監督はまずはクラブの体質を変えることに重きを置きますね。いつもそれを“プロ意識”と言うんですけれども、一度すべてをひっくり返します。日本人選手は真面目で勤勉なので、基本に忠実に取り組みます。それに元々は実力のある選手たちなので、うまい人が一生懸命に努力したらもちろん強くなります。それを尹監督はよく知っているんです。徹底的に厳しくすれば、うまい選手はもっと上達する。そして勝てる。でもそれは当然のことなのですが、実際に厳しい練習をやらせて、継続させるのは難しいですよね。それができるのは尹監督の強みです。そこは間違いないと思います」

 一つの方向性を明確に示し、なぜそれをやる必要があるのかを解くことで、日本人選手は伸びるということだろう。

 尹監督の指導が間違いなく日本人選手に向いているという見方は正しいのかもしれない。

3部練習は「生活を正すためのもの」

 最後に聞いたのが「3部練習」の中身についてだ。朝の6時から夕方まで続けられる練習内容に、かなりしんどいのではないかと見られがちだ。

「3部練習の場合は、早朝6時くらいから始めますが、そこまで激しい練習をするわけではないんです。縄跳び、筋トレ、体幹トレーニング、ジョギングしたりもします。それを30~40分やったあと、1時間半~2時間後ぐらいの午前中9時30分くらいから練習を開始します。内容はフィジカル練習をこなして、午後はボール使って動きまわりますが、ここではかなりきついトレーニングをします。とにかく、3部練習って聞くと、3回練習するからきついイメージがありますが、朝はそこまでハードではないんです。これはあくまでも規律や生活を正すためのものなんです」

 つまり朝早くから練習が始まるので、夜は早くに就寝する必要がある。生活リズムを変えなければ、ハードな練習を最後までこなすことができなくなる。

 サッカー中心の生活にマインドを変えるためには「3部練習」が必要不可欠だということだ。

 実際、尹監督は新体制発表会見で「選手と話すと、夜遅くまでスマホのゲームをすると言います。節制すること、生活リズムを変えることを教えないといけない。選手たちの意識は必ず変わる。意識が変われば、すべてが変わると、私は思っています」と語っている。

 元通訳の金氏が詳しく教えてくれた尹監督の素顔と人間性――。

 そんな彼の指導が今季の千葉にどのような変化をもたらすのか。今からとても楽しみだ。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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