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渋野日向子フィーバーから考えるハイタッチのリスク。人気絶頂時のイ・ボミの場合はどうだったのか

金明昱スポーツライター
今週開催のNEC軽井沢72ゴルフトーナメントに出場する渋野日向子(写真:Motoo Naka/アフロ)

 いま、国内女子ゴルフツアーは“渋野日向子”一色だ。

 渋野が出場するトーナメントは、例年の2倍ほどチケットが売れ、会場には多くのギャラリーが押し寄せる。

 取材するメディアの数も一気に増え、当分は渋野フィーバーが続くと見られている。

 周囲が一気に過熱する一方で、全英女子オープンで“名物”にもなったギャラリーとのハイタッチは子ども限定になってしまった。

 いいプレーを称えるギャラリーと笑顔でハイタッチする姿はとてもすがすがしく、見ている側にとってはとても微笑ましいが「ケガのリスクを伴う」ということで、ハイタッチを自粛せざるを得なくなった。

 確かに人気選手には、こうした悩みがつきまとうのかもしれない。

 これと似たような状況があったことを思い出すのは、2015、16年にイ・ボミが2年連続賞金女王を獲得したときだ。

 イ・ボミの人気は今も続いているが、当時のフィーバーぶりをゴルフファンなら覚えている人も多いに違いない。

 ファンサービスがとても丁寧で、ギャラリーの長蛇の列に嫌な顔ひとつせず、丁寧にサインする姿は今まで何度も見てきた。賞金女王を獲得する前年には、ファンとハイタッチをするシーンもこの目で見ている。

 ただ、徐々にそうしたファンサービスに対する状況が変わり始めたのは、2015年の夏ごろだったと記憶している。

先週の試合でイ・ボミのサインは途中で中止に

 イ・ボミの専属トレーナーで鍼灸師の資格を持つ渡邊吾児也(わたなべ・あるや)氏が当時を振り返る。

「賞金女王を初めて獲った2015年の初めは、まだそこまで多くのギャラリーがついてくることはありませんでした。ですが、その年に初優勝したあと、6月にとんねるずさんの番組(「とんねるずのスポーツ王は俺だ!!」)に出演して、認知度が一気に高まりました。その後、優勝を重ねたことでギャラリーやメディアの注目度が一気に高まりましたね」

 渋野のように一つの試合で注目されたわけではなく、イ・ボミは優勝を重ねるたびに認知度を上げていった。

 そんな彼女を一目みようと一気にギャラリーが増えたことで、ケガをするリスクも同時に高まったという。

 ギャラリーの動きを大会運営側がコントロールできる状態ではなくなり、渡邊氏とマネージャーがイ・ボミの側についてスムーズなプレーの進行に気を配ることになった。

 そもそも、イ・ボミのファンサービスは徹底していた。

 来日当初はファンクラブの人と食事にいったり、300人の長蛇の列に並ぶ人にすべてサインをしたという話もあるほど。だが、今はそうした行為は少しずつ自粛せざるを得なくなってしまった。

「2015年のシーズン後半からは、ハイタッチは基本的に子どもだけにしようということになりました。選手はスコアカードを書きながら歩くこともあるので、その時に手が顔や胸のあたりに出てきて、危険な状況になったこともありました」

 また、先週行われた「北海道meijiカップ」では、サインを途中でストップしなければならなかったという。

「初日が終わったあと、ボミ選手が並んでいる人たちにサインをしていたのですが、人が押し寄せてから、大会運営サイドから危険と判断され、途中でやめるように声をかけられました」

 選手に気持ちがあっても、満足いくファンサービスが行き届かない現状がある。

「上げた腕を後ろに持っていかれると脱臼も」

 渋野のハイタッチの件で気になったのは、プロのトレーナーの視点だ。リスクは一体どこにあるのか。

「中日ドラゴンズの松坂大輔選手がファンサービス中のハイタッチで腕を引っ張られて右肩を痛めましたよね。ハイタッチで上がった腕のポジションから、後ろに手を持っていかれると肩を脱臼しやすくなります。もちろんギャラリーの中に選手の手を引っ張る人はいないと思いますが、トレーナーの立場からすれば、そうしたリスクも想定しておかないといけません」

 ギャラリーのマナーが良ければ、選手側に迷惑がかかることはないが、ホールからホールの間で歩く選手を慌てて追い、途中で転んでしまう人がいたり、今もスマホでこっそりと選手の写真を撮る人もいる。

 過度なマナー違反で選手に迷惑がかかったり、ケガしたあとでは遅い。

 選手の安全を優先するならば、ファンサービスを自粛することが今は正しい判断なのかもしれない。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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