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こんなに違う日韓ゴルフ事情! 制度変更で“狭き門”でも韓国女子プロゴルファーが日本を目指す理由

金明昱スポーツライター
韓国ツアーで開催されたネット上でのファンとの交流。アン・シネが登場(筆者撮影)

 なぜ韓国人の女子プロゴルファーは日本ツアーを目指すのか――。関係者からよく聞かれる質問だ。

 その答えを探るため、これまで韓国の女子プロゴルファーに聞いてきた。

 そこからはいくつかの共通点が見えてくるのだが、その前に、現在の日本女子ゴルフツアーに参戦するための条件を整理しておきたい。

 現在、日本女子ゴルフのレギュラーツアーでプレーする韓国人選手は15人ほどいる。

 がぜん人気を集めるイ・ボミやキム・ハヌルのほか、賞金ランキング1位(7月8日時点)の申ジエや4度も賞金女王のタイトルを獲得しているアン・ソンジュのほか、さらに今季からは新たにペ・ソンウ(昨年韓国ツアー賞金ランキング2位)が日本ツアーに参戦している。

 日本ツアーに韓国人選手が多いのは、日本のQT(予選会)を突破し、なおかつコンスタントに賞金シードを確保しているからでもある。実力で勝ち取ったポジションだ。

 しかし、今年から日本女子プロゴルフ協会(LPGA)は規定を変えた。QT(予選会)を受験するには、プロテストに合格している正会員か、ツアーで優勝してLPGAの会員資格を得た者に限られることになったのだ。賞金ランキング50位以内に入っても会員資格が得られる。

 これまでは非会員でもQT受験が可能で、ファイナルQTで上位40位前後に入ればレギュラーツアー出場が可能だったが、その道が閉ざされてしまった。

昨年のファイナルQTを通過できず、今季は日本のプロテストに挑戦するというユ・ヒョンジュ(筆者撮影)
昨年のファイナルQTを通過できず、今季は日本のプロテストに挑戦するというユ・ヒョンジュ(筆者撮影)

「環境の良さは抜群にいい」

 それでもだ。“第2のセクシークイーン”と呼ばれるユ・ヒョンジュは、昨年の日本のQTを受験してファイナルまで進んだ。

 59位で今季日本ツアーの出場権を逃したのだが、そのあとこう語っていた。

「日本のプロテストを受験して、正会員資格を得たあとにQT(11~12月)から日本の出場権を狙います」

 なぜそれほどまでに日本進出にこだわるのか。

「日本は試合をする環境が抜群にいいと聞きました。プレーした韓国人選手の誰もがとても良いツアーだと。そう聞くと私も日本でプレーしたいって思いますよ」

 ユ・ヒョンジュが挙げたのは、日本の女子ゴルフにおける環境面の良さ。同じことを言う韓国人選手はかなり多い。

 2014年の海外メジャー「エビアン選手権」を含む米ツアーで3勝を挙げているキム・ヒョージュも、日本進出を熱望している一人だ。

 だが、日本の会員資格を持たないため、QTを受験できずにいる。

 今年6月の「ヨネックスレディス」に推薦で出場し、プレーオフで上田桃子に敗れて2位タイに。優勝すれば会員資格を得られたが、大きなチャンスを逃してしまった。

 彼女は16歳の時にアマチュアで出場した2012年「サントリーレディスオープン」で、当時日本ツアーの史上最年少優勝を果たしており、「その時のいい思い出が今も残っている」と語る。

韓国女子ツアーのパッティング練習場。韓国のゴルフ場は日本ほど、練習場が充実していない(筆者撮影)
韓国女子ツアーのパッティング練習場。韓国のゴルフ場は日本ほど、練習場が充実していない(筆者撮影)

「日本ツアーに参戦したい気持ちがすごくあります。サントリーレディースに出たときから日本がすごく良いと思いました。食べ物もおいしい。アメリカに比べて移動もスムーズで、ギャラリーも多いのもやりがいがあります」

練習環境は韓国よりも日本のほうがいい?

 賞金女王のタイトルを4度も獲得しているアン・ソンジュに話を聞いた時も、「日本の環境の良さ」を強調していた。

「韓国では練習環境があまりよくないので、練習量も必然と少なかったんです。日本のゴルフ場の中にはアプローチ練習場やバンカー、パターの練習場が充実しています。だから色んなショットやアプローチを試すことができるのはレベルの向上につながります」

 イ・ボミもこう語っていたことがある。

「日本の練習環境はとてもいいです。コースで練習できる環境をこんなに整えてくれるツアーは中々ないと思います。ゴルフがうまくならざるを得ない環境が広がっています」

 二人の言葉を裏返せば、韓国のゴルフ場は日本と比べると十分な練習環境が整っていない、ということになる。

 確かに日本で試合が行われるゴルフ場には、ショットが打てる「ドライビングレンジ」のほか、アプローチやパターの練習場もしっかりと確保されている。

 一方、韓国女子ツアーの取材に何度か行ったことがあるが、練習場が整備されているゴルフ場とそうでない所があった。

 去年、韓国女子ツアーのメジャー初戦「CreaS F&C 第40回 KLPGAチャンピオンシップ」の会場となったゴルフ場には、小さなパター練習場が一つあったくらい。

 そこに多くの選手が集まって練習する姿は、日本ツアーの光景に慣れている自分にとって、かなり窮屈に感じたのを記憶している。

2011年から日本ツアーに参戦しているイ・ボミも日本のゴルフの環境の良さについては、何度も語っている(筆者撮影)
2011年から日本ツアーに参戦しているイ・ボミも日本のゴルフの環境の良さについては、何度も語っている(筆者撮影)

「日本の宅配システムは世界一」

「もちろん韓国のゴルフ場にも日本のゴルフ場のような練習場が確保されている所もありますが、まだまだ少ないです」

 正直にそう語るのは今季から日本ツアーに参戦しているペ・ソンウ。

「韓国では試合前に提携している練習場に行くのが通例でした。日本だと練習ラウンドして、そのままゴルフ場で練習ができるので、感覚的には合宿に来ているような感じもあります(笑)」

 ペ・ソンウは韓国では、試合当日のスタート前、外の練習場でショットの確認をし、ゴルフ場に来てからレストランで朝食を取り、そのあとにスタートしていたという。今もその形を変えないのが、自身のルーティーンだそうだ。

 日本ツアーでは、ほとんど選手が試合前、会場でショットの感触を確かめてからそのままスタートする形が基本だ。

 余談だが、男子ツアーでプレーするベテラン韓国人選手のI・J・ジャンは「日本の宅配システムは世界一だよ。日本ツアーでゴルフバッグを送ったら時間通りに届くのは、プロゴルファーにとってとてもありがたいこと」と語っていた。

 試合会場にバッグが届くのが遅れると、練習もできないのだから、こうした宅配が整備されているのも日本のゴルフツアー環境の良さと言える。

今季から日本ツアーに参戦しているペ・ソンウ。昨年の韓国ツアー賞金ランキング2位の実力を誇る。今季も1年目から好成績を残している(筆者撮影)
今季から日本ツアーに参戦しているペ・ソンウ。昨年の韓国ツアー賞金ランキング2位の実力を誇る。今季も1年目から好成績を残している(筆者撮影)

日本はすべてが“選手ファースト”

 日本ツアーの魅力について、ギャラリーの多さやマナーの良さを挙げる選手も多い。

 “セクシークイーン”の異名をとるアン・シネは、「ギャラリーのマナーがとてもいい。写真を撮る人がいないですし、撮る人がいたらそれを周りが注意する。その光景を見て驚いたほどです。選手にとってはプレーに集中できるので、とても気持ちがいいですよ」と語っていた。

 選手はその日の試合が終わったあと、クラブハウスの前でファンサービスに応じる。それは日本でも同様なのだが、“サービス”の度合いの違いに驚いたものだった。

 日本ではクラブハウス前で、選手とファンをフェンスで隔て、きれいに整列させたうえでサインをさせるのが通例。

 だが、韓国ツアーの現場では、そうした仕切りや決まりごとはなかった。選手がホールアウトしたあと、ギャラリーは自由にサインやスマホでの2ショット写真の撮影をお願いすることが可能。それに対して選手も100%の笑顔とサービスで応じていた。

 選手が試合で疲れていたり、スコアの良し悪しもお構いなしに、ファンが写真撮影を求めるのは日本と韓国のゴルフ文化の違いで、かなり驚いたものだった。

 ただ、そういう光景を見ると、日本人選手よりも韓国人選手のほうがファンサービスが徹底しているのがよく分かった。

 一方で、ある韓国人選手は「ファンサービスが悪ければ、あとでSNSで何を書かれるのか分からない」とも言っていたが、プロとして基本的にファンを楽しませる姿勢が韓国人選手には身についていると思う。

 いずれにしても日本ツアーは“選手ファースト”で大会が作られており、居心地の良さは、実際に来てみてわかる部分が多いのかもしれない。

 だから韓国人選手は日本ツアーを目指すのだろう。

韓国女子ツアーのスタートホール。初日のためギャラリーもまばらだったが、全体的に日本よりも盛り上がりに欠ける感は否めなかった(筆者撮影)
韓国女子ツアーのスタートホール。初日のためギャラリーもまばらだったが、全体的に日本よりも盛り上がりに欠ける感は否めなかった(筆者撮影)

最近は日本よりも米国を目指す傾向に

 ここで、「韓国よりも日本の賞金額が高いからでは?」という人もいると思う。確かに日本ツアーのほうが試合数も多く、賞金総額は高い。

 だが、近年の韓国女子ツアーは日本と同様に男子よりも人気があり、試合数と賞金額は増加傾向にある。今シーズンは29試合開催され、賞金総額は約22億6000万円。前年よりも1試合増え、約2億円も増加している。

 そのため、あえて日本に来なくても稼げる選手は一定数存在する。

 さらにスポーツ・芸能サイト「イーデイリー」ゴルフ担当のチュ・ヨンロ記者は「韓国で実力のある選手は米ツアーに向かう傾向が強い」と話す。

 最近では日本を目指すよりも、「米ツアーでトッププロになりたい」という若手が増えていると聞く。

 ちなみに、現在の女子の世界ランキング(7月8日時点)を見ると、韓国女子選手が上位を席巻している。1位にパク・ソンヒョン、2位にコ・ジンヨン、5位にパク・インビ、9位にイ・ジョンウン、11位にユ・ソヨン、12位にキム・セヨンの名前が確認できる。

 これだけ活躍する韓国人選手がいるのだから、米ツアー進出は必然と一つの目標になるのだろう。

次世代クイーンと呼ばれるユ・ヒョンジュは、ウェア契約を結ぶマスターバニーエディションの広告塔に起用されていた(筆者撮影)
次世代クイーンと呼ばれるユ・ヒョンジュは、ウェア契約を結ぶマスターバニーエディションの広告塔に起用されていた(筆者撮影)

「韓国人選手は燃え尽きるのも早い。だから日本で楽しく」

 最後に申ジエが教えてくれた話を一つ。

 2009年米ツアー賞金女王の申ジエがアメリカを離れ、日本を選んだ理由の一つに「プロゴルファーとして長くプレーしたい」という目的があった。

 その最たる場所が日本ツアーだったわけだ。それはなぜなのか。

「日本では年齢を重ねても、楽しく長くプレーできる環境があります。韓国は幼いころから過酷な練習をする選手が多く、短期間で一気に上達して結果は残せます。それに韓国ツアーは、米ツアー以上に競争が激しい。ただ、燃え尽きてしまうと引退も早いんです。30歳を超えてプレーする選手はほとんどいません。だから私はプロゴルファーとして、年齢を重ねても現役でプレーしている選手が多い日本を選択しました」

 日本には45歳の表純子や42歳の大山志保など、40歳を超えてもなおレギュラーツアーの第一線で活躍する選手は多い。

 申ジエもできるだけ長く、楽しく、息の長いプロゴルファーでありたいと願っている。

 韓国人選手が日本に来る目的は様々だが、できるだけ長く、現役のプロゴルファーとしてより良い環境で楽しくゴルフを続けていきたい――。

 そう思うからこそ、日本ツアーを選ぶ韓国人選手が多い。彼女たちの共通の認識だ。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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