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「舞いあがれ!」思いを伝え合うまでにこれだけ長い時間をかけた理由

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
「舞いあがれ!」より 写真提供:NHK

言葉で伝える〜いまの時代、改めて考えるべき大事なテーマ

「舞いあがれ!」第20週について、制作統括の熊野律時チーフプロデューサーは「大変お待たせしましたが、舞(福原遥)と貴司(赤楚衛二)が気持ちを伝え合うということに5日間、かけました」と語る。「デラシネで過ごす様子を見てもふたりの関係はすっかり近づいているにもかかわらず、何がふたりをこれ以上先に進むことを躊躇させているのか……。その謎を5日間かけて紐といていくうえで、桑原さんによる短歌が大きな意味をもちました」と言うように第95回では、貴司が舞に送った<君が行く 新たな道を 照らすよう 千億の星に 頼んでおいた>の短歌の秘密が解き明かされた。

――短歌の本家取り<君が行く道の長手を繰り畳ね焼き滅ぼさむ天の火もがも>(狭野茅上娘子)をになっていたという、短歌の知識を使った伏線が見事でした。

熊野「二重三重に意味を込めた短歌の奥深さを生かした脚本は、歌人でもある桑原亮子さんしか作ることのできない世界観ですよね。わずか31文字という短い言葉のなかに凝縮された想いがどういうふうに広がっていくか、ドラマに反映される脚本は圧巻です。『君が行く〜』の短歌が本歌取りだったと僕も送られてきた台本の原稿を読んではじめて知って驚きました」

――短歌にはじまり、第20週では舞がブログで職人について記そうとします。「言葉」というものについて「舞いあがれ!」ではどう考えていますか。

熊野「言葉にすることの大切さは、桑原さんが最初から言ってきたことで、ドラマの重要なテーマのひとつです。貴司の短歌に代表される、言葉への想い――どういう言葉を選んで、相手に伝えていくのかということは、まさにいまの時代、改めて考えるべき大事なテーマだと感じています。それが第20週では特に色濃く出ました。舞と貴司が思いを伝えあっていくことと同時に、舞は職場で働く職人さんたちの言葉を残そうとします。職人さんの世界は、黙々といいものを作っていくことが大事で、語るようなものではないという矜持によって、外にの世界の人にはわかりにくい部分があります。でもちゃんと外のひとにもわかってもらえるようにしていくことで、世の中が良い方向に行くのではないか。ほんとに思っていることを、ちゃんと当てはまる言葉で伝えていくってことがいろんな局面で大事なのではないか、ということを表現しました」

「舞いあがれ!」より 写真提供:NHK
「舞いあがれ!」より 写真提供:NHK

赤楚さんと川島さんの芝居のキャッチボール

――貴司がこんなにも想いを溜めていたことも驚きでした。

熊野「第7週で、貴司が自分の気持ちを言えずに会社を辞めて失踪して。その後、旅したことで前向きにたくましく変化したのかと思っていたら、実は、根っこの繊細な部分は変わってないところもあるんですね。未だに悩みや苦しみを抱え続けていて、リュー北條(川島潤哉)や史子(八木莉可子)に揺さぶられることで内面が引っ張り出されていきます。とりわけ、北條とのやりとりは第20週の見どころのひとつで、貴司が必死に抑えてきたものが北條によって引きずり出されじわじわ漏れ出る芝居は、赤楚さんと川島さんの芝居のキャッチボールによって完成度が上がりました。長年、想いを閉じ込めてきた貴司の表情は、赤楚さんがこの役を長く演じてきたからこその表現だと思います」

――リュー北條のキャラは最初、売りたいだけのいやな編集者かと思ったら、短歌の教養もあるし、ただのいやな人物ではなかったのですね。

熊野「彼も短歌を愛する編集者なんです。貴司に挑発的な言い方をするのはいまの貴司の短歌もすてきだけれど、もっといろんな面があるだろうと感じていて、それを引き出して花開かせたいという思いがある。ただ、それと同時にやっぱり売りたいという欲求もあって……。短歌の歌集は1000部くらいしか売れなくて、1万部なんていくことは滅多にないけれど、貴司の才能はもっと世に出るべきだと考えているから、どんなことをしても売ろうとしているだけなのですが、昼間からお酒を飲んでいたり、キャラとしてはうさんくさい(笑)。桑原さんは北條をおもしろがって書いてくれて、川島さんがさらに高めてくれました。川島さんは『おちょやん』では、ジョージ本田というクセの強い映画監督役で出演してくださって、今回もぴったりと思ってお願いしました」

「舞いあがれ!」より 写真提供:NHK
「舞いあがれ!」より 写真提供:NHK

――赤楚さんと福原さんの現場の様子はいかがでしたか。

熊野「現場でのおふたりは、お互いの穏やかなのんびりした波長が合っていると感じていたようです。現場での待ち時間に、ふざけあったりしていますが、お芝居になると息がぴったり。舞と貴司には恋愛感情を超えて、人生について真面目に話し合える分かち難い結びつきがあることを赤楚さんがちょっとした眼差しや佇まいのなかにじわじわ表現してくださり、それを受けとって福原さんの表情もじつに良いものになっていました」

連続テレビ小説「舞いあがれ!」

総合:月~土 午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00 ※土曜は1週間の振り返り

BSプレミアム・BS4K:月~金 7:30〜7:45

出演: 福原遥、横山裕、赤楚衛二、山下美月、長濱ねる、古舘寛治、鶴見辰吾、鈴木浩介、哀川翔/永作博美、高畑淳子

作:桑原亮子、嶋田うれ葉、佃良太

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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