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投票をためらう若者たちに寄り添う小栗旬や菅田将暉のまなざし

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
「VOICE PROJECT 投票はあなたの声」You Tube画像より

小栗旬さん、菅田将暉さん、二階堂ふみさん、ローラさん、渡辺謙さん、ONE OK ROCKのTakaさん(50音順)など14人の俳優やアーティストが、10月31日の衆院選挙を前に「投票に行こう」と自主的に呼びかける動画「VOICE PROJECT 投票はあなたの声」。これを見て、2016年に発信された「アベンジャーズ」の監督ジョス・ウェドンがアメリカ大統領選挙の前にYou Tubeで配信した「IMPORTANT」という動画を思い出したという声があります。こういった呼びかけ動画はほかにもいくつもありますが、「VOICE PROJECT 投票はあなたの声」は先行する呼びかけ動画とはどこか違います。それはーー14人の人たちの目線です。この手の呼びかけでは語り手が強いカメラ目線で「〜〜しよう」と語ることが多いものです。選挙の広報動画などはまさにそうです。ぐっとカメラを見て語りかけてきます。それが「投票はあなたの声」では最後の決めの呼びかけ以外は、自分の思っていることを言う時、たいてい出演者の目が右に左に上に下に揺らいでいるのです。とりわけ菅田将暉さんの伏し目がちな表情は印象的です。動画の30秒頃からの「そんなに少ないんだみたいなことに驚いたし」という時の視線に注目してみてください。小栗旬さんも1分57秒頃の「僕らの出来る第一歩は投票だよなと思っているから」と言う時、目を逸し気味です。

プロジェクトの発起人のひとりであり動画の監督を務めた関根光才さんはそれを「投票に行くことを迷う人たちに共感した視点」と言います。

発起人のもうひとりでプロデューサーの菅原直太さんは「演技をしてないってことですよね」と答えてくれました。「たとえば僕らがいまこうやって話していても、うーん……とか考えるときに目線を上にしたり下にしたりしますよね。動画の彼らの表情が今とまったく同じリアルな表情です。言うことがセリフとしてあらかじめ決まっていたら、多くの人に的確に伝わる話し方を考え抜いた上で語るでしょう。けれど今回の動画はそうではなく自分の内面に向いているんですよね」

菅原さんと関根さんはこれまで映画やCMなどの数々の映像を手掛けてきました。ふたりが一緒に仕事をした作品は映画「太陽の塔」(2018年)。この映画もたくさんの人達に行ったインタビューで構成されていました。今回、おふたりは団体や企業の広告ではない自主的なプロジェクトとして賛同してくれた人たちと自腹で製作費を出して作っています。若い世代の投票率が低いことを問題視した菅原さんと関根さんが投票を呼びかける動画を作るに当たり、関根さんがインタビューして印象的な言葉を選んで編集しました。あらかじめ企画書を渡し、だいたいの段取りは伝えた上で何を話すか当人たちに任せ、撮影当日にすり合わせて30分ほどカメラを回したそうです。

インタビューした関根さんは「企業の代弁である広告の映像と違って、誰かの代表ではない、その人そのものに語ってもらうことを意識しました」と言います。「多くの日本人は、目を見て話すことが得手ではありませんから目を見て強く語りかけると押し付けられている気持ちになるんじゃないかと思いました。世の中には、これまでそんなに政治にコミットして来なかったから自信がない、そんな自分が投票に行っていいのかな、わからない、一票が何かを動かすことがこわい……という人たちがいます。長い間、政治から目を背けてきたことが後ろめたい。ふだんそういうことについて話せない。それが日本人の大多数で、そんな人たちに、『投票に行こう』と強く投げかけても、またか……と拒否反応を起こすこともあるでしょう。必死に正しいことを言われても、自信をもって目線を決めて話されると本心なんだろうかと逆に不安になることがありますよね。だからこそ、ひとりひとり悩み考えながら語る人たちを身近に感じてもらえればと思います」

相手の目をあまりにも凝視することは憚られるとはいえ何か言うとき目線を下げると自信がないように見えてしまうこともあるものです。でも関根さんたちはそうは思わず、むしろ「とても良い」と思っています。

「考えながら話しているみなさんがとても人間らしく魅力的でした。コミュニケショーンとは各々が考えたり悩んだり苦しんだり楽しんだりしながらはじまっていくものですよね」

と関根さん。一方的な主張を早急に押し出すのではなく、各々が素直な感情を出しあいながらゆっくりと考えていくことの大切さを感じるお話です。

投票行ったほうがいいかな? どうかな? そんな感じでも良いのだと菅原さんも言います。

「動画を紹介してくれた情報番組をいくつか見たら、『選挙に行ってみたいけれど、今は未だ政治のことを勉強してないから、もっと勉強して、次の機会には行きます』と言う若い人たちがいました。勉強しなくてもいいから、今回、投票してみてどうだったか体験することが大事なことなので、Twitterでは投票の仕方の紹介をはじめとして投票に行くハードルを下げるような知識を毎日アップしています」と菅原さん。

発起人3人をはじめ何人かの協力者たちと毎日、メッセンジャーでやりとりしながら、Twitterに出す情報交換をしているそうです。「投票はあなたの声」の動画も最初はロングバージョンにだけ日本語と英語の字幕がついていましたが要望に応えてショートバージョンにも日本語字幕がつきました。

これまでの選挙に行こうと呼びかける動画はたいてい、いまの社会状況の問題をあげ、それを変えたいから投票に行こうというものです。「投票はあなたの声」は投票に行かない人が多いことを社会問題にしていて、皆さん、ほぼそれだけしか語っていません。それが今の日本そのものではないかと関根さんは言います。

「欧米人と日本人の相違がそこに表れていますよね。欧米では誰もが当たり前に自分の生活と政治が関わっていると考えて意見を言いますが、日本人は語ることをためらいます。いつか日本人の投票率があがって政治について語り合う人が増えたら、熱く語り合う動画もできるかもしれません」と関根さん。

この呼びかけはどこまでもあたたかく、やわらか。動画の背景のベージュは、グレーも候補にあったけれど冷たい印象を受けるかもと考えてベージュ系に。皆、発起人に賛同し、出演者同士が横のつながりで参加の輪を広げ、出演者もスタッフもノーギャラで、業界の慣習みたいなものにも縛られない、自由な感じのする動画です。

菅原直太さん  
菅原直太さん  

関根光才さん  おふたりの視線もやわらか
関根光才さん  おふたりの視線もやわらか

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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