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月9「イチケイのカラス」は、恋以外のキュンを発明したドラマ界のニューノーマル

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

「職権を発動します」にわくわく

月9「イチケイのカラス」(フジテレビ系 月曜よる9時〜)は竹野内豊が演じる変わり者のイケおじ裁判官・入間みちおの活躍を描くリーガルドラマ。入間の決め台詞は「職権を発動します」。重々しく発せられる職権とはどれほどの凄いものかと思うと、地道な「現場検証」である。その慎ましさが好ましく、回を増すごとにこのセリフ「職権を発動します」にわくわくするようになってきた。

5月10日放送の第6話は、岸田茂(バカリズム)という人物が起こした窃盗事件が、「職権発動による現場検証」によって思いもかけない巨大な社会派事件の発覚につながる。奇跡のバタフライ・エフェクトだった。

庶民目線と現場感覚

固定視聴者も付いて人気は高め安定の「イチケイ〜」の魅力はどこにあるか。直近の第6話の内容を例に考えてみよう。まず、有罪無罪をジャッジする裁判官・入間が徹底して庶民目線であること。容疑者・岸田はエリートたちが上から目線で自分を判じることに抵抗を感じ、どうせ東大出なんでしょと皮肉る。すると入間は中卒だと応えるのだ(高校中退で最終学歴が中学設定)。入間が全然いばってないところがいい。

次に、現場感覚。入間は「真実を持って被告人と向き合いたい」気持ちで事件に関することを自分の目と足で調べる。それが「現場検証」。岸田の事件以外のバックボーンまで詳しく調べて当人を驚かせる。

岸田が盗みに入った家は、元・国税庁の官僚だった志摩総一郎(羽場裕一)宅。そこから113万円を盗んだ容疑で裁判中の岸田は美学をもった犯罪者であり、モットーは「人は絶対に傷つけない」だった。彼の行為はどうやら113万円の窃盗だけではなさそう。被害者・志摩が、12年前、入間が弁護士だったときに担当した殺人事件と関わりあいのある人物である上、窃盗事件を調べていたらしき新聞記者が何者かに襲われ命を落とす。それらをひとつひとつつぶさに見ていくと社会派の大事件が浮き上ってくる。ひとつの事件ではなくいくつもの事件が複雑に絡み合っているところが面白み。

竹野内豊対バカリズム

頭がよく弁が立つ岸田は検事の追求を巧みに交わしていく。自分なりの理念に則って生きている人物は面倒くさいけれど、理屈で動いているので、取り付く島がある。入間はそこを突いていく。結果的に入間なりに徹底した理念で行動していることに岸田は共鳴する。

「イチケイのカラス」は有罪無罪をジャッジすることよりも、なぜ事件に至ったのか、その過程を明るみに出すことに重きを置いている。それによって、関わった人物が何に重きを置いているかわかる。入間みちおにとって裁判は、人間がどこまで信念を貫けるか、それを試す場なのではないか。その流れで見ると、入間対岸田には清々しいものがあった。

バカリズムがクールに切れ味鋭く演じるエキセントリックな容疑者と、どこまでも飄々とした竹野内豊演じる裁判官。まったく違うキャラのやりとりがやがて少しずつ近づいていくところは見応えがあった。岸田は入間が「正しい審理」という言葉を13回も言ったと指摘し、それが岸田の心を動かしたのである。

ちなみに、バカリズムは、竹野内豊の代表作「素敵な選TAXI」(2014年 フジテレビ系)の脚本を書いて、レギュラー出演もしていたので息ぴったりと感じた。

キャラの立った人たちのチームワーク

キャラクターの面白さも「イチケイのカラス」の魅力である。第6話では、検事の城島怜治(升毅)と井出伊織(山崎育三郎)に上から圧力がかかり捜査を禁じられる。だが、「法の番人」としての矜持でもって小芝居を打って入間たちに情報を漏らす場面は、リアリティーの点から見るとまさに小芝居なのだが、城島たちの憎めない人柄を表すいい話ではある。また、入間のファンたちが裁判を傍聴に来ては、法廷画のようなものを描き記すところも、裁判シーンにアクセントを付加している。リーガルものは人気ジャンルではあるが裁判のシチュエーションがワンパターンになるため工夫が必要で「イチケイ〜」は飽きさせない。

なんといっても見ていて心地よいのは、現場検証が役に立ったり、長年、気にかけていた事件のヒントに出会ったり……等々、コツコツやったことが報われること。ヒロイックに派手に何かが解決するのではなく、仲間たちと協力し合って行うものすごく地道な作業が実を結ぶことは庶民の側に寄り添っている。

恋愛ものじゃないのにキュンとなる瞬間

あともうひとつ、原作漫画で男性だったキャラクターを黒木華演じる女性裁判官に変更して、入間とのつかず離れず喧嘩するほど仲がいい的な感じに描きながら、恋愛寄りにはほとんどなっていないところも令和的である。恋愛ドラマは一部のキュンキュンするもの以外、昨今はあまり好まれない。「イチケイ」には恋愛のキュンはないが、入間が「職権を発動します」にはある種のキュンがある。それと、入間が大きな犬を散歩させている姿にも。小型犬でなく大きな犬の扱いがものすごく手慣れている様から滲む絶対的な安心感とそこはかとない色気。ふだんは心の読めない、食えない男に見える入間みちおだが、犬との関係からは誤魔化しようのない信頼感があふれる。「イチケイのカラス」は恋以外のキュンを発明したドラマ界のニューノーマルと言っていいかもしれない。長年トレンドを作り続けてきた月9ブランドは、人が何に惹きつけられるかよくわかっている。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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