草なぎ剛が演じる独裁者に惹かれてしまう理由 「アルトゥロ・ウイの興隆」

「アルトゥロ・ウイの興隆」より 撮影:細野晋司

「アルトゥロ・ウイの興隆」は今、見るべき物語

草なぎ剛の主演舞台「アルトゥロ・ウイの興隆」の上演も残りあと一週間。途中、インフルエンザにかかった関係者がいて2日間3公演が休演になってしまった。チケットがなかなか手に入らない人気公演であり(私も何度もチケット販売の抽選に外れた)、内容的にも少しでも多くの人が今、見るべき作品だっただけに惜しかったが、インフルエンザでは仕方ない。誰のせいでもない。

なぜ、今、見るべき作品だったか。それは、まさに“私たち”の物語だったからだ。

ネタバレにはなるべく気をつけていますが、これから見る方でまっさらな気持ちで見たい方は観劇後にお読みください。既に見た方、興味はあるが残念ながら見られなかった方向けに書きます。

ヒトラーの独裁をシカゴのギャングに置き換えた

舞台はシカゴ。不景気の世の中、ギャングのボス・アルトゥロ・ウイ(草なぎ剛)は八百屋業界に食い込もうとして港湾工事をめぐる汚職の情報を手に入れる。市議会長ドッグスバロー(古谷一行)を強請り、それを機に八百屋業界、さらには政治の世界に足を踏み入れていく。

公演の宣伝美術で主演の草なぎ剛が着用した衣裳の雰囲気でもうすうす感じる人は感じるだろう。この物語は、ヒトラーがナチスを率いて強大な独裁国家を作り上げ、ドイツのみならず隣国オーストリアまでその支配を拡大していく状況を、シカゴのギャングに置き換えて描いたもので、第2次世界大戦中に書いた当時は上演ができず、戦後ようやく上演された。それだけ当時の状況を鋭く批判していたということだろう。

音楽はジェームス・ブラウン

ヒトラーの支配が拡大していく物語を、シカゴのギャングが政治家として成り上がっていくサクセスストーリーに変えて、さらにそれをジェームス・ブラウンの楽曲に乗せた音楽劇として見せる。ロミオとジュリエットの時代と場所を置き換えたロック・ミュージカル『ウエスト・サイド物語』のようなものと言えば良いだろうか。

ギャングの抗争を大音量のファンク(音楽・演奏 オーサカ=モノレール)が盛り上げる。3人の妖艶なダンサー、赤を基調にした全体カラー、MCの煽りや明るい照明と激しいリズムに乗せられて叩く両手の律動とハートの高まりは、卵が先か鶏が先かではないが、手を叩くから高揚するのか高揚するから体が動き出すのかわからないが、とにかくテンションが上がる。

なんといっても主人公のウイを演じているのはスター草なぎ剛で、得意なダンスに軽快に身をくねらせる姿は観客の目を釘付けにする。とりわけしなやかな背筋力には目を見張った。

ウイはいわゆるダークヒーロー。金と地位と名声を手に入れるためには手段を選ばない。こういう悪漢を主人公にしたサスペンスは珍しくはなく、古今東西人気作も多くある。

草なぎ剛は歌で私たちを挑発する

裏社会に生きる男の役はドラマ「任侠ヘルパー」「銭の戦争」「嘘の戦争」などで経験しているとはいえ、基本的には「いい人」のイメージがある草なぎ剛がここまで悪人を演じるとは……これはこれで俳優として大きな挑戦としてまた興味深く見ることができる。それにファンキーでセクシャルで挑発的なジェームス・ブラウンを歌い踊るのはかなり新鮮だ。

とくに一幕までは、草なぎ剛が歌って踊って芝居して、その熱がすごいなーなんて思って見てしまう。一幕目の終わりの飛ばしっぷりにも拍手喝采であった。

ウイは最初、街のやんちゃな若者という感じなのだが、政治に関わるようになると、シェイクスピア俳優(文学座の名優・小林勝也が演じているところがリアル)を雇い、民衆に語りかける話し方を学ぶ。威厳のあるひげをつけ、身振り手振りも効果的なものを考えて、民衆に伝わる(いまでいう「刺さる」)話をするようになる。草なぎ剛は巧いことその口調の変化を演じてみせる。

思いがけないラストが待ち受ける

こうして、ウイの力は絶大になり独裁者化していく、その流れも、物語と思えば面白い。だがこれは、ギャングの成り上がりものではないのだ。事前に、ヒトラーの話だと置き換えてあるとお断りまでしてあるから、ネタバレどうこうではなくそこを踏まえて見ることが前提なのだと思う。何も知らずに見て、あとから驚いてもいいと思うが、どのみち、丁寧に、ヒトラーの躍進の歴史が字幕で出てくる。それでも観客参加型で、俳優たちが客席通路に出てきて盛り上げたりもするので、合わせて楽曲に手拍子して楽しんで見ているうちに、これはひとりの独裁者に思考を統治されてしまっている話だよねと思うと、次第に挙げた手の置きどころに困ってくる。アトラクション施設の刺激的な乗り物に乗せられているかのような私たちがやがてたどりつく先は……。今、エンタメ界では、思いがけない逆転ものが人気だが、この舞台も思いがけないラストが待っている。かなり背筋が凍る。

これこそメタフィクション

逆転ものと同時に、今、エンタメ界では、メタフィクションも好まれている。福田雄一監督が「勇者ヨシヒコと魔王の城」や「銀魂」などで行ったことですっかり一般化した手法だ。要するに、演じてますよー、これはお約束ですよーとあらかじめ表明して、全員了解のうえ見るもので、元は「アルトゥロ・ウイの興隆」の作者ブレヒトが異化効果(観客を物語に同化させない)として行ったものとされる。とても知性的な手法だったのだが、最近は一般化しすぎて本来の目的を見失い、むしろ異化効果すらメタフィクションキターーみたいに大衆を熱狂させ巨大な消費文化に取り込む装置になってしまっているようでおそろしい気持ちになる。

そんな危うい状況に歯止めをかけるような舞台。我々に刃を突きつけてくる、ぞくりとするようなラスト。

カーテンコールで別人のようににこやかにやさしげに客席の後方にまで目線を送って頭を提げる草なぎ剛に客席はスタンディグオベーションする。この奇妙な状況は私たちを混乱させる。大衆に愛されるスター草なぎ剛に、今、これを演じさせるとは、なんたる挑戦。スターである者だからこその説得力もあるし、演じ終えたときのじつに穏やかな微笑みと役とのギャップは観客の心に平静をもたらす役割もしているように思う。カリスマぽく存在しないといけない、でも普通さも必要で、観終わったあと、思考を促す余白も必要。そんな難しい役割を草なぎ剛はみごとにやりきった。

演出の白井晃が理性を捨てて本能全開になるJBの楽曲を選曲したセンスもさすがだ。

余談だが、草なぎ剛に「ジョーカー」みたいなものを演じてほしいなと感じた。エンターテナーになりたかった男が格差社会のなかで苦悩し犯罪というエンターテインメントに身を落としていかざるを得なくなる悲哀、ああいう役が似合いそうな気がしませんか。

撮影:細野晋司
撮影:細野晋司

アルトゥロ・ウイの興隆

作 ベルトルト・ブレヒト

演出 白井晃

出演 草なぎ剛

   松尾諭 渡部豪太 中山祐一朗 細見大輔 粟野史浩

   関秀人 有川マコト / 深沢敦 那須佐代子 春海四方

   小川ゲン 古木将也 小椋毅 チョウヨンホ 林浩太郎

   Ruu Nami Monroe FUMI

   神保悟志 小林勝也 / 古谷一行

全2幕 3時間5分(休憩15分)

2020年1月11日~2月2日

KAAT  神奈川芸術劇場