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SICK'S 恕・覇・厩(きゅう)のあとには10(じゅう)、11(じゅういち)と続ける宣言

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
「SICK'S 厩乃抄」より 写真提供:TBS

昨年誕生した配信動画サイトParaviの目玉コンテンツであるドラマ SPECサーガ完結篇「SICK'S 厩乃抄 ~内閣情報調査室特務事項専従係事件簿~」が11月8日0時拾伍話を配信。

内閣情報調査室特務事項専従係(トクム)に所属する御厨静琉(木村文乃)と高座宏世(松田翔太)が、人類の進化の過程で発現する特殊能力SPECをめぐる人類の戦いを阻止するべく立ち上がるドラマ。

映画化もされた人気刑事ドラマ「ケイゾク」(99年 TBS 中谷美紀主演)、同じく映画化された続編で、SF的な要素も組み込んだ「SPEC」シリーズ(2010年〜13年 TBS 戸田恵梨香主演)と合わせて「SPECサーガ」という壮大な物語が20年めにしてついに完結……と思っていたら……どうやら話は終ってない。

そんな雰囲気はすでに漂っていた。「これで最後」と言いながら終わらないという宣伝戦略は「SPECサーガ」に限ったことではないが、ずるずると続いている切れ味の悪さは否めない。前作との関連性を無理くり作っているような気もしないでない。

だからこそ、今回、シリーズの生みの親・TBSのプロデューサー植田博樹にインタビューして詳細を聞こうと試みたわけで、前編はコチラ

後編では 地上波のドラマとは違うやり方で配信ドラマを作る試行錯誤と、各シリーズの出演者はもう終わっていると思っていると自覚しながら(「SICK’S」には旧作の主人公らしき人物を後ろ姿や顔から下だけ映して存在を匂わせている)それでもなぜこのシリーズを「作り続けたいのか」本音を語ってもらった。

「だって、このシリーズがなくなったら俺も堤さんも一気に老け込んで死んじゃうよ(笑)」

――物語もいい感じになってきたにもかかわらず、15話で終わってないような……。完結篇って謳っていましたよね?

植田:完結篇です。「恕」、「覇」、「厩」でサーガが完結するとは言ってない。「恕」、「覇」、「厩」(きゅう)10(じゅう)、11(じゅういち)と進んでいく(笑)。いや、でも、終わってもいいようなラストにはしてありますよ。

――植田さんとしてはどっちにも転べるようには準備していたということですか。

植田:その後のシーン(「10」のファーストシーン)のシナリオは実は作ってあったんですよ。でも撮影のスケジュールも結構厳しかったので保留にしました。その撮影シーンは、結果的には巻いたので撮れなくもなかったのだけれど……。

――それで「また続けちゃおう」と思ったのですか。

植田:そう。続きのシーンを一応台本にも入れてあったけれど、堤(幸彦)監督と話して、続くかどうか正直分からないから、これで終わりというふうな感じで撮ることにしました。それで、その追加のシーンは撮らなかったんですよ。

――二人して絶対続けようっていう暗黙の…ですよね。

植田:いや、でも、やっぱり、会社の幹部の方々に「やっていいよ」と言われない限り、僕らが幾らやりたいって言っても、どうしようもないからね。

――「やってもいいよ」と言われたんですか。

植田:いや。だから僕らは「続けたいです」ともうずっと言ってますよ。「やらせてください」、「やらせてください」とお願いし続けています(笑)。

――結果的に「じゃあ続けましょう」となったのは、いつだったんですか。

植田:いや、まだ正式決定してないです。

――あんなに試写でも続きそうなことを言っていたのに? あれは作戦?

植田:作戦と言うか、アピール。Paraviの人が「もう、あそこまで言うんだったらやらせてやってもいいか」というふうな気持ちにちょっとでもなってくれればなっていう。

――ほんとにプロデューサーってすごい職業ですね。

植田:いや、でも、「俳優さんにそういうふうに言って」と言ってるわけじゃないから。皆さん、勝手にそういうふうに言ってくれているんですよ。

――素晴らしいチームワーク。

植田:だって、このシリーズがなくなったら俺も堤さんも一気に老け込んで死んじゃうよ(笑)。竜(雷太)さんもね。

ピンチョスは失敗。配信ペースも試行錯誤中。Paraviの会員数も知らない。

――何としてでも盛り上げていかないと。

植田:盛り上げてください、もう。お力を何とぞ。

――どうしたら盛り上がりますか? 

植田:「恕」はAmazonやHuluにも出してもらえたんですよ。中には叩く人たちもいますが、「覇」「厩」と進むごとに「恕」をはじめたときよりもじょじょに手応えが出てきているんです。

――その理由は。

植田:「恕」と「覇」で、連ドラでいうとワンクールの半分。つまり「厩」を入れてもワンクールもないんですよ。だから全部そろって一気に見てもらいたいなと思います。

――最初はあまりにもちびちびやり過ぎたんでしょうか。

植田:ピンチョス配信ね(一話を1分くらい短くカットしたものを連続配信するという斬新な試み。無料で見ることができるとはいえ、満足感がなく、ひじょうにストレスがたまると不評だった)。

――よかれと思ったんでしょうけどね、新しい試みという。

植田:本来、有料で「SPEC」の続編を見せることにはすごく抵抗があったんですよ。続きはお金を取って見せるというのが。

――他局でいろいろ言われているやつですね(地上波の連ドラの続きを有料配信するという形がとられたドラマが物議を醸している)。

植田:ほんとはそれでいいのか、みたいなのもちょっとあって、だから、ちょっとずつだけど、ただで見ることができますっていうふうにしたい気持ちはあってピンチョス配信をやったものの、あまりにもちょびっと過ぎたので……。

――今はもうやってないんですね。

植田:はい。この前、反省の弁も述べました。堤さんに「それは失敗だったということを公式に認めるということですね?」と言われちゃいました(笑)。

――素直に認めるときは認めたほうがいいですよね。

植田:はい。すいませんでした。今は、2週間で一話配信。そのペースがいいのか、配信の場合はまだちょっとよく分かんないですが。「SPEC」のクローズも前編と後編を一気に見るのが一番面白かったと思うし、「SICK‘S」も全話がそろったときに一気に見てもらったほうが面白いなと思うんですよ。

――見ている人たちはどういう層ですか。

植田:それが分からないんですよ。Paraviからデータがもらえないんです。会員数も知りません。

「サトリの恋」のピー音も不評だった

――手応えとしてツイッターとかSNSの反響などは。

植田:「SPEC」ファンの人は叩いていますね。でも、「面白いよ」って言ってくれる人もいるし、スピンオフの「サトリの恋」を見てくれた方々は、全体の構造が見えてきたと言ってくれる人もいます(「SPECサーガ」をつなぐヒントが盛り込まれた番外編)。

――それで後半、SPECの人たちが出てきたりして……。植田さんや堤監督の登場人物への愛情は感じるので、完全にご都合主義とは言えないですが。『サトリの恋』の冒頭についている、堤監督と植田さんに私がいろいろツッコむという体(てい)で質問するコーナーがあって、その会話がほぼP音になって何を言っているかまったくわからないという。それも大不評で(笑)。

植田:いやあ、もう、あれ、僕と堤さんだけですよ、大笑いしてるのは。編集したAP小山が、自分でも面白いと思って見ていたらネットで大不評だったので、すごく落ち込んでいて。

「植田と堤の作品に対する全知全能感みたいなものがイラつく」とか言う人がいて(笑)。おまえらが全部決めているのか、みたいな。でも、そうだよなと思ってね。あれだけピーピー、ピーピー言ってりゃねえ…。

――ピンチョスの次はピ~音……。あの役割を私がやることになったのは、あれだけ消されても私は何も言えないからだって思いましたよ(笑)。事務所にも入ってないし。

植田:いやいや、フリーランスであるとか、後ろ盾があるとかっていうことは、堤さんには関係ないですよ。あのコンセプトは、いい話のところを全部切る、バラエティーって酷だね、という現代の番組制作に対する批評になっているわけですよ。もう、今や、岡本太郎と堤幸彦は同格ですよ。爆発してるんだから(笑)。

――私は勲章だとは思っていますよ。そういう堤監督の作るものが好きで20年取材してきたんですから(笑)。

植田:でも、あれ、構造としてはライターが俺たち二人をやり込めているっていう構造でしょう。「圧倒的な後出し感」って言葉は、スタッフの間の金言になっていますから(笑)。

あれを言語化してしまったから、いろんな人が俺に言ってくる。「圧倒的な後出し感ですね」って。そのたびごとに、深く傷ついているんですよ(笑)。

ーーひどい。聞き手を悪者にしてるじゃないですか!(笑)

「SPEC」の登場人物が登場した拾四話  写真提供:TBS
「SPEC」の登場人物が登場した拾四話  写真提供:TBS

「それぞれの演者さんたちは、「いや、終わってるし」と思ってると思う」

――後付の天才だと思いますよ、植田さんは。よく考えつくなあと思います。『サトリ〜』のときにも「この話はどの世界線なんですか?」と聞きましたけど、あんなに「SPEC」で悲しくも美しい最後を書いたのに、「サトリ〜」も「SICK‘S」もまた世界は救われない方向に戻っているわけですよね。

植田:ifの世界。バタフライ・エフェクトです。

――当麻のやったことの意味がなくなる。それで「SPEC」ファンはちょっと悲しくなる。

植田:そうなんですよ。

――そうまでして続編をやりたいですかっていうことを伺いたい(笑)。

植田:だって、「北斗の拳」だってそうじゃない。「北斗の拳」も後から兄弟とか出てくるから。

――結局後出しということですか。

植田:違います。すべては、もう最初からできているんです。

――もうそこを何回突っ込んだところでもうどうしようもないんですが、一応お約束として聞かなくちゃという。

植田:そこまでしてやりたいか。やりたかったんですよ。すいません(笑)。

――何でやりたいんですかね。

植田:やっぱり他のドラマにはないところに行く感じがあるんですかね。「ケイゾク」のときもそうで、雪が降って、何の足跡もない真っ白なところに足跡をつけていく感じがこの世界にはあって。日本会議をおちょくることなんて普通のドラマだと無理じゃないですか。また、中国の方に日本の領土を買われちゃっている今、それを領土問題とは別に語らなくていいのかなとか。そういうのを描く場所みたいなものがどっかにあればいいなと思ったときに配信ドラマがあった。この前、山口雅俊さんと話して、山口さんはParaviで「新しい王様」というほんとうに大傑作をつくった(ほかに「闇金ウシジマくん」などを手掛ける名プロデューサー)。僕にとって「SICK‘S」は「新しい王様」みたいな場所なんですかね。

プロデューサーの仲間たちと、地上波でこういうドラマづくりの場って今TBSにあるかな、いや、なかなか難しいねと話をして。日テレからは「3年A組―今から皆さんは、人質ですー」や「あなたの番です」が生まれているけれど、TBSは高視聴率という意味でのヒット作は生まれているけれど、革命的なものが出にくくなっているのかなっていう気が個人的には、するんですよ。

――革新的な面白いことをやってほしいとは思うんです。面白いことがないと人は死んじゃいますからね。20年ぐらい続いているドラマはほかにTBSだと「渡る世間は鬼ばかり」ぐらいですよね。

植田:「渡鬼」と違って、こっちは20年続いているとは言っても、それぞれの演者さんたちは、「いや、終わってるし」と思ってると思う(笑)。

――戸田恵梨香さんは朝ドラの人になっちゃいましたね。最後に、「厩」の15話で朝倉の顔がモザイクになっていて、モザイク自体はもう珍しくないですが、モザイクの裏側からという映像は面白いと思ったんですよ。

植田:新しいね。あれこそ堤さんだね。僕は「モザイク外したほうがいいんじゃないですか」と意見して、ちょっと議論したんですよ。でも、監督は「いや、もう、分かる人が分かればいい」っていうか、概念だから、実体化しないほうがいいよって言って。それでモザイクが掛かったんです。ともあれ、皆さんの生きるエネルギーになるようなものを10(じゅう)では作ります(笑)。

――やっぱ「じゅう」あるんですか!

取材を終えて

プロデューサーという仕事は、頭がきれ口がうまい人のやる仕事である。植田博樹を見ていると思う。そして不屈であること。誰がなんと言おうと自分の世界を守る。そうやって20年、シリーズを守り続けてきたことは偉業だ。

「太陽にほえろ」は同じ署に新人刑事が次々入れ替わることでシリーズを続けていった。「SPEC」サーガは量子力学が登場して、パラレルワールド設定を取り入れたことで、世界を変えることができるという、今日的な願いを感じる。世界は変わる、それを証明するかのようにいつまでも世界をつくり続け、どこまで行くのか。最後の最後がほんとうにあるかわからないが、なるほどとなっとくする物語を見せてほしい。

また、中谷美紀、戸田恵梨香とシリーズに主演した俳優が輝いて飛び立っていくことも注目すべき点で、「SICK’S」の木村文乃は、今夏、同じく刑事ドラマの土曜ドラマ「サギデカ」(NHK)で魅力を発揮したが、「SICK’S」の経験があってこそと思える。木村文乃が最後のヒロインになるのか、SICK’Sが完結した後、また新たなヒロインが生まれることもあるのか。ひとまず「SICKS」(じゅう)を待つしかない。

PROFILE

うえだ・ひろき◯67年2月3日、兵庫県生まれ。京都大学法学部卒業後、TBS入社。ドラマ制作部のプロデューサーとして、数々のヒットドラマを手がける。代表作に『ケイゾク』『Beautiful Life』『GOOD LUCK!!』『SPEC』シリーズ、『ATARU』『安堂ロイド~A.I .knows LOVE?~』『家族狩り』『まっしろ』『ヤメゴク~ヤクザやめていただきます~』『神の舌を持つ男』『A LIFE~愛しき人~ 』『IQ246~華麗なる事件簿~』『アンナチュラル』など。

Paraviで配信中

15話は11月8日配信

SPECサーガ完結篇『SICK'S 厩乃抄 ~内閣情報調査室特務事項専従係事件簿~』

原案・西荻弓絵

プロデュース 植田博樹

監督 堤幸彦

出演 木村文乃 松田翔太 

   

   黒島結菜

   波岡一喜

   宅麻伸(友情出演)

   竜雷太ほか

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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