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本格ドラマ「いだてん」、第二部開始、一部と二部、ここが変わった。

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺」25話より。写真提供NHK

はじめてオリンピックに参加した日本人・金栗四三(中村勘九郎)とはじめてオリンピックを招致した日本人・田畑政治(阿部サダヲ)を主人公として明治・大正・昭和を俯瞰して描く大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜」は初回から賛否両論、何かと話題になっている。話題の中心はもっぱら視聴率が低いが内容は濃密でハマる人はものすごくハマるというもの。制作者側は「本格ドラマ」を目指すと語り、いよいよはじまったオリンピック招致を目指す第二部(昭和編)の初回となる25回は本格ドラマと言うにふさわしい堂々たる風格があった。7月7日(日)放送の26話はさらなる自信作らしい。その放送の前に25話を振り返り、演出家井上剛のコメントも掲載する。

あらすじ 25回「時代は変る」(演出:井上 剛)

第二部、オリンピックを東京に呼んだ男・田畑政治(阿部サダヲ)編のはじまり。時代は昭和へーー。

朝日新聞社の政治部に入社した田畑は幼少から水泳好きだったが体が弱く選手の道を諦めた過去をもつ。そのため日本の陸上贔屓に不満を感じ、嘉納治五郎(役所広司)や金栗四三(中村勘九郎)を面と向かって批判する。水連(水泳競技連盟)を作り日本の水泳発展のために尽力、帝大の船舶実験用の水槽を練習用プール(温水式)に変え、高額な資金を高橋是清(萩原健一)から調達してくるなど大活躍する。

今度の主人公は阿部サダヲ演じる田畑政治

朝日新聞社政治部長・緒方竹虎(リリー・フランキー)、社長・村山龍平(山路和弘)、記者・河野一郎(桐谷健太)、バー・ローズのママ・マリー(薬師丸ひろ子)、高橋是清(萩原健一)、水泳選手・高石勝男(斎藤工)、野田一雄(三浦貴大)、帝大水泳部コーチ・松澤一鶴(皆川猿時)、政界の黒幕・三浦梧楼(小林勝也)……と新たな登場人物が続々と登場し、彼らの勢いが時代をぐぐっと押し流していく。庶民の暮らしを描く朝ドラみたいな大河ドラマとも言われていた「いだてん」が「ハゲタカ」「外事警察」「ロング・グッドバイ」など名作を生んだ骨太社会派ドラマの多い枠「土曜ドラマ」みたいになってきた。高橋是清役の萩原健一や三浦梧楼役の小林勝也の渋み!

まずは大正13年、日本橋で金栗と田畑がすれちがう。金栗はパリ・オリンピックに出ることになってトレーニング中、田畑は朝日新聞社の入社試験を受けるところだった。こうして、一部と二部のバトンタッチが軽やかに行われた形になる。余談ではあるが、この放送の日、9時から「入れ替わってる〜」でお馴染みのアニメーション映画「君の名は。」が他局で放送されていた。

バトンを受けた阿部サダヲ(田畑役)は、「台風のようだった」「頭に口が追いついてない」「口が韋駄天だ」と言われるようにわーっと語り、誰彼かまわずときにはかなり失礼な物言いまでする。「よいしょよいしょよいしょ」と昇龍拳みたいに右腕をあげてくるりくるりとジャンプし、孝蔵(森山未來)の落語(火焔太鼓)の邪魔をする。言葉も行為も芸もすべてを無意味にしてその熱だけを強烈な残像にし、なんだかわからないまま見る者を巻き込んで、物語が新たなフェーズに入ったことを見事に示してみせた。

日本橋のすれ違いは第一部でもあった。金栗がのちの志ん生(ビートたけし)こと美濃部孝蔵(森山未來)とすれ違い、その瞬間、花火があがってそれはそれは素敵な場面であった(第六回「お江戸日本橋」)。孝蔵こと志ん生は明治、大正、昭和を駆け抜けていくバトンのように一本の物語につなぐ役割、いわゆる“語り部”。物語から距離をとって客観的に見て語る“狂言回し”とも言う。志ん生・孝蔵が淡々と状況を語り続けることで、主人公の金栗や田畑が思いきり馬鹿をやれる。彼らがどれだけ暴れまわってかき回しても、志ん生・孝蔵が一本の話に整えてくれているのだ。

明快で迅速なストーリーになっていて楽しい

時代が飛んだり、スポーツと落語が混ざったりしてわかりにくいと言う人もいるけれど、仕組みを知ればこんなにわかりやすいドラマもない。

二部ではますますわかりやすくなっている。顕著な部分は、田畑が緒方に紹介されて通うようになったバー・ローズでの出来事だ。折しも改元間近。大正に代わる元号は何か新聞社は各局スクープを狙っているとき、日日新聞の残したメモの痕跡から「光文」の文字を発見した田畑。逸る彼をママ(薬師丸ひろ子)がトランプ占いをするとジョーカーが出る。ここでママが田畑をさりげなく話題を変えて(30歳で死ぬと占う)足止めしなかったら朝日新聞は誤報を出すところだったかもしれない。

ジョーカー自体は決して不吉なカードではない。タロットカードの「死神」(停止の意味)とは違う。トランプでは主に「切り札」として存在する。トランプの1〜キング(13)までの数字の序列に無関係で、ゲームによって役割が代わる唯一の自由な存在だ。田畑も金栗も「いだてん」におけるジョーカーであり、これまでの世の中の価値をひらりひらりとかわしていく愉快な存在であることがこの場面に集約されているように思う。入社試験で編集局長が「君はなんなの?」と問うと田畑は「なんなんでしょうね」と自分の道が定まってない。水泳選手になれずまだ何者にもなれていなかった田畑がやがて日本のスポーツ界のジョーカーになっていく物語と思ったら、とってもわかりやすいではないか。

田畑は、「口が韋駄天」と嘉納治五郎に言われるようにものすごい勢いで、口八丁手八丁で状況を変えていく。金栗は地道にコツコツだったが、田畑は速いので気持ちいい。彼もまた痛快男子。

もっとも、何者でもないといっても帝大卒、朝日新聞社政治部だから超エリートだ。要するにノブレスオブリージュ(身分の高い人はそれに見合ったことをする)を地でいった人として「いだてん」では描かれていくのではないか。この時代、昭和になっても「震災復興は進んでも私ら庶民の暮らしはいっこうに楽になりません」(志ん生)。いまの時代となんだか似ている。誰かなんとかしてほしいなあなんて思いながら見た。

現場が語る、一部と二部、ここが違う

以上、第二部のはじめ、25回を振り返ったところで、チーフ演出家の井上剛さんに一部と二部で見せ方の違いはあるか伺ってみた。

「一部は、明治大正の黎明期の元気印を“痛快”というテーマで、それに合わせルック(画面の質感や色)や音楽を発色よくカラフルなものにして駆け抜けました。対して、二部の昭和編はなんと言っても田畑の“生き急ぐ情熱”がテーマです。また、情熱と冷静のあいだのような、田畑を中心としたオリンピックや時代を取り巻く“ギャップ”や“明暗”みたいなことも楽しめる本格ドラマを目指しています」ということで、「“ルックを”意識して変えています」とのこと。

「昭和に入り、まーちゃん(田畑政治)を始め登場人物を包み込むベースとなる“時代感”の演出が今後の大事な要素になるため、時にストーリーとは裏腹な何がしかの予兆を孕んだルックが、ドラマを深めるのではと考えています。会話のスピードや阿部さんの身体感も鑑み、撮り方や芝居の組み立ても、ひいては編集もまた自然と違うものになっています」

 それに伴い、音楽にも変化が。

「大友良英さんの音楽もガラリと変えています。ジャジーな曲や即興的な曲も加わって、一部とは違うヒーローの見せ方の工夫に努めています」

かなり雰囲気が変わってきた第二部。一部も良かったが、二部も25話を見た限りではかなりハイクオリティ。“本格ドラマ”を目指すという井上の言葉が印象に残る。大河じゃないドラマとか朝ドラみたいなドラマとか土曜ドラマみたいとかではなく、”本格ドラマ”。とてもいいと思う。それを思いきり見せつけてほしい。

阿部サダヲと森山未來はなぜ息が合っているのか

さて。「いだてん」第二部の初回を見て面白かったのは、金栗が日本橋で別々にすれ違った孝蔵と田畑を演じた森山未來と阿部サダヲである。「火焔太鼓」で「水ちょうだーい」と息の合ったところを見せて沸かせたふたり(落語指導の菊之丞のTweetによるとふたりが現場で相談して盛り上げたとか)。あのシンクロは何度か舞台で共演しているからこそであろう。宮藤官九郎作、演出の「R2C2 ~サイボーグなのでバンド辞めます!~」(09年)では父子役で共演、劇団☆新感線『髑髏城の七人〜Season鳥〜』でも極めて因縁深い役を演じていて、何かと濃い関係性で共演しているのだが、ここで思い出したのは、松尾スズキ(「いだてん」では志ん生の師匠を演じた)が演出したミュージカル「キャバレー」(07年)。第二次世界大戦目前、ナチスの台頭してきたベルリンのキャバレー・キットカットクラブで働く・アメリカ人の女とイギリスからやってきた作家が出会い恋をする物語で、森山未來は繊細な作家の役をやり、阿部は、店のMCであり、物語の狂言まわし役だった。そう、「いだてん」とは役割が入れ替わってる〜のだ。だが表面的にはそうでも、役の内面を考えると、森山は落語家や作家という創作者を担い、阿部は口のうまさとパフォーマンスの派手さで観客を煽り引っ張っていく役割を担っている。俳優の資質とはまことに面白い。

リリー・フランキーは「なつぞら」と「いだてん」の現場を行ったり来たりしているのか

 「いだてん」素朴な疑問シリーズ  (7月7日追記)

「いだてん」25話を見ていて、朝日新聞の編集局長緒方役のリリー・フランキーが印象に残った。若いとき、寂れたバーで偶然出会った枢密院の大物・三浦梧楼に会って、明治天皇の崩御のさい、次の元号・大正を教えてもらう。バーで話したことをいっさい新聞に書かなかったので見込みがあると思われたという、無欲の勝利を書いた寓話のような逸話をもつ役。

一方、朝ドラ「なつぞら」では、紀伊國屋書店をモデルにしていそうな角筈屋書店の社長役で出ている。新聞記者と書店経営者、どちらもイン

テリの役がハマるのは、リリー・フランキーが文も絵も描く、文化人的な存在だからであろう。

そのリリー・フランキーが同時期放送の朝ドラと大河に、ときどきとはいえ出ているということは、もしや撮影も同じ日にスタジオを行ったり来たりしていたのだろうか。なにしろ、大河と朝ドラのスタジオは隣り合っているから。そう思って広報の方に質問してみた。

すると「リリーさんが同じ日に二作品かけ持つことはありません。ただ、これは今回の『いだてん』と『なつぞら』で同日にかけ持つことはなかったということで、出演者によってはNHK内の別番組の収録を同日行うことはよくあります」と回答をもらった。そういえば、先日「なつぞら」で広瀬すずが「ごごナマ」に出ていて途中でこれから朝ドラの撮影ですと退座したことがあった。

「隣で同時進行しているからこその協力という意味では、その場にいらっしゃる出演者の方同士がお知り合いの場合などに、公式SNSの写真撮影を共に行い、互いのSNSでアップしたりしています」。「半分、青い。」と「西郷どん」などで共演者コラボが話題になった。

俳優のみならず、機材なども、朝ドラと大河間はもとより様々な番組で共有しているそうだ。

第二部 第二十六回「明日なき暴走」 演出: 大根 仁  7月7日(日)放送

【データ】

大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜』

NHK 総合 日曜よる8時〜

脚本:宮藤官九郎

音楽:大友良英

題字:横尾忠則

噺(はなし):ビートたけし

演出:井上 剛、西村武五郎、一木正恵、大根仁

制作統括:訓覇 圭、清水拓哉

出演:阿部サダヲ、中村勘九郎/綾瀬はるか 麻生久美子 桐谷健太/森山未來 神木隆之介/

薬師丸ひろ子 役所広司 ほか

「いだてん」各話レビューは、講談社ミモレエンタメ番長揃い踏み「それ、気になってた!」で連載していましたが、

編集方針の変更により「いだてん」第一部の記事で終了となったため、こちらで第二部を継続してお届けします。

第一部の記事はこちらhttps://mi-mollet.com/search?mode=aa&keyword%5B%5D=%E3%81%84%E3%81%A0%E3%81%A6%E3%82%93%E3%80%9C%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%A0%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF%E5%99%BA%EF%BC%88%E3%81%B0%E3%81%AA%E3%81%97%EF%BC%89%E3%80%9C 

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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