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なぜ、舞台経験のある脚本家のドラマは優れているか

●朝ドラを抱えながら、18日の初日に向かう

NHKの朝ドラ(連続テレビ小説)100作目『夏空』(主演:広瀬すず 19年4月〜放送)の脚本を手がける大森寿美男(69作目の『てるてる家族』も書いている)が目下、朝飯前ならぬ、朝ドラ前に舞台演出をやっている。朝ドラの脚本は進んでいるのだろうか。

「北海道の夏空を舞台にしたいと構想したために撮影が今年の6月から(本来は秋)と早まってしまい、スケジュール的に書き進めないといけない時期なんですが…」と大森は苦笑した。

大森の師匠である渡辺えり(朝ドラ88作『あまちゃん』や大河ファンタジー『精霊の守り人』に出演)から、彼女の書いた名作戯曲『~深夜特急~めざめれば別の国~』の演出を直々に頼まれた(朝ドラのオファー前だった)のだそうだ。

大森寿美男というと、朝ドラのほか、大河ドラマ『風林火山』(07年)などヒットドラマや映画をたくさん手がける脚本家のイメージをもつひとも多いと思うが、映画監督や舞台の演出もやっている幅広いクリエーターで、稽古場に伺ったら、若い俳優(渡辺えり率いる渡辺流演劇塾塾生)を相手に、熱心な稽古をつけていた。

●「そこから逃げるな」厳しい大森演出

コント赤信号としても知られる小宮孝泰や、おふぃす3○○では出演だけではなく歌唱指導などとしても長年携わっている深沢敦などの個性派ベテラン俳優も出演している中、オーディションで出演を勝ち取った若手や、渡辺流演劇塾塾生も懸命にこの舞台に挑んでいる。

そんな若手に大森は、

「そこから逃げるなら、そこに立つ資格ないよ」

「あなたの感情が動かないと、こっち(観客)に伝わってこないよ」

などと言いながら、何回も何回も同じ場面を繰り返す。芝居を見る表情はかなり険しい。

稽古場はシーンと静まり返って、緊張感ハンパなく、部外者が見学していていいのか…とビクビクした。

だが、他人事と思うとじつに面白い稽古だった。

●渡辺えりが描く失われた命への鎮魂

物語は、亡くなった息子への鎮魂という普遍的なテーマを、カエルやバラやユリが擬人化して出てくるファンタジックな世界観のなかで描いたもので、生と死に分かたれた父と子が夢の世界で邂逅する。

D 51の機関士だった父親役をベテランの小宮が演じ、父の機関助士になりたかった息子役を渡辺えりの演劇学校に所属する若い俳優が演じる。

ふたりは最初、渡辺えりの詩的な台詞を、舞台らしい声を張り上げる喋り方で語り合っていたが、ある瞬間、小宮が台詞のトーンを変えた。まるで、ふいに芝居を止めて、ふつうの会話をはじめたように思った。

だが小宮はそのまま芝居を続け、台本にある台詞を言ったり、ない台詞を言ったりしながら、息子役との会話を続けた。ややぎくしゃくしつつも、じょじょに父子の自然な会話が出来上がっていった。

これは稽古の一環であり、小宮による若手俳優に揺さぶりをかける作戦だった。

●小宮孝泰が若い俳優の心を揺さぶる

即興芝居というものはあるけれど、台本に沿った稽古の途中にふいに即興にシフトする、こういう方法は大森も参加していた渡辺えりの劇団3◯◯(さんじゅうまる)のメソッドなのか? と訊くと、そうではないそうで、大森も小宮の突然の作戦決行に驚いたそうだ。

「若い俳優は、なかなか役の内側の感情が作れず、言葉の表現に囚われて、台詞を読むだけになってしまいがちなんです。なんとか揺さぶりをかけて彼らなりの生の感情を引き出したいと、小宮さんと前から相談していたら、今日、いきなり揺さぶりをかけてきたという感じですかね。アドリブで本人の感情を揺さぶることで、感情を動かすことを体感させたんですね。でも、よりによって、取材の入った日で僕も驚きました(笑)。小宮さんは俳優であると同時に、渋谷道頓堀劇場でコント赤信号として活動してきた芸人さんでもありますから、こういうことに慣れているのかもしれませんね」

●プロレスのようにやったりやられたり

過去、蜷川幸雄をはじめとして、いろいろな舞台の稽古を取材してきたわたしも、俳優がいきなり違うことを仕掛けてくる稽古ははじめて見た。若手俳優にとっては冷や汗ものだろうが、いい体験になったと思う。

劇中、父と子がプロレスの真似をする場面があって、そこで小宮は「プロレスっていうのはやったりやられたりするのが面白いんだよ」と言っていたが、演技も同じで、俳優同士がちゃんと台詞を相手にかけて、感情のキャッチボール(やったりやられたり)するものなのだ。

ここは、若者を育てる、いい稽古場だと思った。

●中井貴一さんは天才的だった

大森寿美男は、十代のときに、自分で劇団活動を主宰し、作、演出を行っていて、渡辺えりの3◯◯では俳優としても活動していた。かなり渡辺えりに鍛えられたそうだ。

「えりさんの戯曲を演出するのははじめてですが、出たことはあるから、演じる難しさはわかっています。それだけに、その難しいものに挑戦する気構えと目的意識と理想を、若い俳優には正しくもってほしくて、演出家としてどう導けばいいか考えているところです。もし自分が今日のようなことになったら、やるしかないですよね。どう出てもいいわけだから、強引に自分の芝居にもっていくこともできますし、やめてくれっていってもいいわけだし。ほんとの台詞を感情込めて相手にぶつけて芝居に戻してもいいわけだし。ああいうときにどう対処するか、俳優に、集中力や体力、それに想像力が必要なんですよね。相手の台詞や出方を受けて、自分の出方を変えていくことが大事だから、優れた俳優さんは相手の台詞を読み込むし、アドリブも巧い。中井貴一さんなんて天才的でした」

●生きたセリフはどう生まれるか

大森は、中井貴一主演の映画『アゲイン 28年目の甲子園』を3年前に監督しているが、舞台演出は約20年ぶり。それだけ時を経て、舞台演出に挑むわけは「演出をやることによって、何を思いつけるか興味があった」から。

「ぼくはもともと、俳優の芝居が好きで、俳優がその世界で生き生きと演じられるような脚本を書くことを意識しています」と大森は言う。彼の書いたドラマは、派手な見せ場や名セリフが突出するというよりは、会話が積み重なっていくなかで、じょじょに感情が変化していくところに見応えがある。そこがあまりに滑らか過ぎて、巧さに気づかせないくらいの職人技を見せるときもあるけれど、朝ドラ『てるてる家族』などの半年間という長いスパンで、主人公が宝塚からパン屋さんへと進路を変更していく心の動きの説得力は、彼だからこそ書けたものだと思う。

今回の舞台でも「感情を丁寧に見せたい」と大森は言っていた。

「たぶん、リズムとか呼吸とか、言葉のもつリズムを感覚的に追って書いているんです。作曲に近いように思うんです。脚本家の方に、声に出して書くっていう方が多いですよね」

だからこそ、感情がどんなに転調しようとも、それがすべて楽譜のように可視化できるのだろう。

●新しい経験のできる舞台

自分で声に出して書いているからこそ語りやすい脚本を書くという脚本家もいるし、稽古場で俳優たちの声に実際にたくさん触れているから多様に生きた台詞が書ける脚本家もいる。とりわけ、俳優ひいては人間の生理をわかった脚本を書くのは、舞台を多く経験している脚本家だと思う。三谷幸喜や宮藤官九郎がそうで、大森寿美男もその系譜のなかにいると言っていいだろう。

「映画の撮影は生身の人間を相手にしているとはいえ、それほど時間があるわけではない。リハーサルする時間も早々に、すぐに答を出さないといけないから、その場で出たものをどう撮るかが勝負で、感情の流れがなくても、一瞬のいい表情が出せれば、それを撮って編集でつなげることができます。一方、演劇は、本人のなかで起きていることがしっかりしてないと、見る者に全部バレてしまう」

繰り返し繰り返し稽古しながら役の感情を見つけていく舞台の演出を久しぶりにやることで、大森の書く脚本にもまた変化が起こるのではないだろうか。

おそらく、渡辺えりが生と死を見つめ彼女の血や涙に満ち満ちた『深夜特急』の言葉を経て、朝ドラ『夏空』もぐっと生き生きと濃密なものになりそうだと勝手に期待している。

「『深夜特急』は、ストレートに訴えかてくる泣ける芝居なんですよ。難しいものとは思わず、風変わりなドラマを見るようなつもりで見に来てほしいです。ふだんあまり演劇を見たことのない方に新しい経験をしてほしいですね」

厳しい演出中の大森寿美男さん 筆者撮影
厳しい演出中の大森寿美男さん 筆者撮影

オフィス3○○  深夜特急~めざめれば別の国~

作:渡辺えり

演出:大森寿美男

出演:小宮孝泰 深沢敦 土屋良太 中原果南 内野智 藤本浩二

牛水里美 川口龍 藤本沙紀 渡辺流演劇塾塾生/大沢健ほか

2月18日〜27日 下北沢ザ・スズナリ

公演詳細はコチラ

profile

Sumio Omori

1967年、神奈川県生まれ。脚本家、映画監督。10代から演劇活動をはじめ、劇団を旗揚げ。渡辺えり子(現・えり)率いる劇団3◯◯には俳優として参加していた。映像の脚本家としては、97年にV シネでデビュー。映画、テレビドラマの脚本を多数手がける。2003年、連続テレビ小説『てるてる家族』、07年大河ドラマ『風林火山』、17、18年大河ファンタジー『精霊の守り人』、ほかにドラマ『TARO の塔』『テンペスト』『鼠、江戸を疾る』『55歳からのハローワーク』『悪夢ちゃん』『64』『フランケンシュタインの恋』、映画『星になった少年』『寝ずの番』『次郎長三国志』『悼む人』など。映画監督作に『風が強く吹いている』『アゲイン28年目の甲子園』がある。00年、向田邦子賞受賞。