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江戸川乱歩×三島由紀夫×中谷美紀の美しきエロ・グロ・サスペンス『黒蜥蜴』 東京から大阪へ

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
『黒蜥蜴』 撮影:taro

「追われているつもりで追っているのか 追っているつもりで追われているのか」

名探偵・明智小五郎対女盗賊・黒蜥蜴の丁々発止の攻防を描く、江戸川乱歩の名作ミステリー。何度も映画やテレビドラマや舞台化された人気作品で、舞台は三島由紀夫が戯曲化したものが有名だ。

美しいものをそのまま遺すために、盗んで自分のアジトに大切に陳列している黒蜥蜴と、彼女の犯罪を阻止すべく追跡し続ける明智小五郎、ふたりの向くベクトルは、一般的に考えられる悪(泥棒)と正義(探偵)との真逆ではあるが、信念に注ぐエネルギーの分量は拮抗している。

己の信じる正義をかけてぶつかり合う明智と黒蜥蜴は、互いのエネルギーに共鳴し惹かれ合っていく。正義とは悪とは何かという難解な命題と運命の恋愛を重ねた、この上なく浪漫あふれる物語だ。

この、乱歩原作、三島作版の黒蜥蜴役に挑んだ中谷美紀が、妖艶で残酷で美しい。

黒蜥蜴役は、三島由紀夫とも親交が深かった美輪さまこと美輪明宏による公演が有名で、そのほか、麻実れい、岩下志麻、小川真由美、京マチ子、坂東玉三郎、松坂慶子、などが映像や舞台で演じている。

女泥棒ということもあって、柄の大きく、ドスの効いた声が出せる俳優をイメージしがちで、中谷美紀が演じると知ったとき、少々線が細いかなと思ったが、初舞台で数々の演劇賞を受賞しているだけはあり、身のこなしも、口跡も堂々たるもの。休憩入れて3時間15分、最後まで観客を魅了し続けた。

右:中谷美紀 左:相楽樹 撮影:taro 
右:中谷美紀 左:相楽樹 撮影:taro 

胸躍るラブミステリー

物語は、堂島川と土佐堀川をはさんだ大阪、中之島のホテルのスイートルームからはじまる。世界的な宝石商・岩瀬(たかお鷹)の娘・早苗(相楽樹)は、怪盗・黒蜥蜴(中谷美紀)に狙われていた。誘拐の予告状を受け取った岩瀬は、名探偵・明智小五郎(井上芳雄)に警備を依頼する。

岩瀬の知人・緑川夫人として、早苗に接近してきた黒蜥蜴の作戦を、明智は見事に阻止するが、黒蜥蜴は諦めず、半月後、再び、早苗に魔の手が伸びる……。

ついに、奪われてしまう早苗。黒蜥蜴は、彼女と引き換えに秘宝”エヂプトの星”を要求する。

仰天のトリック、盗賊集団とそのアジトの設定、まばゆい宝石、美への執着から生まれた芸術……そして、黒蜥蜴と明智小五郎が行い続ける知恵比べという恋愛ゲーム、すべてに心踊る。観る者を選ばない、最高のエンターテインメントだ。

乱歩と三島の偉大さを改めて感じるのは、ミステリーかと思ったらラブストーリーへ、作品が姿を変容していき、さらには、美とは何か、愛とは何か、犯罪とは何かという哲学的な叡智に耽ることもできるように、どこまでも深化していく構造になっていること。深まりながら、高みに昇っていく黒蜥蜴の明智への愛は、男女を超えた究極の愛でもある。

冒頭に引用した台詞「追われているつもりで追っているのか 追っているつもりで追われているのか」が印象的に響く。

井上芳雄(右)演じる明智の優雅な知性も新鮮 撮影:taro
井上芳雄(右)演じる明智の優雅な知性も新鮮 撮影:taro

残酷な美意識を演じる中谷美紀

黒蜥蜴の愛は、美への想いだから、男(明智)を愛するし、女(たとえば早苗)も所有しようとする(その所有の仕方に美意識が現れる)。

女性ではあるが、性を超越した美を追求する黒蜥蜴の役を演じるにあたり、中谷が17年秋に主演した、東野圭吾原作の連続ドラマ『片想い』(WOWOW 3月2日にはDVD、ブルーレイが発売される)で、LGBT・性同一性障害の主人公を演じたことも功を奏したのではないだろうか。そのとき彼女は、トレーニングによって筋肉をつけ青年らしい外観をつくり、それまでの、華奢に見えて女性らしい丸みのあるラインをしていた彼女(11年、16年と演じた

『猟銃』のときなどがそうだ)とはずいぶん雰囲気を変えていた。

ドラマの撮影は、17年の夏だったので、舞台の時期からだいぶ時間は経ってしまっているとはいえ、ビアズリーのミニマムでいて、色気のある線画のような黒蜥蜴のスタイル(衣裳は前田文子)は、『片思い』の体験なくしては生まれ得なかったように思うのだ。

頭の先から爪先まで揺るぎない美意識で貫かれた黒蜥蜴は、深い愛を表すために残虐にもなってしまう、剣のような人物だ。

中谷美紀の肉体と声は、蜥蜴のように、ぬめっとした光を放ち、ゆるやかなカーブを描いた剣のように、サディスティックでありながら、

その一方で、チャーミングでもある。もともと、インタビューなどでも、ユーモアを忘れない才女は、公演パンフレットで、稽古中に居眠りをしてしまったことを隠さず語り、お茶目さを披露していた。

かなりの大物とも言えそうな中谷美紀の黒蜥蜴に、惜しみない拍手を贈りたい。

余談ではあるが、ミステリードラマと中谷美紀

犯罪であろうが正義であろうが、極めれば美として当価値であるという考えに関して、かつて、中谷美紀が演じてきたミステリー・ドラマ『ケイゾク』(99年)を思い出す。東大卒のキャリア・柴田純刑事が、迷宮入りの事件の捜査を通して、純粋なまでにたったひとつの真実を追求していく。このときの中谷は、言ってみれば、明智側の人である。

また、『IQ246〜華麗なる事件簿〜』(16年)では、IQ300もある天才犯罪者で、捜査が趣味の主人公(織田裕二)と知恵比べをしている。この設定は『黒蜥蜴』に少々似ている。

こうしてみると、中谷美紀は、『黒蜥蜴』に出会うべくして出会ったように思える。

ミステリードラマの中谷美紀を愛する人は、舞台『黒蜥蜴』も見届けるべきだ。

『黒蜥蜴』東京公演は28日まで日生劇場で。当日券あり。

大阪公演は2月1日〜5日まで、梅田芸術劇場で。

迷宮のような美術(伊藤雅子)、上手では生演奏が  撮影:taro
迷宮のような美術(伊藤雅子)、上手では生演奏が  撮影:taro

黒蜥蜴

原作:江戸川乱歩

脚本:三島由紀夫

演出:デヴィッド・ルヴォー

出演:中谷美紀 井上芳雄 相良樹 浅海ひかる たかお鷹 成河

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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