Yahoo!ニュース

『やすらぎの郷』朝ドラにはない老人たちのリアル(年の差恋愛まで)。プロデューサーに聞いた制作秘話 

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
『やすらぎの郷』から石坂浩二、清野菜名 写真提供:テレビ朝日

名匠・倉本聰が描く、シニアのための新しい昼の帯ドラマ『やすらぎの郷』(テレビ朝日 月〜金 ひる12時30分〜)は、話題が途切れることなく、半年間の放送期間を終えようとしている。

往年のスターをはじめ、かつてテレビ業界で大活躍した人々がたくさん入居している〈やすらぎの郷 La strada〉は、日々、事件が巻き起こって、ちっともやすらげない場所。

認知症になる人、亡くなる人と悲しみが続く中、年の差恋愛というおめでたいのかそうでもないのか複雑な思いを呼び起こす珍事も起こる。

まず、入居者・マロ(ミッキー・カーチス)と、彼の娘と同世代の、施設の職員・伸子(常盤貴子)との熱愛が発覚。

それから、主人公の菊村栄(石坂浩二)が、20歳の孫娘(山本舞香)と50代の男との結婚話に激怒するも、彼は彼で20代の脚本家志望の女性アザミ(清野菜名)に心惹かれているところ。しかも昔少々過ちのあった相手の孫という、なんという業の深さ。

最終回は9月29日(土)で、残りあと2週間。どうやって決着をつけるのか。テレビ朝日の中込卓也プロデューサーに、最後はどうなるのか

聞いた。また、合わせて、新しいドラマ枠を世の中に広げることに成功した戦略も振り返ってもらった。(後編)

前編はコチラ 

朝ドラを意識しているか? といえば……

ーー帯ドラマは、かつて、朝ドラと昼ドラがあって、しばらく昼ドラはなくなって、朝ドラ一強でしたが、今回、昼ドラが復活しました。朝ドラを意識しますか?

中込「よく朝ドラと比べられますが、僕らはそんなおこがましいことは思っていません。だって向こうは、視聴率が20%いかないことが話題になるわけでしょう。僕らは、昼の枠としては良いとされる、5、6%のところで一喜一憂しているので」

ーー朝はまだ家にいても、昼はいないですものね。

中込「そういった生活習慣による大きな差はあると思います。朝ドラの裏でやっていたらまた違うと思いますが、お昼なので朝ドラと勝負しても……っていう気持ちは当然あります。ただ、“帯ドラマ”という作り方は、朝ドラと同じなので、意識はします。朝と同じことをやるのでは意味がないし、そこの色の違いを出すうえでの“シルバータイム”というものを意識してやったほうがいいでしょうね。朝ドラは“女性の一代記”という形が主ですよね。僕らの昼ドラは、老人たちのリアルタイムの話で、圧倒的な現代劇。それを、この時間帯で帯ドラマとしてやれているおもしろさを大事にしていきたいと思って作っています」

ーーいいトライをされたと思います。

中込「すべては、倉本聰だからこそ赦されていると思います。これが結果を出していけば、倉本聰でない作家が書いても昼ドラが受け入れられて、もしかしたら、ほかの時間帯でも、こういう、シニア層を対象にした作品が作られるようになるかもしれません。現状である程度の結果を出せていますし、先につながるといいと思います。こういう開拓を、82歳の先生が老体に鞭打って行ってくださったことを意感謝しています」

ーーテレビドラマ史に残る出来事になったのではないでしょうか。

中込「そのとおりです。先生にもまだまだ作品を書いてほしいですね」

お客様センターまで巻き込んだ宣伝戦略

ーー展開のさせ方として、マガジンハウスから、メインキャスト(女優)の若い頃の写真を集めた写真集『平凡プレミアムselection ーー今も輝き続ける女優たち 8人の女』を出したのも面白かったですが、この経緯はどういうものですか?

中込「台本が昨年の夏にあがっていて、ここから具体的にどう映像化していくか考えたとき、資料が必要になりまして。それは、スタッフが俳優の皆さんと接するための資料ですね(笑)。幸い、みなさん、歴史があるため、各々自伝を出版されているので、それを集めたところ、そこに掲載された写真がほんとうにきれいでかっこよくて。これは、ドラマでも見せたほうがいいんじゃないかというアイデアを、チーフディレクターの藤田明二監督が出しました。それでさらに調べたら、マガジンハウスさんがたくさん、過去の俳優の写真をもっていたので、見せてもらい、お借りすることにしました。写真や映像を、ドラマで使うとき、各方面に使用許可をもらわないとならず、なかなか難しいんです。とくに映像は難しいんですよ。今回は、冨士眞奈美さんや藤竜也さんの映像はいくつか使えましたが。その点、マガジンハウスさんでもっている写真は、マガジンハウスさんが一括して版権をもっているので、掲載の許可をお願いしやすい。そうしているうちに、マガジンハウスさんから、これを、ドラマの公式本として、一冊にまとめませんかとご提案いただいたという流れです」

ーー老いのお話ですから、若いときの写真があると、どれだけ老いという経験を積み重ねてきたかが可視化されてよかったです。

中込「いい形でコラボレーションができました」

ーーシナリオ集も先行で売っていたので、オリジナルドラマにしては、情報が得られました。

中込「台本が放送前にあがっていて助かりましたね。新しい枠ですから、まずは認知されることが課題だったんです。最初は、スポットをいつ流すか、考えましたが、ゴールデンタイムや、まして深夜にスポットを打っても意味がない気がして。だったら、ドラマの中で、次々と情報を出していくことを選択しました。例えば、劇中で流れる『やすらぎ体操』(書籍化もされた)を事前に告知なしで、いきなり放送すると、これは何だろう? と反響がくるのではないかとか、ネットで騒いでくれたり、おじいちゃんおばあちゃんが、局に問い合わせてくれたりしないかなと思って。先生と、中島みゆきさんのカメオ出演(詳細はインタビュー前編参照ください )も、報道陣を呼んで会見でもやろうかと思ったのですが、テロップも出さずに、いきなり放送することにしました。その代わり、宣伝部と打ち合わせて、後のワイドショーでとりあげてもらい、ただ『見た顔の方が出てましたよね?』と疑問にとどめて肯定はしないようにしたのと、お客様センターにも根回して、問い合わせがあっても、『よく似ているが、わからない。また出るかもしれません』と答えてもらうようにしました。そうして、次に出てもらったとき、はじめて認めたんです。これってリアルタイムで見てくれた方だけの、新鮮な驚きですよね。あらかじめ情報を知ったうえで、録画を観るのではなく、リアルで観て、何がはじまったんだ!? と思える仕掛けを、いかに作るかに腐心しました」

ーーお客様センターぐるみで仕掛けたとは、用意周到ですね。

中込「ただ、こういう宣伝方法は、すぐに結果が出るものではない。ずっと続けることで、明日につながる、明後日につながり、来週につながると信じてやるしかないんです。倉本聰と往年のスターによる、お年寄り向けのドラマだから、極めてまじめかと思いきや、何をするかわからない不穏さも狙っていました。タバコは吸うし、石坂、浅丘、加賀の、リアルな三角関係もネタにするし、社会問題をえぐったりと、けっこう刺激的なことが多い。これは先生の遊び心であり、我々スタッフに『ほんとうにおまえらここまでできるの?』という真剣な突きつけでもあるんですよね」

ーー刺激といえば、実際、野際陽子さんが亡くなったことと、劇中で登場人物が死ぬエピソードとが合致しましたね。

中込「ちょうど、タイトルバックに雨が降ったので、わざわざ作ったのかと話題になりました。でも、そんなもの、すぐに作れるわけがない。まして、野際さんのためにあらかじめ準備していたわけでもありません。もともと、喪中バージョンは作っていたんです。春、夏、秋バージョンを作った他に、劇中で亡くなる人物が何人かいるので、そのときに使おうと作っていました。だから、野際さんが亡くなって、追悼テロップを入れるとき、喪中バージョンになっていることに気づいて、あまりのハマり具合に、通常バージョンに代えようかと思ったくらいです。でも、野際さんは、なにごともないように最後まで出続けることが希望でしたから、自分のことが制作状況に影響することを喜ばれないと思って、そのまま喪中バージョンにしました。ただ、さすがに、次の回で『やすらぎ体操〜』って能天気にはじまることには躊躇があって、悩んだ結果、『やすらぎ体操〜』の声だけ消しました」

ーー一度書き上げた台本が、出演者の事情で、少し変わらざるを得ないことは、大変だったのではないですか。

中込「でも、先生は、舞台『走る』をやったときに、舞台上で出演者が走り続けるという趣向のため、途中で出演者がどんどん倒れてしまい、そのたびに、台本を書き直すという経験があったため、慣れたみたいですよ」

ーー話題性ということでは、アザミ役の清野菜名さんが、次作『トットちゃん』に主演することが、後からわかりました。それも仕掛けのひとつなのでしょうか。

中込「清野さんがトットちゃんの主役に……これは仕掛けでも何でもありません。『やすらぎの郷』のアザミを決める時には、実は簡単なオーディションをしたんですが、その結果、満場一致で清野さんに決まったんです。その日、会場に到着した彼女が車から降りてきた時に、誰にともなく微笑んでいたんですね。とても素敵な笑顔で。その顔を見た時に、『あ、アザミが来た!』って直感で思ったんです。そしてその後、倉本先生に会っていただき、ひとしきり話をしてもらって……彼女が部屋から出た途端、倉本先生も『アザミだね』と。言葉で説明するのが難しいんですが、『アザミなんです』としか言いようがない」

ーー清野菜名さんの魅力を教えてください。

中込「個人的に感じている彼女の魅力は、まずなんといってもあの笑顔。それと、人のセリフを聞いているときの瞳の表情が、とても多くを語ってくれている、というか、とにかく素敵なんです。彼女は真っ白のキャンパスみたいで、いろんな色に染まってくれそうなんですよね。いろんな役を演じてもらいたくなるような、そんな女優さんです。その後、『やすらぎの郷』を一緒にプロデュースしている服部Pが、『トットちゃん』も担当していて、『清野さんにトットちゃんもやってもらいたいと思うのですが、どうですかね?』と。『徹子さんを演ずる清野菜名、それ、僕も見たいな』と思いましたもん」

脚本家・菊村栄は『やすらぎの郷』を書くのか

ーー中込さんは、『やすらぎの郷』以前から、倉本さんとお仕事をされているそうですが、倉本さんから学んだことで最も印象に残っていることを教えてください。

中込「忘れられないのは、先生からすごく面白いプロットをもらって、完成を楽しみに待っていたところ、出来上がった内容がプロットと全然違っていて、その時、『勝手にそうなった』とおっしゃったんです。登場人物たちが作家の想像を超えて、勝手に話し出すほうが面白いという意味なんですね。僕らは、テレビドラマを作るとき、最終回という目的地を決めて、そこにハマるように、登場人物を動かしていこうとしがちですが、実生活では、そんなふうになるわけはなくて。予定からはみだしたほうが、話は広がって、確実に面白くなっていく。これは、先生に教わったことがたくさんある中で、一番、肝に命じていることですし、若い方と仕事をするとき、必ず、このことは話しています」

ーー『やすらぎの郷』の最終回も、意外な結末になりましたか?

中込「プロットの段階では、老いた人間たちの生き様に終始していくかと思っていました。僕としては、最後、菊村栄が再び、筆をとることがこの物語の終わりだと想像していたんです。ところが、菊村は最後まで、書かないんですよ」

ーー書かないんですか。

中込「僕としては、いろんなことがあった最後の最後に、菊村栄がコテージに入って、入居したときに仕舞った原稿用紙と、万年筆を取り出して、『やすらぎの郷』と、タイトルを書いてほしいと思っていたんですよ」

ーー私もそう想像してました(笑)。

中込「ところが、先生は『やっぱりねえ、それは違うんだよ』と言うんです。『中込ちゃんはねえ、菊村栄を倉本聰だと思っているから、そう思うんだよ』って」

ーー菊村栄は倉本聰とは違うんですか?

中込「倉本総じゃないし、いってみれば、倉本聰も別にもう描きたくないんだから、って(笑)。そして、結果、あがってきたものは、先生はこれが描きたかったのかとびっくりするものでした。もうシナリオ集が発売されているので言いますが、ラブストーリーに収束するんです。そのラストだからこそ、中島みゆきさんの『慕情』は生まれたんですよ」

ーー『慕情』が最初から流れている時点で、最終回のネタバレになっていたと。

中込「それは全く意外でしたね。僕は当初、“シルバータイム”と銘打った以上、老人たちの生き様が描かれればいいと思っていたし、その中には恋愛も入ってくるだろうし、まるで青春ドラマみたいな感覚で恋愛も展開していったらすごく面白いし、その結末として、よーし、まだまだがんばるぞっていう気持ちになってもらえるようなものになったら素敵だと思っていたら、先生の書くものは、それを超越していました」

ーーでも、菊村が『やすらぎの郷』を書き始めたら、話は終わっちゃいますけど、書かなければ、まだまだお話は続きそうですから、パート2の可能性もあるのでは?

中込「次々、老人が入居してくれば、延々続くことは可能ですね(笑)」

ーー『北の国から』シリーズに次ぐ、長期シリーズにしてください(笑)。

中込「続くか続かないかは民意ですから。書くことが義務なのだと、先生が思うような反響をいただければ。皆さんの声で『先生、これが民意ですよ』と言えるようにしてください」

中込卓也プロフィール

Takuya Nakagome  1964年生まれ。制作会社を経て、2001年、テレビ朝日入社。代表作に『菊次郎とさき』シリーズ、『ハガネの女』シリーズ、宮藤官九郎が脚本を書いた『未来講師めぐる』、『11人もいる!』などのコメディから、『名探偵キャサリン』シリーズ、『ダブルス ふたりの刑事』など推理ものまで幅広く手がける。大学時代、免許をとると、まっさきに北海道にへ行き、レンタカーで『北の国から』ロケ地巡りをしたほどの倉本聰ファンである。

『やすらぎの郷』より  写真提供:テレビ朝日
『やすらぎの郷』より  写真提供:テレビ朝日

帯ドラマ劇場『やすらぎの郷』(テレビ朝日 月~金 ひる12時30分  再放送 BS朝日 朝7時40分~) 

脚本:倉本聰  

出演:石坂浩二、浅丘ルリ子、有馬稲子、加賀まりこ、草刈民代、五月みどり、常盤貴子、名高達男、野際陽子、藤竜也、風吹ジュン、松岡茉優、ミッキー・カーチス、八千草薫、山本圭ほか

最終回は9月29日(金) 拡大SPで放送

菊村とアザミについて

愛妻家の印象が強い主人公・菊村だが、かつて一度だけ浮気をして、妻・律子(風吹ジュン)を自殺にまで追い込んでしまっていた。

アザミはその相手の孫だ。

かつての浮気相手と顔がそっくりなアザミに次第に惹かれていく菊村。

脚本家志望のアザミに、彼女の脚本を見てほしいと請われ、読むと、東日本大震災で祖母が死んだ時のことが書かれていた。

タイトルは『手を離したのは私』。

津波に巻き込まれ溺れかけた祖母とアザミが、手を握り合い、でもやがてその手が離れてしまう痛切な描写に、菊村は引きつけられる。

つないだ手と手の、片方が生で片方が死に分かれてしまうという内容が、劇中劇の断片にもかかわらず、強烈に印象に残る。

倉本聰先生は、こっちが書きたいんじゃないかと勘ぐってしまうほどだ。

この脚本はどうなるのか。菊村とアザミの関係は……

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

木俣冬の最近の記事