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「高校野球でいえば問題は球数より日程」元巨人トレーニングコーチが語る球数制限【後編】

菊田康彦フリーランスライター
自身の経営する治療院で、「球数制限問題」について語る佐伯氏(筆者撮影)

 ここ最近、主に高校野球で話題になっている投手の「球数制限問題」。この問題に関し、元読売ジャイアンツトレーニングコーチで現在は野球肩、野球肘、腰痛等のリカバリー・スペシャリストとして、東京都内で「佐伯鍼灸室・SAEKI TRAINERS」を営む佐伯勉氏に、専門家としての意見を聞いた。今回は後編。

高校生は大会では球数制限しないほうがいい

──佐伯さんはご自身も野球をされていたのですよね?

 小学4年生からですね。大学の時に故障でできなくなってしまって、それでこういうリハビリの道に進んだんです。僕の場合は肘がパンクしたこともあるんですけど、腰椎分離症も発症していて……。中学生の時にマスコットバットをたくさん振らされたんです。マスコットバットって先端に負荷がかかるようになっていて、成長期で脊柱や腰椎の並び方がキレイな状態でそういう遠心力がかかることを頻繁にやると、どうしても外へ外へ慣性がかかってくるわけですよ。そうするとだんだん体幹で押さえきれなくなって腰椎がねじれてきて、その変形分離した状態で大人の体に成長して固まると、腰椎が相当傷んでしまうんです。だから前回も話したようにピッチャーでいえば遠投だとか、バッターでいえばロングティーとかマスコットバットを振らせるとか、必要以上に走らせるとか、小中学生のうちはそういう過剰なトレーニングは避けたほうがいいと思います。

──高校生になるとまた違う?

 まず成長期の話からすると、小学1年生から3年生までの3年間、4年生から6年生までの3年間、そして中学1年から3年までの3年間っていうのは、だいたい均等に成長するんですよ。身長でいえば15センチから20センチぐらいずつ、平均して伸びていくんですね。ところが高校1年からの3年間っていうのは、平均で3センチから5センチっていう数字が出ていて、個人差はありますけど骨端線(成長期に存在する骨と骨を結びつける軟骨)が閉じて大人の体になると、そこまで急激に身長が伸びることがないので、ある程度は無理が利くんですよ。

──高校生の場合は、必ずしも球数制限は必要ない?

 本番(大会)では制限しないほうがいいと思います、高校生の場合は。ただ、日頃からどれだけ制限できるかっていうのはけっこう大事ですよね。練習もそうだし、大会以外の練習試合もそうだし、そこでうまく制限できてくるといいのかなと思います。

 あとは、一番大事なのは日程の問題ですよね。岩手県(大船渡高)の佐々木(朗希)君もそうですけど、準決勝の翌日が決勝だと、佐々木君を温存したい気持ちも分かるんですよ。(日程を)逆算して使いたい気持ちも分かるし、そこは大会日程じゃないですか。

──やはり登板間隔は空けたほうがいい?

 ピッチャーが1試合投げたら、乳酸や活性酸素が溜まるんですよ。それをどうやって抜くかっていったら栄養摂取と休養しかないんですよね。(元巨人の)上原浩治の例を挙げると、彼が1999年にルーキーとして巨人に入団して、僕は当時トレーニング部門の担当だったんですけど、それまでは巨人の先発ピッチャーは登板した翌日が休みだったんですよ。僕はそれを見ていて「これだと疲労感が抜けないだろう」っていう話を当時のピッチングコーチだった鹿取(義隆)さんと水野(雄仁)として、上原が投げるのが日曜日だったので火曜日をオフにしたんです。そうしたらその年、上原は20勝4敗だったんですよ。

 なぜそうしたかというと、いろいろデータを出すと乳酸値って(登板)翌日はそんなに下がらないんですけど、翌々日になるとガクンと下がるんです。そこでうまく休養を取れるかどうかが大事だと思ったんですね。それがその後も引き継がれて、今でも先発ピッチャーは(登板の)翌々日がオフになってると思いますけど、きっかけは上原だったんです。

治療家としては「壊れたら治せばいいじゃないか」

──乳酸や活性酸素が溜まった状態で投げることの弊害は?

 まず、筋肉の収縮スピードということで弊害が出てきます。キレがなくなるんですよ、基本的に。気持ちだけは覚醒してますから、そこで無理をすると、肉離れを起こしたり関節が酸化してきますから、肩や肘を痛める確率が上がってくると思います。

 だから、どこで休みを取るかっていうのも大事だと思いますし、それもケガのリスクを避けることになると思います。日程の問題もいろいろ出てきますけど、乳酸や活性酸素との照らし合わせっていうのはすごく大事かなと思います。若いから(現状の日程でも)できるといえばできると思いますけど、そこまで考えることができれば、もっともっと理想に近づいてくるんじゃないでしょうか。

 日程を変えるのがどうしてもダメだっていうのであれば、イニングか球数(制限)にいくしかなくなっちゃうんですけど、それだと野球じゃなくなっちゃうんですよね。でも、今年は甲子園を観ている限り、各高校の監督さんはしっかりと投手のやりくりをされていて、高野連も決勝戦の前に休みを入れたり、非常に努力をされてる部分もありますけどね。

──では、佐伯さんの考える理想の大会日程は?

 たとえば準決勝の後に1日休んで決勝じゃなくて、もう1日休むとさらに回復してくるので、最低限中2日で決勝戦を迎えられれば、お互いにいい状態で戦えるのかなと思いますね。なので理想としては今年のように準決勝の後に休養日を設けて、さらにその翌日に3位決定戦と女子硬式野球の決勝戦を開催する。そうすれば準決勝から中2日で、ベストに近いコンディションで決勝戦を迎えることができるわけです。

──良い状態で投げれば、球数制限をする必要はない?

 僕はそう思いますね。肩肘の故障を心配する前に、普段からキチンとしたケアをしているかどうか、その前後でどれだけの準備ができているかですよ。「準備」っていうのは登板に向けてのトレーニングだったり、その後のケアだったり、すべてをひっくるめての準備ですね。食事の面もそうですけど、そういう意識っていうのはすごく大事だと思います。なので僕は「努力しろ」っていうのは好きじゃないんですけど、「準備しとけよ」っていう言葉はよく使います。

 あと気になったのは、一度でも野球肩や野球肘をやってしまうと投手生命を失ってしまうような大げさな記事がたくさん出てるんですよ。だから僕は治療家として単純に「治せばいいじゃないか」って思うんですよね。靭帯が断裂したとか、軟骨組織に相当な傷が入ってもう無理だっていうなら話は別ですけど、ちょっと炎症が強くなったとかなら、そんなのはすぐ治せるので。たとえば外科的な手術が必要となったらそれは厳しいですけど、ケガとか故障は基本的に治ると考えてもらったほうがいいです。

──この夏の岩手県大会決勝戦の佐々木投手の登板回避はどんな思いで?

 確かに甲子園で佐々木君を観れなかったことは残念でしたが、要はその判断として指導者と選手の間に信頼感があってのことでしたら問題ないと思いますね。ただ、ウチの患者さんには甲子園の優勝投手や、各カテゴリーで活躍しているエース格の選手も多いんですけど、彼らと話していて、エースナンバーを背負う意味というのは、チームの運命も同時に背負っているという覚悟が読み取れますね。

 あと野球は終盤7回以降に必ずといっていいほど試合が動いてきますが、極論をいえば、あと1イニングで完全試合なのに球数で降板しなければならないルールって、人としての成長も阻害しかねないですよね。野球って100球以上投げたら壊れるスポーツなんですか? 僕は違うと思いますし、高校や大学のトップレベルのピッチャーも何人も診てきましたけど、さっきも言ったように壊れたら単純に治せばいいんです。治っていくプロセスから学ぶことって、野球を続けていく上でレベルアップする大きなヒントがあるんですよ。

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フリーランスライター

静岡県出身。小学4年生の時にTVで観たヤクルト対巨人戦がきっかけで、ほとんど興味のなかった野球にハマり、翌年秋にワールドシリーズをTV観戦したのを機にメジャーリーグの虜に。大学卒業後、地方公務員、英会話講師などを経てフリーライターに転身した。07年からスポーツナビに不定期でMLBなどのコラムを寄稿。04~08年は『スカパーMLBライブ』、16~17年は『スポナビライブMLB』に出演した。著書に『燕軍戦記 スワローズ、14年ぶり優勝への軌跡』(カンゼン)。編集協力に『石川雅規のピッチングバイブル』(ベースボール・マガジン社)、『東京ヤクルトスワローズ語録集 燕之書』(セブン&アイ出版)。

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