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「小中学生には絶対に必要なもの」元巨人トレーニングコーチが語る球数制限【前編】

菊田康彦フリーランスライター
野球肩、野球肘等のリカバリー・スペシャリストとして治療院を営む佐伯氏(筆者撮影)

 ここ最近、主に高校野球で話題になっている投手の「球数制限問題」。この問題に関し、元読売ジャイアンツトレーニングコーチで現在は野球肩、野球肘、腰痛等のリカバリー・スペシャリストとして、東京都内で「佐伯鍼灸室・SAEKI TRAINERS」を営む佐伯勉氏に、専門家としての意見を聞いた。まずは前編。

小中学生のジュニア期は圧倒的に肘の故障が多い

──現在の治療院を始めて、どれくらいになりますか?

 巨人を退団して、2005年からです。ちょうど15年目ですね。これまでに診た患者さんはもう1万人を超えました。ほぼ野球関係で、NPBで活躍するプロはもちろん、学童から中学、高校、大学、社会人……中には還暦野球もいますけど、いろんなカテゴリーの方が来られます。

 今は比率でいったら学生が6割、社会人は草野球を含めてですけど4割弱。あとは一般の方になります。その中でも一番多いのは中高生ですね。日本の文化として、特に高校でピークをつくってそこで全うしようというのがあるので、まずはそこでしっかりとケガなく、故障なく過ごせればいいという考えがあるんじゃないでしょうか。

──症例として多いのは肩や肘の故障ですか?

 肩、肘がほとんどですね。ジュニア期というか、小中学生は圧倒的に肘が多いんですよ。肩が痛いっていう子は意外と少ないですね。

──故障の原因になっているのは?

 特に学童野球の場合ですけど、指導者に野球経験者が少ないというのが1つ考えられます。投手の場合であれば、まずは指導者がキチンとした投げ方を教えられるかどうかということですね。小学生、中学生は成長期で、まだ関節も弱いんですよ。だから、発育発達に沿った育成方法を取らないと、厳しい部分があります。

──キチンとした指導をしていれば、故障はある程度避けられる?

 そうですね。なので、指導者が(選手の)体のことをしっかり理解しているというのが理想です。ウチに来る患者さんで、小学生なんですけど肘が曲がって伸びない状態で来た子がいるんですね。聞いたら年間400イニング投げるっていうんですよ。プロでさえ200イニング以上投げる投手は(昨年の巨人・)菅野(智之)くらいなのに……。

 その子はしっかり治療をして投げられるようにはなったんですけど、とりあえず小学校のうちはピッチャーはやらずに、ファーストとか外野をやって、中学生になったら状況を見てまたピッチャーをやっていこうっていう話はしたんですけどね。

──その患者のいるチームの監督は野球経験者?

 実はその子の父親が監督で、野球はほぼ未経験者です。もちろん野球を知らないよりは知ってるほうがいいんですけど、そうなると熱心にやり過ぎる監督もいるんですね。小学生にマスコットバットを振らせたり、遠投をたくさんやらせたり……。学童のうちからマスコットバットを振らせたり、遠投をさせたりすると、どうしても体に弊害が出てくるんですよ。まだ、関節が弱いですから。

 遠投っていうのはどうしても無意識に100%の力を出してしまうので、そうすると軟骨組織とか靭帯、腱とか、結合組織にキズが入ってしまう。そうすると大人、これは高校生以上を指すんですけど、大人になってからの再発率がだいたい85%ぐらいあるんです。なので小学生、中学生のジュニア期っていうのは、投球数制限をするなりして、しっかりと守らなきゃいけないなっていうのはずっと考えています。

日本独自のルールもあっていい。球数制限だけでは……

──それでは小中学生には球数制限は必要ですか?

 僕は絶対に必要なものだと思っています。全力で腕を振った時に、肩や肘への負担っていうのは、ボールをリリースした瞬間に一気にかかるわけです。それがだいたい体重の1.5倍なので、体重が40キロの子であれば、60キロの負荷がかかるわけですよね。たとえば1試合で100球投げると、その蓄積で相当な負荷がかかってきます。それで結合組織が持たなくなっちゃうんですね。しかもダブルヘッダー連投とか、土日連投とか、そうなっちゃうとまず肩や肘が悲鳴を上げると思うんですね。

 ただ、子供たちを「守る」だけではなくて、やっぱりトレーニングも非常に大事になってくるんですよ。実際にケガや故障の多い子っていうのは、正直に言って力がない、筋力がないという子が多いんです。僕は必ず問診で「懸垂はできますか?」って聞くんですけど、1回しかできないとか、全然できないとか、最近はそういう子が多いんですね。小学生っていうのは一番体重が軽い時期で、その時期に自分の体重も扱えないっていう筋力しかなければ、それは故障やケガをするリスクは高くなると思います。さっきも言ったように、肩肘にかかる負担がそれだけあるのに「懸垂ができません」じゃあ、それは持たないですよ。

──そもそも野球をする上での基礎体力がない子も多い?

 そうですね。僕らが小学生の頃は昼休みにみんなと懸垂をやったり、上り棒や雲梯をやったり、そんな感じだったんです。腕立て伏せっていうのは押す筋肉だから、野球の投げるパフォーマンスにはそんなに関係ないんですけど、逆に握力を使う引っ張り系がすごく大事になってくるんです。それができない子が多いですね。

 なので1日に6時間練習するんだったら、フィジカル面にどれだけ時間を割けるかじゃないですかね。患者さんのいるチームの練習を見てると、延々とバッティング練習をやってダラーっと守ってたり、ちょっともったいない時間が多すぎます。僕の感覚でいえば、小学生だったら(練習時間は)3時間でも十分だと思うんですね。

──それではジュニア期の理想的な投球数とは?

 ちょうど今年の4月から、学童野球に関しては1試合70球までという球数制限ができたんですよ。これ自体はいいと思います。ただ、僕も学童の試合を見てますけど、正直70球っていったら2イニング、3イニングぐらいで終わっちゃうんですよ。ストライクが入らないから。それでいじけちゃって適当な投げ方になっちゃったりするので、そういうことも肩や肘を痛める原因になってると思うんですよね。

 なので学童野球に関しては、僕は日本独自のルールもあっていいと思ってるんですね。たとえばホームベースをボール1個分程度大きくするとか。そうすれば少々外れていてもストライクになるし、ピッチャーとしても若干でもストライクゾーンが広ければ、球数が少なくて済むと思うんですよ。打者のほうもインコースのさばき方とか、アウトコースのおっつけ方とかも学ぶでしょうし、そういうのもアリだと思うんですけどね。小学生でコントロールが良いなんてよっぽどレベルの高いピッチャーですし、バッターが打たないことには始まらないわけですから。ピッチャーの球数制限は大事ですけど、それだけでは底辺の拡大としては意味がないと思うんですよね。

後編に続く

フリーランスライター

静岡県出身。小学4年生の時にTVで観たヤクルト対巨人戦がきっかけで、ほとんど興味のなかった野球にハマり、翌年秋にワールドシリーズをTV観戦したのを機にメジャーリーグの虜に。大学卒業後、地方公務員、英会話講師などを経てフリーライターに転身した。07年からスポーツナビに不定期でMLBなどのコラムを寄稿。04~08年は『スカパーMLBライブ』、16~17年は『スポナビライブMLB』に出演した。著書に『燕軍戦記 スワローズ、14年ぶり優勝への軌跡』(カンゼン)。編集協力に『石川雅規のピッチングバイブル』(ベースボール・マガジン社)、『東京ヤクルトスワローズ語録集 燕之書』(セブン&アイ出版)。

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