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続・独断で選ぶヤクルト歴代外国人ドリームチーム~「記憶」に残る助っ人編

菊田康彦フリーランスライター
「SWALLOWS DREAM GAME」には林昌勇、ガイエルも出場(筆者撮影)

 いよいよ今日、7月11日に東京ヤクルトスワローズが行う「SWALLOWS DREAM GAME」。これにちなんで、これまでヤクルト球団に在籍した外国人選手で「ドリームチーム」を選ぶ企画の第2弾。今回はタイトルホルダーではなくとも、それぞれの時代を知るファンの記憶には確実に刻まれているであろう選手を集めた。

(名前の後ろのカッコ内はヤクルト球団在籍年度)

投手部門

先発:ジェイソン・ハッカミー(1999~2000年)

先発:リック・ガトームソン(2005~2006年)

先発:オーランド・ロマン(2012~2015年)

救援:林昌勇(2008~2012年)

 前回の「記録」に残る助っ人編と同じく、投手は先発3、救援1の計4人を選んだ。ヤクルトの外国人投手は、1990年代前半まではほとんどモノにならなかったのだが、前回取り上げたテリー・ブロスに続いて大きな戦力となったのが、サウスポーのハッカミー。来日1年目の1999年には、チーム最多の12勝をマークしている。俳優ブラッド・ピット似と言われたイケメンでもあった。

 ガトームソンは入団2年目の2006年に、交流戦初のノーヒットノーランを達成。石川雅規に「今まで一緒にプレーした外国人の中で一番性格が良い」と言わしめたロマンは、2015年のセ・リーグ優勝時はセットアッパーとして活躍したが、来日1年目の2012年には先発で9勝を挙げている。サイドからの快速球で絶対的な守護神として君臨した林昌勇(イム・チャンヨン)は救援投手として外せないため、ロマンを先発で選んだ。

内野手部門

一塁手:ボブ・ホーナー(1987年)

二塁手:レックス・ハドラー(1993年)

三塁手:ダグ・デシンセイ(1988年)

遊撃手:サム・パラーゾ(1980年)

 期せずして、内野手部門は1年でヤクルトを去った選手ばかりになった。バリバリのメジャーリーガーだったホーナーは、来日2試合で計4本塁打を放つなど「ホーナー旋風」を巻き起こした。守った試合数は三塁のほうが多かったが、サードは華麗なグラブさばきのデシンセイを優先したかったため、ホーナーをファーストに。デシンセイは成績こそパッとしなかったものの、開場したばかりの東京ドームで初アーチを放ち、史上初の2試合連続逆転サヨナラ本塁打も記録するなど、派手な活躍が目についた。

 セカンドには好守好打のボビー・マルカーノや、1991年にリーグ最多二塁打をマークしたジョニー・レイもいるが、ここはハドラーを選出。チームメイトにけしかけられてミミズを生きたまま食べたことから「ミミズ男」の異名を取ったハドラーだが、打順は下位ながら勝負強さを発揮した。歴代でも数少ない遊撃手には、攻守に堅実な働きで1980年代唯一のAクラス入りに貢献したパラーゾ。引退後は指導者に転身して、2005年の途中からはボルティモア・オリオールズの監督も務めた。

外野手部門

左翼手:ミッチ・デニング(2015年)

中堅手:マーク・ブロハード(1986~1987年)

右翼手:アーロン・ガイエル(2007~2011年)

 レフトに選んだのは、2012年に打率.300、21本塁打をマークしたラスティングス・ミレッジではなく、2015年シーズン途中にBCリーグから入団したデニング。推定年俸360万円という”格安”助っ人ながら、千葉ロッテマリーンズ戦で決勝満塁本塁打、読売ジャイアンツ戦では菅野智之から逆転2ランを放つなど、リーグ優勝に貢献した。センターのブロハードは、かのベーブ・ルースによく似た風貌で話題になった選手だが、印象に残っているのは1986年のシーズン終盤、広島東洋カープと優勝を争っていた巨人に引導を渡す形となった逆転ホームランだろう。

 ライトは本日のDREAM GAMEにも出場するカナダ出身のガイエル。来日1年目の2007年に35本塁打とパワーを発揮しただけでなく、打率は低くとも四死球の多さで高い出塁率を誇った。平凡な打球がしばしば相手のミスを誘発したことから、ファンの間では「時空を歪めている」と囁かれたことも。ヤクルト歴代の外国人でも屈指の好人物であり、筆者も先日、8年ぶりに言葉を交わしたが、以前とまったく変わらぬナイスガイだった。

捕手部門

捕手:ジェイミー・デントナ(2009~2010年)

「記録」に残る外国人編でも紹介したとおり、ヤクルトで捕手としてプレーした助っ人はいない。しかし、このデントナは本職は一塁手ながらマイナーリーグ時代に31試合でマスクをかぶっており、日本でも緊急時に備えて捕手の練習を行ったことがある。

 来日1年目の2009年には21本塁打をマークしたが、忘れられないのは同年のクライマックスシリーズ第1ステージ第1戦で放った逆転2ラン。ナゴヤドームの左中間上段に弾丸ライナーで運んだこの一発で、ヤクルトに記念すべきCS初勝利をもたらしている。

指名打者・監督部門

指名打者:ヘンスリー・ミューレン(1995~1996年)

監督:トレイ・ロブロ(2000年)

 各部門で言及した選手以外にも「攻撃的二番」のアダム・リグスや幻に終わった「メイクミルミル」のジョシュ・ホワイトセルなどもいる中で指名打者に据えたのは、1995年に29本塁打を放って「恐怖の八番」と呼ばれたミューレン。同年の日本シリーズ第3戦で、土壇場の9回裏に打った同点ホームランも印象深い。

 このミューレンは昨オフにはニューヨーク・ヤンキースの監督候補にも挙がったが、「記録」に残る助っ人編で取り上げたチャーリー・マニエルとラリー・パリッシュ、そして今回紹介したパラーゾは、メジャーリーグの監督を務めた経験がある。

 そして、現在も監督としてアリゾナ・ダイヤモンドバックスの指揮を執っているのが、2000年にヤクルトでプレーしたロブロだ。わずか29試合の出場に終わったものの「日本で多くのことを学んだ」といい、2016年にはナ・リーグ最優秀監督賞も受賞した彼に、この「記憶」に残る助っ人チームを率いてもらうことにしよう。読者の皆さんは、このメンバーでどんな打順を組むだろうか?

(選手名の表記はヤクルト在籍時の登録名に準拠)

独断で選ぶヤクルト歴代外国人ドリームチーム~「記録」に残る助っ人編

フリーランスライター

静岡県出身。小学4年生の時にTVで観たヤクルト対巨人戦がきっかけで、ほとんど興味のなかった野球にハマり、翌年秋にワールドシリーズをTV観戦したのを機にメジャーリーグの虜に。大学卒業後、地方公務員、英会話講師などを経てフリーライターに転身した。07年からスポーツナビに不定期でMLBなどのコラムを寄稿。04~08年は『スカパーMLBライブ』、16~17年は『スポナビライブMLB』に出演した。著書に『燕軍戦記 スワローズ、14年ぶり優勝への軌跡』(カンゼン)。編集協力に『石川雅規のピッチングバイブル』(ベースボール・マガジン社)、『東京ヤクルトスワローズ語録集 燕之書』(セブン&アイ出版)。

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