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WBCイスラエル代表で13年ぶりに東京ドームのマウンドに上がったメジャー124勝右腕

菊田康彦フリーランスライター
イスラエル代表として、WBC2次ラウンドのキューバ戦に先発したマーキー(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

3月12日に東京ドームで行われた2017年ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)2次ラウンド・プールE、イスラエル対キューバ戦。イスラエルの先発マウンドに上がった右投手は、13年前の11月にもその同じ場所に立っていた。投手の名はジェイソン・マーキー。メジャーリーグ15年間で通算124勝118敗、防御率4.61の実績を持つベテラン投手だ。

2004年日米野球で2試合に登板

1996年にアトランタ・ブレーブスからドラフト1巡目指名を受けたマーキーは、2000年にメジャーデビュー。トレードでセントルイス・カージナルスに移った2004年には初の2ケタとなる15勝(7敗)をマークし、チームの地区優勝に貢献した。プレーオフでも2試合に先発すると、ワールドシリーズではボストン・レッドソックスに王手をかけられて迎えた第4戦に先発したが、6回3失点で敗戦投手になっている(他に第2戦でも救援登板)。

MLBオールスターチームの一員として日本を訪れたのは、ワールドシリーズで敗れた直後のこと。当時26歳だったマーキーは、この大会で2試合に登板。東京ドームで行われた第3戦では、石井一久(当時ドジャース)に次ぐ2番手で投げたが、福浦和也(千葉ロッテ)、岩村明憲(当時ヤクルト)に適時打を浴びるなど1イニングで3安打、2失点を喫した(勝敗は付かず)。

ナゴヤドームで行われた第7戦では、またも先発・石井の後を受けて3回からロングリリーフ。2点リードの8回にピンチを招き、カージナルスの同僚だった左腕のレイ・キングにマウンドを託したものの、そのキングが代打・古田敦也(当時ヤクルト)にタイムリーを許し、5回2/3で失点1が記録されている(勝敗は付かず)。

メジャーで6年連続2ケタ勝利も

その後もメジャーでコンスタントに10勝以上を挙げたマーキーは、シカゴ・カブスへのFA移籍を経て、トレードでコロラド・ロッキーズに移った2009年まで、6年連続2ケタ勝利をマークした。だが、その後は故障もあって精彩を欠き、2015年にシンシナティ・レッズで9試合に先発して3勝4敗、防御率6.46の成績を残したのを最後に、現役を引退したとも伝えられていた。

ところが2017年WBC本大会を前に、イスラエル代表として予選への参加を打診され、現役復帰を決意。昨年9月に彼にとっての地元ニューヨーク、ブルックリンで行われた予選4組では、初戦と本大会出場決定戦(相手はともにイギリス)に先発して計7回を1失点に抑えた。

投手の大半がマイナーリーガーのイスラエル代表にあってはエース格として、WBC本大会の1次ラウンドでも2試合で計4回を投げて無失点。2次ラウンド初戦となるキューバ戦では6回途中まで投げ、今季から福岡ソフトバンクホークスに移籍したアルフレド・デスパイネのソロ本塁打による1失点のみに抑えている。

あの日米野球から長い年月を経て、ユニフォームこそカージナルスからイスラエル代表に変わったものの、当時と同じ背番号21で東京ドームのマウンドに上がったマーキー。しかし、12日のキューバ戦では69球を投げており、規定によりもう今大会で東京ドームのマウンドに立つことはない。

なお、マーキーの英語表記は「MARQUIS」であり、最後に「S」が付くことから2004年の日米野球では「マーキス」と表記されていたが、実際には「S」は発音しない。メジャーリーグの公式サイトでも発音は「mar-KEE」と紹介されており、今回のWBCでは「マーキー」のカタカナ表記が採用されている。

フリーランスライター

静岡県出身。小学4年生の時にTVで観たヤクルト対巨人戦がきっかけで、ほとんど興味のなかった野球にハマり、翌年秋にワールドシリーズをTV観戦したのを機にメジャーリーグの虜に。大学卒業後、地方公務員、英会話講師などを経てフリーライターに転身した。07年からスポーツナビに不定期でMLBなどのコラムを寄稿。04~08年は『スカパーMLBライブ』、16~17年は『スポナビライブMLB』に出演した。著書に『燕軍戦記 スワローズ、14年ぶり優勝への軌跡』(カンゼン)。編集協力に『石川雅規のピッチングバイブル』(ベースボール・マガジン社)、『東京ヤクルトスワローズ語録集 燕之書』(セブン&アイ出版)。

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