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来季導入が見送られてもロボット審判は時代の趨勢だと考えるべき確固たる理由

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
今シーズンのルール改正を含め様々な変革に取り組むマンフレッド・コミッショナー(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

【ロボット審判の来シーズン導入が見送りへ】

 現在ワールドシリーズ第3戦を観戦しながら、この記事を作成しているが、10月27日に行われた第1戦開始前に、ロブ・マンフレッド・コミッショナーが米メディアの取材に応じ、今後の方針についていろいろ発言しているのをご存知だろうか。

 つい最近日本のメディアが、2028年開催予定のロサンゼルス五輪で野球が正式種目に復活したことで、MLB選手の派遣についてマンフレッド・コミッショナーが懐疑的な発言をしたことを報じていたが、それもこの取材の場で発言した内容の1つだ。

 個人的にはMLB選手の五輪派遣は次期統一労働協約(いわゆるCBA)に盛り込まれるものであり、現行CBAが失効する2026年までMLBと選手会の間で本格的な協議が行われるとは考えられないため、それほど関心を寄せていなかった。

 それ以上に今回の取材対応で注目していたことは、マンフレッド・コミッショナーがロボット審判の来シーズンの導入を見送る方針を明らかにしたことだ。

【まだ運用上の問題を解決できていないMLB】

 ロボット審判に関する発言については、ESPNなど多くの米主要メディアが報じている。

 そうした報道によると、マンフレッド・コミッショナーは「我々が大きな変革を行ったことで、内部から様々な意見があると考えている。まずそうした混乱を鎮静すべきだ。またABSに関してもまだ運用上の問題を解決できていない部分がある」と話しているようだ。

 コミッショナーが話している「ABS」というのが日本で報じられているロボット審判のことで、正式名称の「Automated Ball/Strike System」の呼称として使われている。球場内に設置された最新トラッキングシステム「ホークアイ」を活用し、ストライク・ボール判定を行うというものだ。

 実はマンフレッド・コミッショナーは、今年7月に開催されたオールスター戦の定例会見でもロボット審判の来シーズン導入に懐疑的な意見を述べており、今シーズン開幕から試験導入されていた3Aで、シーズン後半も問題点が改善されることはなかったようだ。

【ロボット審判はMLBが取り組んできた主要課題の1つ】

 だがすでに確実に断言できることは、MLBは近い将来必ずロボット審判を導入することになるということだ。それは変えようのない時代の趨勢だからだ。

 前述のマンフレッド・コミッショナーの発言通り、今シーズンのMLBは大幅なルール改正を行った。ピッチクロックの導入や、牽制球とシフト守備の制限などだ。

 導入1年目とあって今も賛否の声が挙がっているのは確かだが、その一方でMLBがルール改正を発表した際に語っていた彼らの目的を、すべて達成していることも忘れてはいけないところだろう。

 平均試合時間は昨年の3時間5分から2時間38分に短縮することに成功するとともに、リーグ平均打率を昨シーズンの.243から.248に上げ、盗塁数も昨シーズンの2486から3503に急増させ試合内容の活性化を実現している。

 これらのルール改正をMLBは「ファン重視」と説明していたとおり、平均観客動員数も昨シーズンの2万5620人から2万7630人まで引き上げているのだ。

 そして忘れてはならないのが、今シーズン導入されたルール改正とロボット審判は2019年からMLBが改善に取り組んできた主要課題だということだ。

【今シーズンの退場処分が239回を記録したワケ】

 日本ではあまり報じられていないと思うが、すでにMLBはいつでもロボット審判を導入できる状態にある。というのも、導入に必要な前述のトラッキングシステムは2020年にMLB全30球場で設置が完了しているからだ。

 それによりMLBではあらゆるプレーを可視化できるように、すでに我々はMLBのデータ提供により、試合中でも打球速度、飛距離、打球角度などを瞬時に確認できる恩恵を受けられるようになった。

 それは現場も同じだ。最近のMLBの試合を観戦した経験がある人なら理解できると思うが、ベンチで打者が打席前後にタブレットでデータを確認する姿を目撃する光景が日常になった。それだけ彼らも常に最新データを入手できる状況にあるわけだ。

 それはストライク・ボール判定も含まれている。試合中でも主審のストライク・ボール判定の傾向を両チームはより正確に確認できるようになり、判定を巡って衝突する機会が増加傾向にあるようだ。

 MLBを中心とする判定などをデータ化している「クロース・コール・スポーツ」によれば、今シーズンの公式戦の退場宣告数は239回(うち監督108回、選手96回、コーチ34回)に上り、同サイトがデータを提供し始めた2011年シーズン以降で最多となっている。

 2番目に多かった217回を記録した2019年シーズンの同サイトによるサマリーによれば、217回中133回がストライク・ボール判定を巡るもので、前年比で40%増だとしており、ここ数年はストライク・ボール判定による主審との衝突が確実に増加していることを示している。

 また昨シーズン終了後に史上最多10人のMLB審判が引退しており、大量の若手審判が加わった今シーズンに退場宣告数が増えたとも考えられる。

【試験導入された3Aではロボット審判に肯定的反応も】

 マンフレッド・コミッショナーが明らかにしたとおり、まだロボット審判は運用上の問題が残されているとはいえ、MiLBでは肯定的な反応が現れているのも事実だ。

 まず前述したオールスター戦での定例会見で、マンフレッド・コミッショナーがロボット審判の運用方式の1つであるチャレンジシステムが好評であることを明らかにしている。

 今シーズン開幕から試験導入されていた3Aでは、毎週組まれている6試合を2つに分け、一方をすべての判定をロボット審判に委ね、もう一方を従来通り主審がストライク・ボール判定を行い、打者が誤審かどうかをチャレンジできる2方式を採用していた。この後者のチャレンジシステムが、チームやファンの間で好評だったようだ。

 簡単にチャレンジシステムについて説明すると、テニスで実施されているチャレンジシステムとほぼ同様で、両チームにストライク・ボール判定に計3回のチャレンジ権が与えられ、打席に立つ打者のみが行使することができる。チャレンジに成功すればチャレンジ権を奪われることなく、失敗すれば回数が減らされるというものだ。

 選手からチャレンジが宣告されると、球場内にボールがストライクゾーンを通過しているかどうかを示すアニメーション動画が映し出され、ファンも即座にチャレンジが成功したかどうかが確認できるのもテニスとまったく同様だ。

 またMiLB関係者から聞き及んだことだが、2つの方式のロボット審判を経験した3A審判が「自分のストライクゾーンを立体的に確認できる」と肯定的に捉える発言をしているようだ。

 今やロボット審判導入は、MLBが避けることができない道なのだ。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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