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不当契約、トレード直訴、TJ手術、代理人変更を経てようやく正当評価の場を掴み取った前田健太の意地

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
8年間の低年俸契約を終えようやくFAとして正当評価を受けられる前田健太投手(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

【オフシーズン開幕まで秒読み段階に突入】

 MLBの2023年シーズンはいよいよ大詰めを迎え、現地時間10月27日からスタートするワールドシリーズのみとなった。そしてそれは、2023年オフシーズン開幕が秒読み段階に入ったことを意味している。

 すでに日本人選手が所属するチームはすべてポストシーズンから姿を消している今、すでに日本のMLBファンの興味はオフシーズンに向いているのかもしれない。

 ちなみに今後のスケジュールについて簡単に触れておくと、ワールドシリーズ終了翌日からチーム間のトレードが解禁される他、MLB在籍日数が6年以上でなおかつ今シーズン一杯で契約が満了している選手は、すべて自動的にFAとなる。

 今更説明する必要はないと思うが、この中には大谷翔平選手と前田健太投手が含まれている。さらに国際FA選手扱いでMLB移籍を果たした藤浪晋太郎投手も、現時点で契約延長に合意していないので同じくFAになる見通しだ。

 彼らはFAになると同時にまず前所属チームとの契約交渉が解禁され、ワールドシリーズ終了5日後からすべてのチームとの交渉が可能になる。

【2012年に誕生したクォリファイングオファーとは?】

 また前所属チームはワールドシリーズ終了翌日から5日後までの間に、クォリファイングオファー(QO)有資格選手に対し同オファーを提示するかどうかを明らかにしなければならない。

 念のためQOについて説明しておくと、2期前(2012~2016年まで)の統一労働協約から盛り込まれたFA選手移籍に伴う補償制度だ。

 前所属チームは当該FA選手に対しQOを提示することができ、それを拒否して他チームに移籍した場合、前所属チームは翌年のドラフト指名権を得られる一方で、QO提示選手と契約した他チームはドラフト指名権を失うことになるというものだ(チームの年俸総額や合意した当該選手の契約総額により獲得もしくは損失ドラフト指名順位が変動していく)。

 QOは翌シーズンの1年契約に統一され、年俸額は当該シーズンの年俸額上位125選手の平均額と定められている。そして今年のQO額は史上初めて2000万ドルを突破し、2050万ドルに上ると見込まれている。

 ちなみにQOの資格があるFA選手は、過去にQOの提示をうけたことがなく、シーズンを通して同一チーム(傘下マイナーも含む)に在籍していた選手に限られている。つまり前述の日本人3選手の中でQO有資格選手は大谷選手と前田投手のみとなる。

【QO提示が微妙な状況にある前田投手】

 そしてQOを提示された選手たちがオファーを受諾する場合、11月14日までに回答しなければならない。

 エンジェルスのペリー・ミナシアンGMは会見の場で、大谷選手に対しQOを提示する考えを明らかにしており、確実にQOを受けることになりそうだが、前田投手に関しては微妙な状況にあると考えられている。

 6月に負傷者リスト(右上腕三頭筋負傷)から復帰して以降は安定した投球を披露し、一時は米メディアの間からツインズが前田投手に対しQOを提示する可能性を指摘する報道がなされたこともあった。

 だが8月下旬から失点されるケースが増え、9月下旬にはローテーションから外れ、ポストシーズンでもリリーフに回りシーズンを終えている。

【負傷者リストから復帰後は球威が手術前のレベルに】

 ただ負傷者リストから復帰して以降は、ローレーションを守りながら(1度だけ中6日で、後はすべて中4、5日)16試合に登板し、13試合で5イニング以上を投げ、そのうち6試合でクォリティスタート(6イニング以上+3失点以下)を記録している。

 またシーズン開幕直後は、全体的に球威不足が懸念されていたが、やはり負傷者リストから復帰してからは徐々に球威が上がっていき、最終的に4シームの平均球速は91.0mphを計測。トミージョン手術を受ける前の2021年シーズン(90.6mph)のレベルまで戻っている。

 残念ながらシーズン最後までローテーションに留まることができなかったが、トミージョン手術後もローテーションを任せられる先発投手であることは実証できたのではないだろうか。

【MLB移籍後初めて正当評価を受けられる最初で最後のオフ】

 ツインズからQOの提示を受ければ、オフシーズンの契約交渉はかなり有利に進むことになるだろう。だが提示がなかったとしても、前田投手がようやく正当評価を受けられるオフシーズンになることだけは間違いない。

 米メディアのFA予想を見ても、前田投手はベテラン先発右腕として、2~3年契約で平均年俸1000万ドル超えは手堅いとの意見が主流になっているようだ。

 現在ではマックス・シャーザー投手やジャスティン・バーランダー投手のように年俸4000万ドルを超える先発投手が現れ、今年のQO額が2000万ドルを突破したことを考えれば、1000万ドル超えは決して高額ではない。

 だがこの8年間厳しい契約内容に耐えてきた前田投手からすれば、年俸1000万ドル超えは正当評価の証といってもいい。

【年俸が1000万ドルを超えたのは2016年のみ】

 すでにご承知の方も多いと思うが、2016年にドジャースと合意に至った前田投手の契約内容は、右ヒジのイレギュラーを理由に契約総額は8年間で2500万ドル(契約金100万ドル+年俸2400万ドル)というものだった。

 先発試合数や投球イニング数によりパフォーマンス・ボーナスが支給されるインセンティブが含まれていたとはいえ、基本年俸は1年当たり312.5万ドルに止まり、選手会も不当契約ではないかと疑念の声を上げるほどだった。

 移籍1年目の2016年は32試合に先発登板するなど、計890万ドルのボーナスを受け取ることができたが、2017年以降はドジャースの起用法が変化し、シーズン後半になるとリリーフ投手に回すようになったため、ボーナス額は必然的に減っていった。

 先発登板の機会を求めトレードを直訴しツインズに移籍したものの、今度は新型コロナウィルスや自身のトミージョン手術が重なり、結局2016年シーズン以外年俸1000万ドルを超えることなく8年契約を終えている。

 つまり前田投手からすれば、インセンティブを含まず1000万ドル以上の年俸が保証される契約を結ぶことだけでも、これまでの努力が認められた証でもあるのだ。

 ちなみに前田投手がこの8年間でボーナスを含め獲得した年俸総額は、およそ5035万ドルだ。一方このオフシーズンにツインズからQO提示が確実視されされ、初のFAとなるソニー・グレイ投手は3年間の最低年俸と3年間の年俸調停を経ながら、在籍6年間で前田投手を上回る総額およそ6232万ドルを得ている。

 前田投手の契約がどれだけ厳しいものだったか、改めて理解できるだろう(年俸額等のデータは「Baseball Reference」から引用)。

【昨年代理人契約を結んだボラス氏の辣腕に期待】

 前田投手自身も、今年のオフシーズンに賭ける思いは相当に強かったようだ。それを裏づける理由の1つが、2016年からワッサーマン・メディア・グループのアダム・カッツ氏と代理人契約を結んでいたが、昨年MLB屈指の辣腕代理人として有名なスコット・ボラス氏に代理人を変更していることだ。

 もし仮に今シーズンの前田投手が、開幕序盤のような投球を最後まで続けていたとしたら、メジャー契約どころかMLBに残ることも難しくなっていただろう。

 前述のような評価を米メディアから受けられオフシーズンを迎えられたのは、8年間厳しい契約に耐えてきた前田投手の意地だったのかもしれない。

 果たしてボラス氏は、前田投手にどんなオファーをもたらしてくれるのだろうか。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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