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日本人4投手の中で最も高い被打率でも菊池雄星が好投を演じ続けられる理由

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
シーズン開幕から無傷の5連勝を飾った菊池雄星投手(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

【シーズン開幕から快進撃を続ける菊池投手】

 ブルージェイズの菊池雄星投手がシーズン開幕から素晴らしい投球を披露し続けている。

 すでに日本でも報じられているように、現地時間5月7日に実施されたパイレーツ戦に今シーズン7度目の登板に臨み、7回途中まで投げ4安打無失点の好投を演じ、チームの勝利に貢献するとともに自身も無傷の5連勝を飾っている。

 今シーズンの菊池投手は先発5番手としてローテーションを回っているが、全5投手が7試合を登板した中で投球回数(37.2イニング)こそ4番目ながら、勝利数と防御率(3.35)はチームトップの成績を残している。

 昨シーズンは不振を理由にシーズン途中で先発ローテーションを外された菊池投手だが、ここまでエース級の活躍を続けていることに、地元メディアからも称賛の声が鳴り止まない状況だ。

【今シーズンの成功を握るBB率と得点圏被打率】

 それでは今シーズンの菊池投手はなぜ、周囲を驚かせるような投球を続けられているのだろうか。

 地元メディアはスプリングトレーニング中から「髭を生やしたキクチは別人になった」と冗談めかして外見上の変化を報じたりもしていたが、投球自体にも何らかの変化が見られなければ、現在のような投球を続けるのは不可能だ。

 そこで今回は選手個々の各種データを報告しているMLB公式サイト「savant」を活用しながら、菊池投手の変化を考えてみたいと思う。

 同サイトに掲載されているデータを比較してみると、昨シーズンまでの菊池投手と大きく変化しているのが、BB率と得点圏被打率だった。

【MLB下位グループから上位グループに躍進したBB率】

 昨シーズンまでの菊池投手の印象は、制球力が定まらず不用意に四球を与えどんどん球数を増やしてしまい、早いイニングで降板を余儀なくされるというのがいわゆる共通認識ではなかっただろうか。

 それを裏づけるように、各シーズンのBB率を見てみても2019年6.9%、2020年10.3%、2021年9.3%、2022年12.8%と、2019年以外はかなり悪い数値を記録している。特に昨シーズンに関してはMLB下位3%に含まれるほどだった。

 ところが今シーズンのBB%は5.2%まで改善しており、MLB全体でも上位20%のグループに入っている。詳細は後述するのが、現在MLBで先発投手を務めている日本人4投手の中でもダントツの好成績だ。

 さらにBB率以上にとんでもない変化を見せているのが、得点圏における絶対的な安定感だ。以下に掲載しているシーズン別得点圏成績を見れば一目瞭然だと思うが、得点圏に走者を置いた場面では圧巻の投球内容を誇っているのだ。

(筆者作成)
(筆者作成)

【投球の核であるフォーシームの被打率は3割超え】

 だからと言って今シーズンの菊池投手は、すべてのデータが改善されているわけではない。

 例えば平均打球速度92.2m/hは過去4シーズンと比較して最も高いし、これはMLB全体の下位8%に属している。またハードヒット率46.8%も、MLB下位グループの中に入っていた2021年、2022年に近い数値を記録している。

 さらに菊池投手の投球の核をなすフォーシームは相手打者にかなり攻略されている状況で、球種別データを見るとフォーシームの被打率は.339となっている。

 投球全体の被打率も.257を記録しており、2019年の.295を除けば最も高い数値だ。

 ちなみにダルビッシュ有投手、大谷翔平選手、千賀滉大投手と比較しても、被打率は菊池投手が最も高いのが分かる。それでも彼らと変わらない防御率を残せているのも、得点圏での圧倒的な安定感と4人の中で一番のBB率の良さだと考えても良いのではないか(下記表参照)。

(筆者作成)
(筆者作成)

【投球の質にも見られる大きな変化とは】

 ここに示したデータだけでは、なぜ菊池投手が得点圏で素晴らしい投球をできるようになったのかを読み解くのは難しい。

 ただ菊池投手のデータをさらにチェックしていくと、彼の投球の質にも大きな変化が起こっていることが確認できる。

 まず1つ目が変化球の高速化だ。菊池投手は主にスライダーとチェンジアップの2種類を使用しているが、この2球種ともに平均球速が上がっているのだ。特にスライダーの平均球速は著しく変化している。

 今シーズンのスライダーの平均球速は89.2m/hで、チェンジアップが89.1m/hと、ほとんど似たような球速になっている。

 ところが昨シーズンまでの平均球速を見ると、スライダーが82.5~86.5m/h、チェンジアップが84.5~87.0m/hと平均球速は明らかに低く、また2球種の平均球速にもバラツキがあった。

 これだけ球速に変化がでてくるようになれば、間違いなく変化の質も変わってくるだろう。

【フライ打球が大幅に増加している今シーズン】

 このような投球の質が影響しているのか定かではないが、打たれる打球も大きな変化が起こっている。

 過去4シーズンはゴロ打球が44.5~52.8%、フライ打球が16.5~24.0%、ライナー打球が25.1~26.8%で推移していたのだが、今シーズンはゴロ打球38.7%、フライ打球32.4%、ライナー打球22.5%と、明らかにフライ打球が大幅に増えている。

 今後も投球を重ねていくことで、菊池投手の投球データも日々変化していくことになる。だが日々のデータを調べたくなるほど、現在の菊池投手の投球が魅力的なものであることは間違いない。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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