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亡命選手が代表入りできるようになってもキューバ代表がWBCで最強チームを作れそうにない裏事情

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
WS制覇に貢献したヨルダン・アルバレス選手のキューバからの亡命選手の1人だ(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

【MLB在籍の亡命選手のキューバ代表入りが可能に】

 ダルビッシュ有投手、大谷翔平選手、鈴木誠也選手のMLB組3人が次々に栗山英樹監督率いる侍ジャパン入りを表明したことで、来年3月に実施される第5回ワールドベースボールクラシック(以下、WBC)の注目がさらに高まっているのではないだろうか。

 一方で他国の代表チームも、WBCに対する本気度が確実に上がってきている。特に連覇を目指す米国代表チームは、今年7月にマイク・トラウト選手をチームキャプテンに指名するなど、例年とは比較にならない早いペースで準備を進め、史上最強といわれる布陣を備えている。

 そんな中AP通信がキューバの首都ハバナ発信で、米国政府がMLBに在籍しているキューバ出身亡命選手たちに対し、キューバ代表としてWBCに出場することを許可したと報じたのだ。

 これまでMLBでプレーするためキューバから亡命した選手たちは、キューバ代表入りすることができなかったが、今回の決定によりキューバ代表は大幅な戦力アップが可能になった。

【かつての世界最強国も人材流出で世界ランキング9位に】

 かつてのキューバは世界最強国として、オリンピックをはじめ数々の国際大会を総なめにしてきた。2006年に初めて開催された第1回WBCも決勝に進出し、侍ジャパンと初代王者の座を争う強豪国だった。

 だが1990年代にリバン・ヘルナンデス投手やレイ・オルドネス選手らの亡命選手たちがMLBで活躍するようになると、2000年代以降は亡命選手がさらに増えていき、代表チームの主力選手のみならず若手有望選手たちまでキューバを離れてしまい、チーム力は下がり世界最強の座を維持できなくなっていった

 WBCでは第2回以降は一度もベスト4入りできていないし、野球競技が復活した東京五輪では本戦出場すら逃している。WBSCが発表した2022年1月時点の世界ランキングでも、9位まで下降している。

【キューバ野球連盟も米構成府の決定を歓迎するが…】

 AP通信の記事によれば、今回の決定に対し代表チームを統括するキューバ野球連盟(以下、FCB)のフアン・レイナルド・ペレス・パルド会長は「前向きなステップだ」と歓迎すする一方で、「米国政府によって認可された詳細を得た上で、具体的なWBCの登録ロースターが見えてくるだろう」とやや慎重な姿勢を見せている。

 どうやらFCBはこれまでの方針を変更し、11月の時点で亡命選手数名にWBC出場を打診していたようだが上手く進まず、バイデン政権を批難する声明を発表している。それが今回の決定により、すべての亡命選手たちを招集することが可能になったわけだ。

 これで強豪キューバが復活するかといえば、ペレス・パルド会長の発言ではないがそれほど単純ではなさそうだ。

【キューバ代表にかなり不利になったグループ分け】

 というのも第3回以降、第1次ラウンドのグループ分けがキューバ代表にとって不利なものになってしまい、さらにはMLB在籍の亡命選手たちの参加にも障害になろうとしているからだ。

 WBCの開催様式は第1回から変わっておらず、4グループに分かれた第1次ラウンド、2グループに分かれた第2次ラウンド、そして2つのラウンドを勝ち上がった4チームによる決勝トーナメントという3ラウンド制を採用している。

 だが第2回までは第1次ラウンドの4グループのうち3グループを米国内及びメキシコ、プエルトリコで実施していたのだが、第3回以降は2グループを日本及び台湾(もしくは韓国)で実施するようになり、キューバ代表はなぜかアジアで実施されるグループに振り分けられているのだ。そして来年の第5回においても、台湾で実施されるグループAに組み込まれている。

 時差のないキューバの近隣諸国で第1次ラウンドを戦ってきた第2回までとは違い、わざわざ太平洋を越えてアジアまでやって来て戦うのは、選手のコンディションや準備等、様々な面でキューバ代表に大きなハンディとなる。

 大会終了後にシーズン開幕の準備に戻ることになる亡命選手にとっては(キューバ国内選手はすでにシーズンが終了)、太平洋の往復は身体的負担も大きく、さらに時間のロスにもなってしまう。そんな状況の中で、喜んでキューバ代表でプレーしたい選手がどれほど存在するのだろうか。

【第1次ラウンドをアジア2ヶ国で実施する意味】

 そもそもこれまでWBCに出場してきたアジアの国は、日本を含め台湾、韓国、中国の4チームしか存在しない。そして第2回まではこの4チームで第1次ラウンドを戦ってきた。

 だが不幸なことに日本、台湾、韓国の3チームは常に世界ランキング上位に入る強豪国であり、現在も前述のWBSCのランキングでは上位3位を独占している状況だ。

 この3ヶ国を何とか分散させようとした措置が、第1次ラウンドの2グループをアジア開催にしたというわけだ。

 しかも日本のみならず、台湾、韓国ともにWBCへの関心が高く、第4回までプエルトリコ、メキシコを現場取材してきた経験上、メキシコやプエルトリコで開催するより興行的にも盛り上がりを見せているからだと考えられる。その辺りは主催者であるMLBと選手会の思惑もあるだろう。

 だからと言って、ほぼMLB選手だけで構成される米国代表、ドミニカ代表、ベネズエラ代表、プエルトリコ代表、メキシコ代表、カナダ代表などをアジアのグループに回すことができない。

 そうした実害が少なくアジアのグループに回せたのが、亡命選手たちが参加できなかったキューバ代表であり、NPBで活躍する選手も加わっていたオランダ代表などだったのだろう。

 今後亡命選手たちがキューバ代表として気軽にプレーできるようになるためにも、第6回以降のグループ分けは検討されるべきだろう。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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