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念願の五輪金メダルを獲得した今だからこそ侍ジャパンの意義と趣旨を考え直すべきだ

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
侍ジャパンを念願の金メダルに導いた稲葉篤紀監督(写真:アフロスポーツ)

【5戦全勝で念願の金メダルを獲得した侍ジャパン】

 国内に賛否両論が渦巻く中で開幕した東京五輪だったが、大きな混乱もなく全日程を終了し、8月8日に無事閉幕した。

 日本のみならず世界各地でインドを起源するデルタ株が猛威を振るう中、参加アスリートの中に陽性反応者が出て出場できなかったケースもあったとはいえ、世界最大のスポーツイベントが無事に開催できたことは本当に喜ばしいことだ。

 開催中は我々に感動の毎日を与えてくれた日本人のみならず世界中のアスリートに感謝するとともに、大会を支えてくれたボランティアを始めとする関係者の献身的な努力に心から賛辞を贈りたい。

 また日本代表は、金27・銀14・銅17と史上最多のメダルラッシュに沸き、コロナ禍で自粛ムードが続く国内に活力を与えてくれた。

 2008年の北京五輪以来に競技として復活した侍ジャパン(野球日本代表)もその1つで、参加6チームで唯一5戦全勝を貫き、正式種目となった1988年のソウル五輪以来、初めての金メダルを獲得することに成功している。

【侍ジャパン常設化でチーム強化に着手】

 だからと言って侍ジャパンを取り巻く環境が、東京五輪になって大きく変化したわけではない。

 IBAF(現WBSC)が1998年から国際大会へのプロ選手出場を容認して以降、2000年のシドニー五輪以降から侍ジャパン(ただ当時は侍ジャパンという名称はなかった)はプロ選手で構成されてきた(シドニーはアマチュア選手との混合)。

 その一方でMLBは、シーズン中の選手を五輪に派遣することを拒絶し続けており、今回も従来通り、米国代表チームを筆頭に多くの代表チームが元メジャーリーガーやマイナーリーグ選手のチーム構成で五輪に臨むしかなかった。

 米メディアによれば、メジャーリーガーのみならず有望マイナーリーグ選手に関しても、MLB各チームは五輪派遣対象から排除していたようで、さらに各国代表のチーム編成を苦しめていたようだ。

 それでも過去の五輪では金メダルが獲れなかったのに、東京五輪で悲願の金メダルを獲得したのだ。その差は何かと考えれば、やはり2013年から始まった侍ジャパンの常設化ではないだろうか。

【参加国の中で最も結束力が高かった侍ジャパン】

 2017年7月に常設化後の侍ジャパン2代目監督に就任した稲葉篤紀氏は、復活した東京五輪での金メダルを目標に船出をした。

 そしてコーチ陣も固定し、毎年オフに実施された日米野球やプレミア12などに参戦し、チーム強化に着手。今回侍ジャパンに選出された選手たちも、2019年のプレミア12で優勝を果たしたメンバーを土台にしたものだった。

 結局コロナ禍の影響で東京五輪が1年延長される中、それに伴い稲葉監督の任期は1年延期され、選手とコーチ陣の信頼関係が醸成された中で東京五輪に臨むことができた。

 ドミニカ代表戦や米国代表戦では薄氷を踏むような勝利だったとはいえ、前述通り5戦全勝で金メダルを獲得できたのは、参加チームの中で最も高いチーム力を誇っていたからに他ならない。

【メディアが報じるように「五輪金メダル=世界一」なのか?】

 すでに各所で報じられているように、東京五輪での金メダルという目標を達成した稲葉監督は、このまま勇退することになるようだ。もちろん就任当初からの目標だったので当然なのかもしれない。

 ただどうしても疑問に残ってしまうのが、2013年にプロ・アマを結集するとともに各世代をカテゴリー化し、侍ジャパンを常設化した際の目標は、東京五輪での金メダル獲得ではなかったはずだ。

 侍ジャパンの常設化に伴い、その支援母体としてNPBエンタープライズが2014年11月に設立されたが、同組織の社長を兼任することになった熊崎勝彦NPBコミッショナー(当時)は、「最終的な目標は各カテゴリーでの世界一」と公言していたのをご記憶だろう。

 確かに今回の金メダル獲得で、複数の主要スポーツメディアは、「世界一」という見出しを使用している。だが今更説明するまでもなく、現在においては「五輪金メダル=世界一」は通用しないだろう。

【本来掲げていた世界一はWBC優勝】

 元々野球が五輪で正式種目になってからは、いくらMLBが選手派遣に反対していたとしても、その他にプロ選手が参加するような国際大会は存在しておらず、確かに五輪が世界一を決める大会だと認識されていたように思う。

 だが2006年にMLBと選手会の共催でWBCを初めて実施され、メジャーリーガーが参加する国際大会が誕生したことで、五輪の価値は明らかに変化していった。

 また2014年に侍ジャパンが常設化された当時、すでに野球は五輪の正式種目から外れており、すでに国際大会はWBCしか存在していなかった。つまり熊崎コミッショナーが公言した世界一という目標は、WBC優勝に他ならない。

 それを裏づけるように、常設化された侍ジャパンで初代監督に就任していた小久保裕紀氏は、「トップチームを率いる私は、2017年のWBCの世界一奪還に向けて強いチームへ育てることに取り組む所存です」と話してもいるのだ。

【次回WBCまでの準備期間は長くない】

 つまり「東京五輪での金メダル」を目標に掲げた稲葉氏の監督就任で、侍ジャパン常設化の本来の趣旨がぼかされてしまったように思う。

 もし昨年新型コロナウイルスが発生することなく、予定通り東京五輪が実施されたとして、稲葉監督が五輪終了後に予定通り退任していたとしよう。そうなれば2021年3月に実施予定だったWBC(こちらもコロナ禍で中止が決定)に備え、また監督の人選作業から始めなければならないという事態を招いていたかもしれないのだ。

 これでは侍ジャパンを常設化した意義が完全に損なわれていたはずだ。

 運良くWBCの次回開催は、早くても2023年以降になる。WBC開催はMLBと選手会の間で今年11月までに合意が期待される新統一労働協約(いわゆるCBA)に委ねられており、2022年オフでないと各地域の予選が実施できないからだ。

 とりあえず新たに就任する監督は、少なくとも2年間の準備期間が与えられている。だがコロナ禍の影響で、オフに強化試合を実施するのも難しい状況にあり、稲葉監督のようにチームを強化していくのは、決して簡単なことではないだろう。

 だからと言って監督選任作業が遅れれば、それだけ代表活動が遅れることを意味する。遅くとも今シーズンが終了する前に監督を決定し、オフから代表活動が実施できる状態を整えるべきだ。

 今後2028年のロサンゼルス五輪や2032年のブリスベン五輪で野球が再び復活する可能性が残されているとはいえ、やはり侍ジャパン監督は、あくまでWBC優勝を目指す人物に任せるべきではないだろうか。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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