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2年ぶり復帰のベテラン投手が早くも戦線離脱! トミージョン手術の光と影

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
レンジャーズから故障者リスト入りが発表されたエディンソン・ボルケス投手(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

【2度目のトミージョン手術から復帰したばかりで戦線離脱】

 レンジャーズは現地5日、エディンソン・ボルケス投手を10日間の故障者リスト(IL)入りしたことを発表した。同投手は4日のエンゼルス戦で今シーズン2度目の登板に臨んだものの、右ひじに異常が生じたため、4回途中で降板していた。チーム発表によれば、単身本拠地レキサスに戻りチーム医師の診断を受ける予定だ。

 MLB公式サイトが報じたところによれば、ボルケス投手は登板中に突如球速が落ち始めたため、異常を察したクリス・ウッドワード監督が本人に相談することなく降板を決めたという。

【最悪の場合はこのまま現役引退を示唆】

 これはウッドワード監督がボルケス投手の経歴を考慮したための判断だった。というのも、同投手は2017年シーズン途中で右ひじ側副靭帯損傷でトミージョン手術を受け、シーズン終了後に在籍していたマーリンズを解雇された後、レンジャーズと2年間のマイナー契約を結び、昨シーズンはリハビリを続け、今シーズンの復帰を目指してきた。

 しかもボルケス投手にとってトミージョン手術は2回目だっただけに、彼は右ひじに爆弾を抱えているようなもの。異常に気づいたウッドワード監督が緊急降板させるのは何の不思議もなかった。

 まだチーム医師の診断を受けていないので右ひじの状態は定かではないが、仮に3度目のトミージョン手術が必要なことになった場合、ボルケス投手は以下のように話し、現役引退を示唆している。

 「引退するだろう、それは確かだ。もし何か悪いことが起きたなら、もうやるつもりはない。自分の年齢(35歳)を考えれば、また手術を受けるのは決していいとは思わない。家に戻り、娘の成長を見守る。野球から必要なものはすべて得たと思っている」

【トミージョン手術は決して万能ではない】

 今や米国、いや世界中の野球界で、トミージョン手術はひじの側副靭帯再建の最も有効的な治療法として確立している。トミージョン手術が一般化されるまでは、側副靭帯を損傷すれば負傷前の投球に戻るのは不可能であり、最悪の場合は引退せざるを得なかった。しかし現在ではトミージョン手術自体の技術も向上し、復帰率はほぼ100%に近づいている(ある医学論文によればトミージョン手術をうけたMLB179投手中、術後にマイナーを含め実践復帰できたのは174人)。

 だがその一方で、トミージョン手術は決して万能ではない。ボルケス投手のように2度のトミージョン手術を受けている投手がいるし、中にはジョニー・ベンタース投手(ブレーブス)のように3度のトミージョン手術を受けながらも投げ続けている投手がいる。トミージョン手術を一度受ければ、すべてが手術前の状態に戻れるというわけではないのだ。

【復帰後の大谷翔平も常にリスクが付きまとう】

 MLB公式サイトが公開しているトミージョン手術に関する特設ページによれば、1999年から2011年の追跡調査で、この期間中にトミージョン手術を受けた投手のうち、再びひじの手術(トミージョン手術以外も含む)を受けているのは全体の19%に達し、また肩の手術を受けている投手は25%も存在する。

 こうしたリスクは、もうすぐ打者として復帰する大谷翔平選手も除外されることはない。むしろ医学論文によれば、球速が速い投手ほど、トミージョン手術を受ける確率は高まるという調査結果があるほどだ。打者として大きな影響はないとはいえ、今シーズン続けられる投手としてのリハビリも含め来シーズンからに本格復帰してからも、常にリスクと隣り合わせだということだ。

 残念ながらダルビッシュ有投手も2015年にトミージョン手術を受けて以降、昨シーズンも右ひじのクリーニング手術を受けるなど、まだ“完全復帰”とまでいえない状態が続いている。

 MLBではパワーとスピード化が一気に進み、たった20年前ですら予想もつかなかった速球投手や長距離打者が次々に登場している。だがそれは裏を返せば、ファンを興奮させるパフォーマンスを生み出すため選手たちに相当の負担をかけていることを意味するものなのだ。

 選手にとって、より過酷な時代になってしまったといえないだろうか。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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