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大谷翔平は二刀流に別れを告げる時が来たのか?

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
右ひじに新たな損傷が見つかったその日に4安打&2本塁打の活躍をみせた大谷翔平選手(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 エンゼルスは現地5日、レンジャーズ戦前にリリースを配布し、大谷翔平選手が同日に右ひじのMRI検査を受けた結果、内側側副靱帯に新たな損傷が発見され、最善の治療法が靱帯再建手術(いわゆるトミージョン手術)になることを明らかにした。内側側副靱帯損傷を克服し、9月2日に投手として復帰を果たしてからわずか3日後のことだった。

 まず冒頭で確認しておきたいのは、今回の大谷選手の再負傷は“偶然”というよりも“必然”ではなかったのかという点だ。すでに復帰登板前に公開した有料記事で指摘していたことだが、エンゼルスが採用した復帰プランはあまりにリスクが大きすぎた。故障者リスト(DL)入りした投手が復帰していく上での手順は通常、キャッチボール→ブルペン→打撃投手→模擬試合を経て、最大1ヶ月間のマイナーリーグでのリハビリ登板を終えてから復帰となる。しかし大谷選手の場合リハビリ登板をまったく行わず、模擬試合で最大50球を投げただけで復帰させてしまったのだ。

 当たり前のことだが、模擬試合と公式戦ではメンタル面で気持ちの入り方が全然違う。公式戦登板もなれば投球の強度も自然に上がってくるものだし、靱帯への負荷も相当だ。リハビリ登板を経ながら徐々に靱帯に負荷をかけていく手順を踏まずに、約3ヶ月ぶりに最大限の負荷をかけてしまったのだから、靱帯が悲鳴をあげても仕方がないだろう。

 ただ大谷投手の場合、通常のDL投手とは違っていたのは事実だ。すでにDLから外れ打者として復帰していたので、リハビリ登板そのものができない。マイナーで実戦登板させるにはもう一度DLに入れるか、マイナーに降格させるしかなかった。しかも9月はマイナーリーグのシーズンが終了してしまい(ちなみに9月1日はギリギリシーズン中だった)、リハビリ登板させる場所もないという面があった。

 だが2014年シーズンに田中将大投手が内足側副靱帯損傷から復帰を目指していた際、ヤンキースはマイナーリーグが終了していたにもかかわらずキャンプ施設で教育リーグに備えてキャンプを行っているマイナー選手相手に紅白戦を実施し、しっかり5回を投げさせる機会を与えてから復帰させている。もし大谷選手も同様にマイナー選手相手の紅白戦に登板させるのであれば、マイナー降格もDL入りの必要もなく実施できていたはずだ。

 ビリー・エプラーGMは今回の投手復帰に関し「右ひじは完全に治癒している。メディカルスタッフの許可が下りたから復帰させる」と反論していたが、リリースに合わせ電話会見に応じた同GMは「強い球を投げれば、もちろん靱帯に負荷がかかるし、リスクもある」と説明しているのだ。それならなぜ160キロを超える球を投げる大谷選手に無理をさせる必要があったのか。むしろ3ヶ月近く実戦から遠ざかっているからこそ、十分な配慮が必要だったのではないか。

 今更エンゼルスの方針に疑問を投げたところで、大谷選手の右ひじは元に戻らない。あとは現地10日のエプラーGMとの話し合いでどんな決断を下すのか、大谷選手の決断を待つしかない。とりあえず同GMは「彼は我々が二刀流で起用してくれることを信頼してくれた。それが我々が結んだ約束だ」と話しており、大谷選手が望む限り二刀流で起用し続ける方針を示している。

 『日刊スポーツ』が報じたところでは、大谷選手はケガで戦線離脱する期間を「すごく無駄な時間」と捉えているようだ。もしトミージョン手術を受けることになれば、打者として来シーズン終盤には復帰できる可能性はあっても、投手として1シーズンを棒に振るという“無駄”を覚悟しなければならない。

 その一方で手術を回避すれば、前回と同じPRP注射および幹細胞注射の治療法で対処することになり、右ひじへの不安は常につきまといシーズンを通して投げ続ける可能性は極めて低くなる(実際同じ療法から復帰を目指した同僚のアンドリュー・ヒーニー投手、ギャレット・リチャーズ投手ともに最終的にトミージョン手術を受けている)。また戦線離脱が続けば必然的に打者としての出場機会も減ってしまい、二刀流としてどっちつかずの状態になってしまう。

 元々MLBでの大谷選手の評価は投手としての類い稀な才能であって、打者としての才能はおまけ程度に考えられていた。しかしここに来て打者の評価は急上昇しており、すでにエンゼルスで必要不可欠な主軸打者に君臨している。この日のレンジャーズ戦でも4安打&2本塁打の活躍で、あっさり日本人メジャー野手の新人本塁打記録に並んでしまった。しかも今シーズン1試合2本塁打&1盗塁を2度も記録したのは大谷選手しかいないのだ。もうMLBでも十分に存在感のある強打者といっていいだろう。

 もうすでに大谷選手が野球の神様から天賦の才を授かっていることを疑うものはいない。1シーズンに投手として50イニング以上投げ15本塁打以上を記録したのは1919年のベーブ・ルース選手(113.1ニング/29本塁打)以来のことだ。現時点で二刀流としてベーブ・ルース選手と並び称される存在になったのだ。ちなみにルース選手は24才で迎えた1919年シーズンを最後に本格的な二刀流を止め、翌シーズンから打者に専念している。

 手術を回避してこのまま打者に専念すれば、“無駄な時間”を過ごす必要は無くなる。また右ひじの状態が良くなり、周辺部の筋力を向上させれば、手術をしなくても野手として送球する程度なら投げることも可能になるはずだ。そうなれば強肩とスピードを生かした最高の外野手になれるはずだし、大谷選手が望むようにほぼ毎試合のように出場することも可能になる。

 元々野球人生を通して二刀流を続けていくことは不可能に近い。遅かれ早かれどこかで必ず決断の時が訪れていたはずだ。その機会を野球の神様が与えてくれたのではないだろうか。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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