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“変則”二刀流のリック・アンキールが投手として現役復帰を表明

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
6年ぶりのMLB復帰を目指そうとしているリック・アンキール選手(写真:ロイター/アフロ)

 今年はベーブ・ルース選手以来の二刀流選手として、シーズン開幕から大谷翔平選手が脚光を浴び続けているが、実は5年前まで“変則版”ながら立派な二刀流選手が存在していた。

 リック・アンキール選手をご記憶だろうか。わずか19歳で期待の先発左腕としてMLB昇格を果たしたものの、突如イップスに陥り本人の意思で投手続行を断念し打者転向へ。その後打者としての才能を開花させMLB再昇格を果たし、2013年まで野手としてMLBに在籍していた選手だ。現在も投手転向、打者転向を目指す選手は少なくないが、それぞれ別々にMLB昇格を果たし、ある程度の成績を残した選手は数少ない。

 そんなアンキール選手が再びMLB復帰を目指しているようだ。MLB公式サイトが報じたところでは、彼が解説者を務める『FOXスポーツ・ミッドウェスト』の番組上で、今度はリリーフ投手として来シーズンに復帰したい意向を明らかにしたという。記事にはその模様の動画も添付されている。

 きっかけはケンタッキー州で大学生選手中心に行われていた『Bluegrass World Series』という大会に出場したことのようだ。同大会にはアンキール選手の他に、チッパー・ジョーンズ選手、ニック・スウィッシャー選手、JD・ドリュー選手など数多くの元MLB選手らも参加しており、彼らの要請もありアンキール選手は打者だけでなく久々に投手としてマウンドに上がり、打者1人と対戦し三振を奪った。

 またアンキール氏によると、試合に登板する前からここ2ヶ月間は週1回のペースでキャッチボールを続けており、その中で本人の中にも徐々に現役復帰の意欲が芽生え始めていたようだ。

 元々アンキール選手は19歳にMLB初昇格した当時、将来を嘱望されていた投手だった。150キロを超える真っ直ぐと大きく曲がるカーブを武器に、翌年の2000年シーズンから先発ローテーションに加わり、31試合(1試合はリリーフ)に登板し、11勝7敗、防御率3.50を残し、惜しくも新人賞は逃したが投票で2位に入るなど、誰もが将来のエース候補として疑うことはなかった。

 しかしその年のポストシーズンで、突如として投手としてのサクセスストーリーが瓦解してしまった。ブレーブスとの地区シリーズに先発すると、まったく制球が定まらず5暴投を含む4安打、6四球、4失点で3回途中降板すると、続くメッツとのリーグ優勝決定シリーズでも2試合に登板し、わずか1.1イニングで4暴投、5四球を記録し、完全なるイップス状態に陥ってしまったのだ。

 翌01年も制球力を失ったままの状態が続き、わずか6試合に登板しただけでマイナーに降格。さらに02年は制球力を乱し続けたことでフォームも安定しなかったことが影響したためか、左ヒジを痛めそのままトミージョン手術を受け長期離脱を余儀なくされた。手術後何とか04年にMLB再昇格を果たしリリーフとして5試合に登板することができたが、すっかりデビュー当時の輝きを失っていた。そして05年のキャンプ中に再びイップスの徴候が現れたこともあり、チームの反対を押し切って打者転向を発表するに至った。

 こうした経緯を考えると投手として復帰するのはやや難しそうに思えるが、アンキール選手本人はしっかり手応えを感じているようだ。

 「周囲の反応を確認したら、誰1人として反対するものはいなかった。ゼロだ。子供たちが自分のスプレーする姿を見たがっている。個人的にもいい状態にいると思っている。(暴投で)ボールがバックネットにいってしまうんじゃないかなんて気にならなかったし、今もまったく気にしていない。最近の試合を観ていても、また徐々に自分のような大きなカーブと浮き上がる真っ直ぐを投げるスタイルが受け入れられ始めているようだ。左のリリーバーとしてカムバックし、自分の本に新たな1章を加えられるんじゃないかと感じている」

 記事の内容や本人のコメントだけでは、現在のアンキール選手はどれだけ制球力が安定し、どれ程の球速を計測しているのかも判明しておらず、現時点で彼に投げる機会を与えてくれるチームが現れるのかどうかは皆目見当がつかない。ただ39歳の彼が現役復帰を真剣に考えているのだけは確かだ。

 「とにかく真剣にやろうと思っている。『Bluegrass World Series』の時は、決して万全なコンディションではなかったし、これからオフは数ヶ月かけてできる限り万全のコンディションを整えるつもりで調整していきたい。その中で自分が最終的にどう感じ、どう決断を下せるかだ」

 周囲の反対を押し切って打者転向を実現させたアンキール選手の実行力と精神力はすでに証明済みだ。果たして来年のスプリングトレーニングで、再び彼のユニフォーム姿を見ることはできるのだろうか。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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