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緊急登板で38歳の控え捕手が垣間見せた隠れた才能

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
見事なナックルボールを披露したエリック・クラッツ選手(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 ブルワーズが現地22日に行われたドジャース戦で、リリーフ陣を温存するため試合終盤で2人の野手を緊急登板させた。MLBでの野手の投手起用は決して珍しくない。投手陣が崩壊し中盤までに大差がついてしまった場合、リリーフ陣の登板過多を抑制するため野手を投入することがある。マーリンズ時代のイチロー選手が2015年に1イニングだけ登板したのをご記憶の方も多いはずだ。

 この日の試合も先発ブレント・スーター投手が左腕痛を再発させ8安打6失点の大乱調で3回で降板すると、続くテイラー・ウィリアムス投手も1イニングを投げ4安打5失点を記録し、4回終了時点で2-11と一方的な展開となってしまい、クレイグ・カウンセル監督は7回から野手を緊急登板させることを決めた。

 7回から登板したのは普段は内外野をこなすユーティリティ選手のヘルナン・ペレス選手。2イニングを投げ1安打、1三振、1四球の内容で無失点で切り抜けると、9回は控え捕手のエリック・クラッツ選手が登場し、1安打を許したものの同じく無失点に抑えた。

 ペレス選手は球速80マイル(約129キロ)程度の“平凡以下”の投手でしかなかったが、クラッツ選手は球速こそペレス選手と変わらなかったが、何とナックルボールを操ったのだ。その変化がMLBで活躍したナックルボーラーたちに匹敵するものだったこともあり、MLB公式アカウントが「我々の97%が彼は投手ができると信じている」とのコメント付きで動画をツイートし、すでに26万回以上再生されている。

 

 動画をチェックしてもらっても明らかなように、ほぼ無回転のボールが打者の手元で驚異的な変化をしている。文句なしでMLBでも十分に通用しそうなナックルボールだ。試合後クラッツ選手は「投げたくはないよ。でも(自分の登板が)シーズン終盤でチームに好影響をもたらすことになる。とにかくマウンドに上がって楽しむことだけを考えていた」と笑顔で話しているが、緊急登板で思わぬ才能を披露することになった。

 実はMLBでは試合前練習のキャッチボールなどで野手やコーチたちが遊びでナックルボールを投げる場面をしばしば目撃する。それを物語るように、これまで緊急登板した野手でクラッツ選手のようにナックルボールを投げた選手は少なくない。ヤンキース時代のウェイド・ボッグス選手、タイガース時代のダニー・ワース選手、また最近でもレンジャーズでブライアン・ホラデー選手、ブレット・ニコラス選手が試合でナックルボールを投げている。

 もちろんクラッツ選手にとってもあくまで緊急登板で投げたに過ぎない。だが今シーズンでMLB在籍9年目を迎えるが、常に控え捕手として計7チームを渡り歩いてきた苦労人で、すでに38歳という年齢を考えれば、このまま現役を続けるのは難しくなりつつある。むしろナックルボーラーとして華麗なる転身を遂げた方が新たな道が開けそうな気がするのだが、こればかりは本人の意思次第だ。

 ところで日本でも野手が緊急登板しナックルボールを投げるようなことになれば、それだけで話題になり注目を集めるようになると思うのだが、そうした遊び心もファンを楽しませてくれるのではないだろうか。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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