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吉井理人のコーチング・バイブル~すべての指導者に送るメッセージ~

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
独自のコーチング理論を築き上げNPB界でも異彩を放つ吉井理人コーチ(筆者撮影)

 日本ハムで投手コーチを務めている吉井理人コーチ。現役時代は日本人として初めてFA移籍でMLB挑戦した選手として知られ、日米通算23年間という豊富な選手経験を有している。現役引退した翌年から投手コーチに転身。個人の経験に頼らずに理論的な指導を目指し、一度現場から離れた際は筑波大学大学院に進学しコーチ学を研究し、現在ではNPB界で独自のコーチング理論を確立し選手たちを指導している。

 以前から吉井コーチの考えは野球界に留まることなく、競技の枠を超えすべての指導者に通じると感じており、今回から同コーチ全面協力の下、不定期連載で吉井コーチの言葉を届けていきたい。第1回目は大きな社会問題にまで発展した日大アメフト問題について考えてもらった。

 「この問題にはあまり深く知りたくないなと思っていてあまり詳しいことは知らないんですけど、外観からの感じでは昔ながらというか、小さい世界の中でのいろいろな力関係が悪い方向にはたらいてしまったのではと思いました。

 自分は大学での競技経験はないんですけど、高校まででまだ精神が成熟していない時の指導の中で、たまには社会的な力を使わなければいけない時もあるのかなと思うんですけど、それが大学でも似たようなことがあるんだなと、驚きは驚きでしたね。なかなか喋りにくい問題ではあるんですけど、日本の中にはそのチームの監督が一番で、何に対しても絶対的な影響力を持っている指導者がいるんだなとは思いました。

 いろんな問題が絡んでくると思いますけど、むしろプロの方が勝負とお金がかかってくるので、(プレーを)見せるというのもそうですし、逆に指導者、監督の考えが選手に強要されるという部分では強くても仕方ないのかと思います。アマチュア、特に学生においてはスポーツの勝敗だけじゃなくて選手たちの教育も絡んでくるわけで、そういう中で今回の日大のようなことが起こるというのは疑問には思いましたよね」

 吉井コーチは和歌山県の強豪、箕島高校に進学し、高校野球史上でも名将と謳われる尾藤公監督指導の下、甲子園出場も果たしている。自身も厳しい指導の中で多少理不尽だと思える扱いもなかったわけではないようだが、尾藤監督は決して絶対的な指導者ではなかったようだ。

 「勝利のために向かっていく上で何をしなければいけないかという…。そういうところはあの年代できついことを経験したり、目標のために何かをするというのは教育という意味で大事だと思うんですよね。ただそこである程度の“度(合い)”があるじゃないですか。そこの折り合いが指導者としては大事になってくるんじゃないかと感じますけどね。

 当時は(指導が)嫌だったんですけれども、振り返ってみれば良かったなと思ってるんですよね。中学校の時は野球、陸上、柔道と掛け持ちでいろんな競技をやっていたので指導者に対して嫌な思いはなかったんですけれども、高校に入った時に『何でこんなことされなあかんねん!』みたいなことはあったんですけど、尾藤監督は選手に考えさせ、自分で工夫して練習しなさいというタイプで、一般常識に関してはすごく厳しかったんですよ。社会に迷惑をかけるような行動をした時は、今では許されないですけどボコボコにしばかれました(笑)。ただ野球のことに関してはチームプレーの中で誰でもできることですよね。手を抜かないとか、そういうことを怠った時は厳しかったんですけど、それ以外のことは失敗してもそれほど怒らなかったし、自分で考えてやれという感じでした。それは後々僕の野球人生にいい影響があったなと思っています」

 吉井コーチの言葉からも、尾藤監督は勝利至上主義のスパルタ指導者ではなく、むしろ生徒たちの教育に重きを置いていたのが窺い知れる。やはりアマチュア、学校スポーツは教育が重要視されるべきであり、吉井コーチはプロよりもむしろアマチュアの指導者の方が高い指導力、資質が求められると考えている。

 「(どんな学校スポーツにおいても)やはり選手に考えさせることだと思うんですよね。社会に出たら何だって自分でやらなければいけないので、自分で何はいいか、悪いかも判断して、自分で何でもできるように教育していくのが一番いいと思います。ただ中学、高校ぐらいの精神が成熟していない選手に対しては、ある程度の厳しさは必要なのかなと思います。

 決して暴力を肯定するわけではなく、ここでガツンと叱っておかないと、社会に出た時に本当に悪い人間になってしまうこともあるじゃないですか。そこは指導者が見極めて締めるところは締めないと…。本当に難しいんですけどね。だから僕はプロ野球のコーチをやっているんですけどね(笑)。

 アマチュアの指導をしている人は、そこの見極めが本当に難しいと思います。指導する側が『これくらいは大丈夫だろう』と思っても、受け取る側の選手だったり、その保護者だったりとかが違う受け取り方をすることもあるので、本当に難しいところですよね。そこは今の自分では何ともいえません。

 (指導者にとって)難しい世の中にもなってますしね。ただ(正しい指導をせずに)放ったらかしにしたら悪い奴らばかりになってしまう可能性もあるじゃないですか。スポーツをやることで道を外れないで頑張っている人もたくさんいると思うので…。MLBにいた時もこいつ野球をやってなかったら犯罪者になるんじゃないかという選手もたくさんいたので(笑)、そういう意味ではスポーツの力というのは道を理解する上でいい材料だとは思います」

 やはり学校スポーツの指導者は競技としての技術云々以前に、人として道を教えられる教育者ではなくてはいけないということだ。そういった側面から考えていけば、日大アメフト問題もよりよい解決法が導き出せるのかもしれない。

《吉井理人氏略歴》

1965年生まれ。和歌山県立箕島高等学校卒業。84年、近鉄バファローズに入団し、翌85年に1軍投手デビュー。88年には最優秀救援投手賞のタイトルを獲得。

95年、ヤクルトスワローズに移籍、先発陣の一角として活躍し、チームの日本一に貢献。97年オフにFA権を行使して、メジャーリーグのニューヨーク・メッツに移籍。98年、日本人メジャーリーガーとして史上2人目の完投勝利を達成。99年には、日本人初のポストシーズン開幕投手を担った。2000年はコロラド・ロッキーズ、01年からはモントリオール・エキスポスに在籍。03年、オリックス・ブルーウェーブに移籍し、日本球界に復帰。07年、現役引退。

08~12年、北海道日本ハムファイターズの投手コーチに就き、09年と12年にリーグ優勝を果たす。15年、福岡ソフトバンクホークスの投手コーチに就任して日本一に、15年は北海道日本ハムファイターズの投手コーチとして日本一に輝く。

また、14年4月に筑波大学大学院人間総合科学研究科体育学専攻に入学。16年3月、博士前期課程を修了し、修士学(体育学)の学位を取得。現在も研究活動を続けている。(2018年3月に上梓した『吉井理人 コーチング論』(徳間書店)より引用)

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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