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今こそ大谷翔平に求められるもの

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
投打ともに期待通りの活躍ができていない大谷翔平選手(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 シーズン開幕まで残り2週間を切ったが、大谷翔平選手の調整が投打ともに順調に進んでいない。

 打者としてはここまでオープン戦8試合に出場し、放った安打はわずか2本に留まっている。しかも2安打はいずれも単打と、期待されていた長打力は完全に影を潜めている状態だ。すでに首脳陣からも指摘されていることだが、相手投手の徹底した内角攻めに手を焼いている状態だ。

 投手としてもオープン戦4度目の登板となった現地16日のロッキーズ戦では、2回に連打を浴び2本塁打を含む7安打7失点で途中交代。ここまで4試合中2試合でマイナー選手や格下のメキシコリーグ・チームを相手にしながら、全試合で失点を記録している。“ベーブ・ルース以来の二刀流選手”として鳴り物入りでMLBに乗り込んできただけに、ここまでの結果に誰1人として満足できているものはいないだろう。

 ここまで調整に苦しんでしまうと、さすがに米メディアからも徐々に大谷選手に対する懐疑的な意見が広がり始めている。すでに日本でも報じられているように、スカウトなどの証言を元に開幕メジャー入りに疑問を呈するメディアも出現している。

 MLB公式サイトでも16日の登板後にビリー・エプラーGMに大谷選手の開幕メジャー入りについて確認しているが、「(開幕メジャー入りが確定とは)言えない。保証することはできない」と微妙な発言をしている。やはりエンゼルスとしても、ここまでの大谷選手の調整ぶりは予想外ではあったのだろう。

 だが同じMLB公式サイトの記事で、登板前のマイク・ソーシア監督の「(登板の内容で)ロースター入りを判断するようなことはない。今言えることはショーヘイの才能が本物であり、我々はそれを信じているということだ。彼がシーズン開幕を迎えるために投打ともに準備できるようにすることを考えており、それだけに集中している。現在の我々のゴールはそこだ」という発言を紹介しているように、大谷選手がどんなかたちでシーズンを迎えることになろうとも、スプリングトレーニングでのチームとしての姿勢は変わることはない。

 米メディアに証言したスカウトたちのうち何人が日本でピーク時の大谷選手の投球、打撃をチェックしているのかは定かではない。ただ現在のパフォーマンスだけを見て評価するのは明らかに時期尚早だ。中にはESPNのティム・カージャン記者のような意見を持っているメディアも存在している。

 「23歳の若さで他の国からやって来て、MLB史上最強選手であろうベーブ・ルース以来誰もやったことがないことに挑戦しようとしている。とにかく今は彼に広い視野から二刀流に挑戦させるチャンスを与え続けるべきなんだと思う。ただ彼がやろうとしていることは本当に困難なものだ。現時点で彼に対し何かを結論づけるのは早過ぎるだろう」

 繰り返しになるが、現在の大谷選手が調整に苦しんでいるのは確かだ。打者では前述通り内角攻めに悩み、投手としてはイニングまたぎの投球で不安定さを露呈している(制球力不足に関してはアリゾナで投げていることを考慮し、逆に意識し過ぎる方が悪い方向に進んでしまう可能性がある)。これらは間違いなく環境変化による適応不足であり、彼が現時点でメジャーレベルに達していないということを意味するものではない。

 その一方で大谷選手本来のパフォーマンスを知っているものなら、彼の実力がこんなものではないことを十分に理解している。ただこのままの状態でシーズンを迎えた場合、シーズンを戦いながら日本で披露したようなパフォーマンスに戻せるという確証を誰1人持てないのも確かなのだ。

 今こそ大谷選手はMLB挑戦を表明した会見で発した言葉を思い出し、皆が原点に立ち戻るべきなのではないだろうか。

 「まだまだ不完全な選手だと思っていますし、もっともっとやらなきゃいけないことが多い選手だと思ってるんですけど、そういう状態の中でぜひ行ってみたいという気持ちの方が強かったです」

 あくまで大谷選手はMLBの舞台で完成形を目指し、世界一の選手になることを夢見ている。多少極論に聞こえるかもしれないが、日本でやってきた5年間はあくまで投打ともにプロレベルまで引き上げる準備期間であり、大谷選手は今もダイヤの原石でしかないのだ。そしてこれからMLBという新しい環境で本格的にダイヤを磨いていく作業に入るのだ。

 そう考えれば日米の環境差を考えながら微調整を行っていくのではなく、高校からプロ入りした時のような気持ちで新しい環境のすべてを吸収しながら自分自身をMLB仕様の選手に仕立てていくという発想の転換が必要なのだと思う。“順応”ではなく“脱皮”だ。

 MLBで成功を収めた先輩たちもMLBの舞台で変化をしていった。黒田博樹投手は投球術を一から見直しMLB仕様の投球を確立するまで2年を要したし、上原浩治投手も負傷後にMLBの固いマウンドで下半身に負担のかからないフォームへと改良しながらMLB屈指のリリーフ投手の地位を築き上げていった。

 今この時期に目先の成績に固執して小さくまとまる必要はない。日本での実績はもう過去のものにしていい。日本での調整法に囚われることなく、MLBという環境で自分の才能を最大限に発揮できる土台作りだけを意識してほしい。エンゼルスもその点をしっかり理解した上で、今後も大谷選手という逸材と向き合ってくれることを信じて止まない。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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