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二刀流大谷翔平を抱えるからこそ味わい続ける栗山監督の苦悩

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
大谷選手という異次元の選手だからこそ、その起用法は常に批判の的になってしまう(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

立ち上がりからフォームのバランスが乱れているのは明らかだった。1回は何とか無失点に抑えたものの、2回は1死後から四球、三塁内野安打、右前打、四球と自ら崩れてしまい、そのまま修正することができないままマウンドを降りた。残念ながら公式戦で打者と対峙できる準備ができているとは到底思えなかった。

今回の復帰登板に至るまで、実戦登板したのは7月1日の西武とのファーム戦で1回を投げたのみ。普通に考えても十分な手順を踏んでいるようには見えないだろう。登板後大谷選手本人も「まあ(試合では)投げてないですし、ある程度数をこなしていかないと…。それはキャンプからやってくるものですし、そういう意味では今年キャンプでまったく投げていないので、それはできないのが普通だと思う。それが早くできるように調整したいなと思います」と話し、実戦不足を認めている。

実際登板前から今回の起用法を疑問視する声が上がってもいた。それでも栗山監督は「練習と試合では出力が違うし、1軍の試合と2軍の試合もまた違う。1軍で投げないと解らない部分がある」と説明していたし、登板後も「まず1軍で投げてみてという1つのチェックポイントがあった。それはある程度出力が上がってきた部分があると思っている。最低限(の部分で)順調にいっていると思う」と一定の成果があったことを強調している。

今回の1軍登板ばかりではなく、大谷選手を迎え入れたからというもの、栗山監督の育成方針や起用法は常に批判の的に晒されてきた。今更ではあるが、結局のところ栗山監督の真意を理解しているのは栗山監督本人しかいないのだ。

あくまで個人的な意見だが、大谷投手はトランプゲームでいうところの“オールマイティ”に使えるジョーカーなのだと思う。勝負所でどのように使うかは、ジョーカーを持ったプレイヤーの腕次第で、勝敗を大きく左右することになる。ただこのゲームは1回勝負のトランプとは違い、1年を通して戦い続けるゲームであるため、ジョーカーの使い方もさらに複雑になってくる。

しかもこのジョーカーは通常のカードとは違い、意志や感情を持っている。その点を見極めながら起用することでジョーカーの効果を最大限に引き出すこともできるのだ。まさにそれが昨年の出来事だった。DH解除や1番起用などの奇策を用いることで大谷選手のモチベーションを上げることに成功し、彼の最大限の能力を引き出すことに成功した。そしてその起用法は世の賞賛を受けることにもなった。

そもそもエースとして十分輝けることが保証されていた大谷選手を、キングにでもクイーンにもなれるジョーカーに仕立て上げようと考えたのが他ならぬ栗山監督だ。エースの中でも最強のスペードのエースにするだけでも十分なのに、それ以上を求めようとする栗山監督の考えに、周囲から上がるのは反対意見がほとんどだった。それでも自分の信念を貫き通し、前述のように大谷選手の意志と感情を見極めながらこれまで野球界に存在しなかった最強のジョーカーを育て上げたのだ。

これまで長いプロ野球界の歴史の中でジョーカーを持った監督は栗山監督ただ1人だ。回りの人間がどう意見しようとも、ジョーカーの使い方を最も理解しているのも、やはり栗山監督なのだ。繰り返しになるが今回の1軍登板に関しても、「すべてをここで話すことはできないけれど、いろいろなことを想定しながらやっている。(今回も)こっちが最低限やりたいことがあったから」という、栗山監督なりの深慮遠謀があってのことだ。

もちろん栗山監督も人間だ。成功することもあれば失敗することもある。だが大谷選手に関しては、何度となく周囲の批判や反対意見を封じ込めてきたのも事実なのだ。野球界で初めて最強のジョーカーを手にしてしまったからこそ味わうことになった栗山監督の苦悩は今後も続くことになるのだろう。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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