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コロナ禍で問われた葬儀社の感染予防対策。遺族の安全と故人の尊厳をいかに守るか

吉川美津子葬儀・お墓・終活コンサルタント/社会福祉士・介護福祉士
コロナ禍で問われた葬儀社の感染予防対策。遺族の安全と故人の尊厳をいかに守るか(写真:アフロ)

コロナ禍で葬儀社の感染対策はどのように行われたか

「これはどうやって使ったら良いのだろうか」

感染防止用の防護服を手に入れたものの、着脱方法や着脱のタイミング、処分の仕方がわからない、とつぶやくのは都内某葬儀社スタッフ。感染症に対する知識も不十分なまま、新型コロナウイルスによる遺体をどのように扱うことが適切なのか、多くの葬祭業者は今もなお頭を抱えている。

さらに病院ごとに遺体の対処が異なるのも問題だ。誰が非透過性納体袋に入れるのか、誰が棺に納めるのか、といった対処方法は病院によって異なる。できれば感染症に対する知識も経験も豊富な病院側が行うのがベストなのだが、これまで霊安室の管理や棺に納める業務を病院指定の葬祭業者が行っていた経緯から、病院によっては「棺に納めるのは葬祭業者の仕事」と自分たちの業務外であることを主張する病院スタッフもいる。

感染予防・防御用品は正しい使い方を理解し、必要に応じて使用することが大切であるにもかかわらず、葬祭業者の間では間違った使い方をしているケースが驚くほど多い。汚染されているかもしれない状態の手袋で、ストレッチャーを押したり、寝台車のドアを開けることもある。

葬祭業者は新型コロナウイルス感染症だけでなく、感染リスクのある遺体と接する機会があるにもかかわらず、現場ではしっかりとした対策がとられていないのが実情だ。通常のオペレーションと異なる状況下では専門家によるレクチャーが必要であると認識しながらも、対応は各葬祭業者が独自に行っている。

その結果、巷に氾濫する情報が勝手に解釈され、誤った捉え方をする業者も多い。「火葬に際しては、遺体を非透過性納体袋に入れたうえで棺に納め、さらに消毒された棺を幾重にもラッピングすること」というように過剰に反応する火葬場もあった。

素手で行うことが美徳とされていた時代も

そんな中、葬祭業者向けに、感染予防対策を含め、死後の処置等のレクチャーをし続けているのが、エルプランナー代表の橋本佐栄子さんだ。

橋本さんは、医療関係者で構成されるICHG(Infection Control Hospital Group)研究会に所属し、遺体からの感染予防対策を学び、それらを民間資格制度にして啓蒙している。

「どんなご遺体でも、感染リスクがあるということを前提に接する必要がある。ご遺体と接触する場合は手袋の着用と手洗いは必須。プラスチックエプロン、ガウン等の感染防御物品は感染リスクに応じて着用。マスクやメガネはご遺体に出血・排泄物・嘔吐がある場合、血液や体液等の飛沫を鼻や口、目に直接浴びることを防ぐ目的から使用を勧めている。こういった基本的な感染予防対策を実践していない葬祭業者が多い中、感染予防対策の必要性に警鐘を鳴らす。

そもそも二十年ほど前まで、業者によっては十数年前までは、故人を素手で扱うことこそ美徳とされていた業界だ。感染リスクが少なからずある病院の霊安室に故人を迎えに行き、同じスーツで打ち合わせ、さらにその服装で儀式も行ったりもする。手洗いなどの習慣も知りえる限りあまりなかったように思う。

感染予防対策については「今まで何十年もこの方法でやってきたから大丈夫。自分たちのやり方は間違っていない」と耳を傾けようとしない業者も少なくない。

感染予防対策は、遺族の安全と故人の尊厳を守ることにつながる

コロナ禍で葬祭業者の意識は多少なりとも変化している。感染予防に関する知識、マスクの着脱方法についてメディアで頻繁に取り上げられるようになり、実務を担う葬祭業者も「知らない」では済まなくなった。葬祭業者の中には「新型コロナウイルスとは共存していかなければいけないと思っている。正しく恐れたうえで、お別れの場を提供していきたい」と感染予防対策、遺体衛生保全の知識・技術の習得に関心が高まっているところもある。

現時点では、米疾病予防管理センター(CDC)のガイダンスには「葬儀または弔問において、現在のところ新型コロナウイルスで亡くなった人と同じ部屋にいることによる感染リスクは少ない」つまり空気感染の可能性は少ない、と記述されている。ただし接触感染のリスクは否定できず、棺や備品からの感染などモノから人への感染は否定できない。

日本医師会総合政策研究機構では、「新型コロナウイルス感染症 ご遺体の搬送・葬儀・火葬の実施マニュアル」(第5版、2020年6月)が出されている。そこには消毒作業を事前に練習しておくこと、標準予防策、空気感染予防、接触感染予防についてすべてのスタッフへの教育を行うこと、さらに家族に対して不安を与えることがないように相談・サポート業務について事前にトレーニングしておくことの重要性が書かれている。

新型コロナウイルスで亡くなった方の対応を数件請け負い、対応力がついてきた葬祭業者もあり、今後は情報の共有が求められるだろう。前述の「新型コロナウイルス感染症 ご遺体の搬送・葬儀・火葬の実施マニュアル」でも、「情報を共有して将来における対策を講じるうえで、重要かつ信頼できるデータベースを構築できるとよい」と記されている。

「感染予防対策を実践することは、葬祭業従事者、搬送業者の職務感染を防ぐだけでなく、家族の安全と故人の尊厳を守ることにつながる」と感染予防の主眼は、看取りから臨終、葬送までの間、時間と空間を安全・安心な状態で提供すること、そして最期まで家族の立場に立って故人を生きている時と同じように尊厳をもって接することだと橋本さんは加えた。

葬儀・お墓・終活コンサルタント/社会福祉士・介護福祉士

きっかわみつこ。約25年前より死の周辺や人生のエンディング関連の仕事に携わる。葬祭業者、仏壇墓石業者勤務を経て独立。終活&葬儀ビジネス研究所主宰。駿台トラベル&ホテル専門学校葬祭ビジネス学科運営、上智社会福祉専門学校介護福祉科非常勤講師などを歴任。終活・葬儀・お墓のコンサルティングや講演・セミナー等を行いながら、現役で福祉職としても従事。生と死の制度の隙間、業界の狭間を埋めていきたいと模索中。著書は「葬儀業界の動向とカラクリがよ~くわかる本」「お墓の大問題」「死後離婚」など。生き方、逝き方、活き方をテーマに現場目線を大切にした終活・葬儀情報を発信。メディア出演実績500本以上あり

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