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日本財政と金融政策の転換(前半)―日銀新体制で長期金利はどこまで上昇するのか―

小黒一正法政大学経済学部教授
(写真:イメージマート)

日銀の新体制が決定しそうだ。次期総裁は植田和男氏(理系出身の元東大教授)、副総裁は氷見野良三前金融庁長官、内田真一日銀理事という陣容であり、市場の関心は「アベノミクス以降、現在まで継続してきた日本の“異次元”の金融政策がどこに向かうのか」に向かっている。

だが、筆者は財政に及ぼす影響に最も関心をもっている。なぜなら、2022年度における国の債務残高(対GDP)は約255%にも達しており、我が国の財政状況は、歴史的にも極めて特異な状況にあるからだ。この水準は、太平洋戦争のための国中の資源が総動員された第2次世界大戦の末期である1944年度を超えるレベルにあり、まさに歴史的水準といっても過言ではない。

にもかかわらず、財政の持続可能性に対する問題が顕在化しないのは、日銀が“異次元”の金融政策で大量に国債を買い取り、これまで、長期金利を極めて低い水準に抑制できていた効果も大きい。

だが、約10年に渡る政策の副作用も徐々に顕在化してきており、金融政策の転換に向けた兆候も徐々に出てきている。兆候の一つは、昨年12月の金融政策決定会合(12月19日・20日)で突如、日銀が金融政策の微修正を行ったことだろう。

この微修正により、従来は0.25%程度に誘導してきた長期金利の変動許容幅を0.5%に拡大する方針を示した。これは実質的な利上げで、長期金利(10年の国債利回り)の上限を0.25%から0.5%に引き上げたことを意味するが、日銀の新体制は苦難の中での船出となる。

新体制後の金融政策の舵取りは重責となろうが、現在の日銀が直面する問題を解決するには、金利の決定メカニズムを徐々に市場に委ねるしかない。この関係で、筆者の関心の一つは、金融政策を徐々に正常化した場合、長期金利(10年物の国債利回り)が何パーセントまで上昇するかだ。

物価の指標には、「消費者物価指数総合」(CPI)や「生鮮食品を除く総合」(コアCPI)、「生鮮食品およびエネルギーを除く総合」(コアコアCPI)などがあるが、2022年12月の物価上昇率は各々が「4%」「4%」「3%」であり、既に物価目標の2%を超えている。

このような状況のなか、イールドカーブの歪みが顕著になってきた。イールドカーブとは「利回り曲線」とも呼ばれ、国債利回りと償還期間との関係を示すものをいう。通常のイールドカーブは右肩上がりの曲線となるが、物価上昇で金利上昇の圧力が増すなか、市場メカニズムに逆らい、日銀が長期金利を上限以下に抑制しようとしたため、イールドカーブが歪み、例えば8年・9年の利回りが10年の利回りを上回る状況になったりしていた。

これは異常な状況であり、このような歪みが継続すれば、市場機能が壊れていき、適正な金利水準が分からなくなる。このため、日銀は昨年12月の金融政策決定会合で長期金利の変動幅を拡大したが、図表のとおり、現在もイールドカーブの曲線は歪んだままだ。

物価上昇に伴う長期金利の上昇圧力は低下していないためだが、むしろ深刻なのは、長期金利を上限の0.5%以下に抑制するため、現在も日銀が国債を大量に買い取る状況に追い込まれていることだ。

では、金融政策を徐々に正常化し、市場メカニズムに委ねた場合、長期金利はどこまで上昇するのか。最終的には正常化してみない限りは誰も分からないが、一つのヒントは、イールドカーブの7年の値と15年の値を線形補間(図表の点線)し、10年の値を読み込んでみることではないか。

この値を読み取ると、10年の値は0.9%程度となっている。現在の長期金利(10年物の国債の利回り)は約0.5%なので、市場メカニズムに委ねた場合、最低でも長期金利は2倍には跳ね上がる可能性があることを意味する。

日本財政と金融政策の転換(後半)」では、金利の正常化が財政に及ぼす影響をより深く考察していく。

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法政大学経済学部教授

1974年東京生まれ。法政大学経済学部教授。97年4月大蔵省(現財務省)入省後、財務総合政策研究所主任研究官、一橋大学経済研究所准教授等を経て2015年4月から現職。一橋大学博士(経済学)。専門は公共経済学。著書に『日本経済の再構築』(単著/日本経済新聞出版社)、『薬価の経済学』(共著/日本経済新聞出版社)など。

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